第186話 クラーケン討伐、聖女参戦
甲板の上にはクラーケンが足を動かす度に打ち上げられた水しぶきが降りそそぎ、その度に木の板が水滴に打たれ激しい音を立てる。
打ち付ける水しぶきに紛れ、打ち上げられた魚が跳ねるびしょ濡れの甲板の上を兵や冒険者、船員も混ざって移動式大砲を押し砲身をクラーケンに向ける。
「ちっ、火打ち石が湿ってやがる。誰か火を使えるヤツはいねえのかよ」
一人の男が文句をいいながらも、どこにいるかも分からない火を使えるスキルを持っている者を探すより、火打ち石を叩き続けた方が早いと必死になっていると、少し離れた場所の砲台から砲弾が放たれる。
砲弾はクラーケンの足にヒットし足の先端をちぎると、ちぎれた足が海面に落ち派手な水しぶきを上げる。
その様子に興奮した兵たちの雄叫びと共に矢やモリが放たれる。
「俺らも早くあいつに撃ち込んでやろうぜ」
近くにいた兵が火打ち石を打つ男に話し掛けたとき、船の帆の一部が張られ風を受けたトリヨンフローレが、大きく左に旋回を始める。突然大きく揺れる甲板に叫ぶ声が響く。
「クラーケンの足が来るぞ! 避けろ! 避けろぉぉ!!」
帆を操作する船員たちが叫ぶ。おそらく操舵室では舵が切られているのであろうトリヨンフローレは、大きく振り上げられたクラーケンの足から逃げるため船体を傾ける。
空気を突き破る豪快な音を引き連れ振り下ろされた足の先端が、柵と甲板の一部を破壊し、そのまま振り抜かれた足が海面を叩き、打ち上がった水しぶきが船上に降りそそぐ。
クラーケンの一撃で大きく船体を右舷方向に傾けたトリヨンフローレの上に必死にしがみつく男たちの耳に、さらに悲痛な叫び声が響く。
「もう一撃来るぞ!! 頭を下げろぉお!!」
意味も分からず近くにあった柱に飛びついた火打ち石を打っていた男は頭を下げると、先ほどの衝撃で傾いたせいで甲板の上を滑って離れてしまった移動式大砲が、真横に振られたクラーケンの足に巻き込まれ吹き飛ばされていくのを目のあたりにしてしまう。
紙くずでも払うように飛んでいき海に落ちる移動式大砲と、足に撫でられガタガタになった甲板を見て柱にしがみついたままの男はまばたきすることを忘れ、見開いたままの目でその光景を映し続ける。
「また来るぞぉ!!!」
目を見開いた男の耳に声が届きその言葉の意味も分かってどうすればいいかも理解できているが、心と体が分かっていることを否定してピクリとも動けない男の上に水しぶきが降りそそぎ大きな影が覆う。
目を閉じることさえ判断できない男の視界に紫の光が駆け抜け、宙に鋭い閃光が走ると、空を覆っていた影は振り払われ太陽の光が射し込み甲板に光をもたらす。
柱にしがみつく男だけでなく、甲板にいるみなが注目する先には、白い翼を広げ紫色に輝く聖剣を持つ聖女セシリアの姿があった。
ふわりとセシリアが甲板に舞い下りたのと同時に、斬られて空中に飛んでいたクラーケンの足が海面に落ち派手な水しぶきを上げる。
打ちあがった水しぶきが太陽の光にあてられキラキラ輝くなか、セシリアは聖剣シャルルを構え、海から飛び出して来たクラーケンの足を、光が渦を巻く刀身で受け流していく。
そこに走ってきたリュイが弓に矢をつがえたまま壁の側面を斜め上に走り、大きく跳ねるとクラーケンの足を飛び越え、空中に身を置いたまま矢を足に向かって連続で放っていく。
次々に刺さる矢はクラーケンの足に小さな亀裂を生む。大したダメージではないが、それは聖剣シャルルを持つセシリアにとっては切り取り線となる。
クラーケンの足を受け流す力を利用して、その場で一回転しながら聖剣シャルルをクラーケンの足に振り下ろすと、切り取り線のついたクラーケンの足は鮮やかな切り口を残し切り飛ばされる。
「しゃがんでいる暇はありませんよ! あなた方はクラーケン討伐にきたのでしょう。クラーケン討伐は始まったばかりです」
セシリアのしった激励の声に、しゃがみ込んだり倒れていた男たちが立ち上がる。
***
二度にわたるクラーケンの攻撃に大きく揺れた船体から落ちないように、セシリアの影が全員を支え事なきを得たペティたちのもとにジョセフがやって来る。
「セシリア様はどこに?」
「セシリアならクラーケン討伐に向かった。あんたにも来て欲しいって言ってた」
ペティに言われ頷いたジョセフはセシリアがいる甲板に向かって走って行く。
「あたいらにできることを探して、セシリアを手伝いたいが、いいか?」
ペティの呼びかけにカメリアが大きく頷くと、ファラとノルンが立ち上がる。
「私たちもやる」
「お前ら気分悪いなら無理はするな」
「これだけ揺れてたらどこにいても同じだし、動いてた方が気が紛れるから。それに姫からもらった薬効いてきたみたいだからもう大丈夫。でしょノルン」
「うん、いける」
ファラとノルンを見て笑みを浮かべたペティがカメリアの方を見る。
「あたいらのワイキュルはニクラスのおっさんが面倒見てるんだよな。どの辺りにいるか分かるか」
「たしかぁー、貨物室とかだったから結構下の方じゃなかったぁ?」
「マジかよ。なかに入って探すよりここで出来る事を探した方がいいのか」
頭を掻くペティがセシリアの戦っているであろう方を見たとき、突然近くの壁がぶち破られる。
「ふひぃ~。船内もぐちゃぐちゃで大変だったわい。おっと、ちょうどいいところにお嬢さん方がいて助かったわ」
壊れた壁から現れたニクラスが額の汗を拭いながらペティたちを見て嬉しそうに笑う。
「この子たちが騒ぐんでの、連れて来た。お嬢さんたちが心配なんじゃろうて」
ニクラスの後ろから顔を出したワイキュルたちが、ペティたちを見つけると駆け寄って来て顔を擦りつける。
「さてと、わしはセシリア様を手伝いに行くがお嬢さんたちは、どうするんかの?」
「あたいらも、セシリアを手伝うぜ!」
「そうか、怪我をせんようにな」
ニクラスは歯を見せてニカッと笑うと、腰に装備していた斧を手に取りセシリアの方へと向かい歩いて行く。
「よし! あたいらにもセシリアを手伝えることがあるはずだ。姫シクハックの実力見せてやろうぜ!」
「「「お〜っ!!」」」
ペティの声にファラたち三人が拳を上げて答える。