第187話 前向き、前向き!
「まったくもう、こんなに大きいなんて想像以上だね。フォスさんより大きいんじゃない?」
クラーケンを見上げたセシリアが、フレイムドラゴンのフォスと大きさを思い出し比べながらぼやく。
「セシリア様、こ、ここからどうしましょう」
リュイが隣でおろおろしながら尋ねてくる。
「攻撃を当てるにしても本体が遠い。足を全部切ったところで無効化できる保証はないし……そもそもどうやって討伐するつもりだったんですか?」
リュイの問いに答えつつセシリアは後ろを振り返り、声を掛けようとしていたバイアスに尋ねる。
「あ、ああはい。前後のあるアンカーにより身動きを封じ、大砲による一斉攻撃。もしくは正面にあるトリヨンランスによる一撃を加え、それでも駄目ならばランスの柄が足場になっていますから、数人で乗り込んで直接攻撃です」
「あの巨体に乗り込んで攻撃をするつもりだったのですか?」
「い、いえまさかあんなに大きな個体は想定されていませんし、あくまでも最終手段です。想定外の状況ですのでこの場から一旦引くことも視野に入れています」
バイアスの話を聞いている間に、再び周囲が騒がしくなる。喧騒に反応したセシリアが上を見上げると再び大きく振り上げられたクラーケンの足が、船体に影を落としている。
「逃がしてくれそうにはありませんね」
苦笑いをするセシリアの前を、文字通りジョセフが滑ってやってくると手に持ったレイピアで帆柱から甲板に向けて魔力の線を引く。
振り下ろされるクラーケンの足に向かって両手に持った斧を振り上げるニクラスが、自身のスキル『二重攻撃』を加えた多段攻撃を与える。ニクラスによって勢いがやや殺されたクラーケン足は、ジョセフの引いた魔力に乗った『潤滑』のスキル効果によって滑ってしまい船にダメージを与えれずに海へと帰って行く。
「魔族ならまだしも、魔物相手に遅れを取るつもりはありませんよ。どうですセシリア様。私の活躍をご覧いただけましたか」
ジョセフが歯をキラリと光らせてセシリアにアピールする。
「セシリア様、あの人なんだか気持ち悪いです」
「リュイ、素直なのは良いことだけど、正直に言わない方がいいこともあるからね」
セシリアとリュイのやり取りにショックを受け、口を大きく開けたまま固まるジョセフの肩を首を横に振るニクラスが叩いてなぐさめる。
「バイアスさん、戦える者と船を動かす者、先ほどの攻撃で海に落ちた人たちを救助する者とに分けれますか?」
「あ、は、はい。できます」
セシリアの力強い目に見つめられ、バイアスは思わず返事をする。
「今は足による攻撃しかしていませんが、通常のクラーケンと同等の攻撃をすると考えれば墨を吐く攻撃にも警戒すべきです。
当面は警戒しつつ迫ってくる足を私が切っていきますのが、強力な一撃を放つための力を溜める時間をなるべく稼ぐため私を守ってください」
セシリアが聖剣シャルルの刃先を下に向け魔力を溜め始めると、刀身が紫色に輝き始める。
「ま、守るとは?」
「私の一撃は強いですけど、基本的にそれ以外は弱いので守っていただかないと敵が倒せないんです。お願いできませんか?」
申し訳なさそうな、どこか悲しそうな笑みを見せるセシリアに、先ほどの戦いを見る限りそんな必要はないような気がすると思うバイアスだが、周囲にいた兵や船員は違う。
圧倒的な力を見せながら、遠慮がちにお願いしてくるセシリアの笑みに心を射貫かれる者が多数。
「やろうぜバイアスさん! 聖女様があんなにお願いしてるんだ。体くらい張ってみせようぜ!!」
「そうだ! 元々俺らはクラーケン退治に来たんだ。どんなデカブツだって聖女様がいればやれるって。さっきの攻撃見ただろ、あれをクラーケンの野郎にぶち込む手伝いをすればいいんだ。なら出来るって」
周りから言われ額を押え悩んだバイアスは、既にクラーケンに立ち向かうセシリアたちを見て拳を握る。
「我々の目的はクラーケン討伐だ。そのためにセシリア様に力を貸すことこそが一番確率が高く効率的だと判断する。よってこれより我らはセシリア様の指示のもと動くこととする!」
バイアスの宣言に周囲の男たちが雄叫びを上げると、バイアスによって戦闘する者、補佐する者と救助班とに分けられ散っていく。
***
クラーケンの薙ぎ払いであちこちに穴が開き、ガタガタになった甲板の板をリュイが蹴りながらジグザグに移動して真上にあるクラーケンの足を射貫いていく。
「全然効いてないけど、注意さえ引ければいいから」
リュイが矢が刺さっても微動だにしない足を見て呟きながらクラーケンの本体を見るが、どこを見ているか分からない目に本当に引き付けることが出来ているのか不安になってしまう。
「うおおおっ!!」
空中を舞うニクラスは気合の入った声を上げながら両腕に持った斧を振り下ろすと、クラーケンの足に小さな亀裂を入れる。
「一撃でダメなら二撃! 二撃でダメなら百撃じゃあああ!!!」
太鼓でも打つかのように二本の斧を連打するニクラスの攻撃は、彼のスキル『二重攻撃』によって倍々に増えクラーケンの足の傷を広げ切り進めていく。
たまらずクラーケンが足を引こうとするが、柵の上を滑ってきたジョセフがレイピアを、切れ目の入った足に突き刺しそのまま振り抜いて切り裂いてしまう。
足の先端部分だが、切れた足が甲板に転がるのを見て周囲の男たちが歓喜の声を上げるなか、他の男たちが残っていた移動式大砲を運んできて砲弾を放つ。
砲弾はニクラスとジョセフに切られた勢いで、揺れていた足にめり込んでそのまま突き破る。
水しぶきを上げ海に逃げる足にみなの視線が集中するなか、セシリアの声が鋭く響く。
「遠距離攻撃が来ます!! 衝撃に備えて!!」
遠距離攻撃の意味、それが先ほどセシリアが言った墨吐きだと理解した多くの男たちはクラーケンに目をやる。ほんの少し背を反らしたクラーケンが頭と胴の間にある漏斗部をさらすと一気に吐き出す。
真っ黒な墨は海中であれば大きく広がるのだろうが、空気中で出されたそれは真っ直ぐ一直線に噴射される。海面を切り裂き轟音と共に青い海の上を黒い線が引かれていく。
「あんなの避けれるわけっ……」
一人の男が言葉を言い切る前に甲板で鋭く紫色に光った閃光が、空間だけでなく言葉をも斬ってしまう。
白い翼を広げ振り上げた聖剣シャルルから放たれた魔力の斬撃は、トリヨンフローレにまだ届いていない墨のビームを海上で切り裂いていく。
真っ黒な墨を左右にまき散らしながら海上で消えていく墨に対して、斬り進む斬撃はそのままクラーケンへと向かう。
あたればただでは済まないであろう墨のビームを、圧倒的な攻撃力で切り裂く光景に沸く船上だが、セシリアの鋭い声が再び響く。
「下から来ます! 耐えて!!」
一撃目を放ってすぐに聖剣シャルルを振り上げ構えるセシリアの額に汗がにじむ。
「力が溜め切れない。けど、なにもしないよりまし!!」
先に放った斬撃が墨を切り終えるが、その先にいるはずのクラーケンに当たらず空を斬った瞬間、トリヨンフローレの下に黒い影が現れそしてセシリアが二撃目の斬撃を海面に向け放つ。
濃くなった黒い影に紫の光が刺さると、真下にあった影がやや横にズレながら巨大なクラーケンの本体が超巨大な水柱と共に現れる。
同時にクラーケンの残った足がトリヨンフローレに絡まっていく。
目の前に現れた巨大なクラーケンの姿に腰を抜かす者などがいるなか、セシリアは聖剣シャルルを構える。
『ピンチだが、攻撃は当たりやすくなったと考えるとしよう』
「毎度のこと前向きで助かるよ」
聖剣シャルルの言葉を聞いて、セシリアは緊張した面持ちながらも笑みを浮かべる。