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第184話 対クラーケン用戦艦トリヨンフローレ

 港に案内されたセシリアたちの目の前には、視界に収まり切れないほど巨大な船が岸壁(がんぺき)係留(けいりゅう)していた。

 船体の左右に見えるサトゥルノ大陸では珍しい大砲の先端が並んでおり、船首の下には恐ろしく巨大な槍の穂先にも見える先端が威圧感を放っていて、今は畳んでいるが帆を張るための巨大なマストが天に向かってそびえ立つ。


 そんな船の大きさに負けると劣らないほど、大きく口を開けて驚くリュイやペティたち。そしてそのまま岸壁から見える海にペティたちが駆けて行く。


「見ろよ! 海だぜ! 海! でけぇぇぇ!!」


「うはぁー、おっきいいぃぃ!!」


 ペティとファラが跳ねながら海の大きさに感激の声を上げる。


「ノルン落ちるよ。水が辛いって言うけど海って随分と下にあるから味が確かめられないのね」


「じゃあ、桶持って来てくむ?」


 岸壁で海を覗き込むノルンが落ちないように注意しながら、海の水を味見したいカメリアとくみ上げる物がないか提案するノルン。そんな四人に笑いながら近づくセシリアの後ろをリュイがついて来る。


「ここは船が停泊するところで高く作られているから、もっとあっちに行けば海岸って言って浅瀬があるから時間があるとき行ってみようか」


 セシリアが指さす方向にペティたち四人が顔を向け各々のポーズで海岸を探して目を凝らす。


「聖女セシリア様」


 背後から掛けられた声にセシリアが振り向くと三角帽(トリコーン)をかぶる初老を超えた男と、銀の鎧に身を包む堀の深い顔立ちの男が立っていた。


「バイアスさん、今日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、聖女セシリア様が助力いただけること心強く思います」


 セシリアが挨拶をするとバイアスと呼ばれた男は軽く会釈をして答える。今回のクラーケン討伐に向け、討伐部隊の隊長を務めるバイアスと事前に顔合わせをしていた二人が言葉を交わすと、バイアスが隣の初老の男に目を向ける。


「こちらこの度、対クラーケン用の戦艦トリヨンフローレの船長を務めますヴァーグ船長です」


 バイアスが紹介するとヴァーグはセシリアと隣にいるリュイを見たあと、遠くではしゃぐペティたちにチラッと目をやる。


「王からの命令だから乗せてやるが、本来女どもが乗るような船ではないからな。旅行気分で来られても困るし、みなの邪魔にならないように倉庫の端にでもうずくまっているといい。恐ければ鍵でもかけておいてやる。

 どうせ五大冒険者に引っつき功績を奪い取って聖女だと祭り上げられて、いい気になっている小娘なんだろうからそっちの方が都合がいいだろう」


「ヴァーグ船長っ! も、申し訳ありません。経験も豊富で腕は確かなのですが、ちょっと昔気質(むかしかたぎ)なところがありまして」


「いいえ、気にしてませんから大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。バイアスさんもお疲れ様です」


 吐き捨てるように言いたいことを言って去って行くヴァーグ船長に、苦言をさしたバイアスがセシリアに頭を何度も下げて謝罪の言葉を述べる。セシリアに(ねぎら)いの言葉を掛けられさらに頭を下げてヴァーグ船長を追い掛ける。


「んだよ、ムカつくじいさんだな。セシリアの強さも知らないくせに言いたい放題言いやがってよ! そもそもなんであたいらが倉庫に閉じ込められなきゃなんねえんだよ」


 セシリアの肩から顔を覗かせたペティが口を尖らせ悪態をつくと、セシリアは可笑しそうに笑う。


「まあいいじゃない。船に乗せてくれるだけでもありがたいのに、クラーケン倒してくれてレシフ島までタダで連れて行ってくれるって考えたら凄くいい人だよ」


「セシリア、お前なんかすげえよな」


「そうでも考えないと、聖女なんてやってらんない……」


 セシリアをまじまじと見るペティが心の底から感心したような声を出すと、セシリアは顔に影を落としジト目で明後日の方向を見つめて呟く。


「言葉に深みを感じるぜ……」


 へへへと乾いた笑いをするセシリアに、つい先日ルアーブ王に謁見したペティは思うところがあったのか感心したように何度も頷く。



 ***



 船に乗り込んだセシリアたちは特にすることもないので甲板へと向かう。ジョセフはセシリアたちの護衛につき、最近ワイキュルと馬の世話にはまっているニクラスは船内に残る。


 海の上を走り始めたトリヨンフローレの甲板の柵に両手をつくカメリアが、目をつぶって風を受けながら鼻をすんすんさせる。


「風がべとーってする。匂いもなんか違う。ねえ、ファラもこっちに……ってノルンも顔色悪くない?」


 胸を押えるファラと船体の壁に手をつき下を向くノルンを見てカメリアが不思議そうに首を傾げる。


「船酔いだね。横になる?」


 セシリアが首を横に振るファラたちを近くにあった出っ張りに座らせると、ジョセフに水を頼みポーチから小瓶を取り出す。


「これはね、ジンジャールンっていう根野菜をすりおろして乾燥させたものなんだけど、酔い止めになるから飲んでしばらくゆっくりしてるといいよ」


 ジョセフから受け取った水の入った袋と薬を渡し、ファラに飲ませていると、ヴァーグ船長と数人の船乗りが通りかかる。


「クラーケン退治に参加したヤツが船酔いとは笑わせる。すぐに陸に戻せと聖女様がご命令されるかもしれんから早く行くぞ」


 ヴァーグ船長が笑いながら言うと、取り巻きも嘲笑(あざわら)いながら去って行く。


「うぅ、姫ごめんなさい」


 ヴァーグ船長たちから悪態をつかれて謝るファラを支えながら座らせるとセシリアが笑う。


「謝ることはないよ。今はゆっくりして、いざってときに備えようよ。ファラはトレントのときも活躍したんだから期待してるよ」


 弱々しく微笑んだファラが小さく頷くと目をつぶる。


「ノルンも飲んだらゆっくり休むんだよ」


 カメリアに介抱されていたノルンも頷くと座り込んで目をつぶる。


「カメリア、二人を見ててくれる? 私はリュイとペティと一緒に船の装備を確認して来るから」


 カメリアが返事をすると、事前に手渡されていた船の装備が記されている船内の地図を手にセシリアはリュイとペティを連れ船内を回る。



 ***



 地図を見ながら船首にやってきたセシリアたちは、船首像の背中に翼を生やし金の槍を持つ女神像を見て足を止める。


「あの像、セシリア様に似てますね」


「そうかな? 前もセラフィア教のセラフィア様に似てるとか言われて今でも困ってるから、これ以上そっくりさんは困るんだけどなぁ」


 セシリアは少し前のセラフィア教でのことを思い出してげんなりする。


「さっき中で見たヤツの先端があれだよな?」


 船首から身を乗り出しているペティが指さす先には、船首の下から飛び出している巨大な槍の穂先がある。


「そうだね、内部にある火薬草が詰まった窯に火を入れて発射させるみたい」


 セシリアが答えると、地図に目を落としたリュイが先ほど回った場所を確認するように装備を読み上げていく。


「側面の下段に大砲三つ、上段に二つが左右にあって、甲板の上には移動式大砲が十台。前方と後方に方向が変えられる発射式のアンカーがそれぞれ一つずつ。そして先端にはトリヨンランスと呼ばれる巨大な槍が一つ……どれも巨大で並みの魔物なら一撃で討伐出来そうです」


「確かにそうだけど、それほどの装備が必要なくらい相手が大きいってことなのかもね」


 セシリアの言葉にリュイとペティが固まる。


「え、そ、そんなに大きいのですか? クラーケンって普通これくらいで墨を吐いてベトベトになる弱い魔物ですよね?」


「あたいは、あそこにぶら下がっている小舟くらいの大きさだって聞いたぞ」


 手を自分の腰辺りで広げ通常のクラーケンの大きさを訴えるリュイと、船体に括り付けてある脱出用の四~五人乗りの小舟を指さすペティ。


「まあ、可能性の話。油断せず警戒するに越したことはないよ」


 そう言って笑うセシリアだが、心の内で呟く。


(バイアスさんや他の人に聞いても大きさがまちまちなんだよなぁ。もしかして詳しい大きさを把握している人っていないんじゃ……いやまさかね。でも資料には非常に巨大としか書いてなかったし……)


 ふとよぎった不安を胸に目の前に広がる海をセシリアは見つめる。

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