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第182話 繋がりって大切

 グランツの案内で食堂のなかを進むセシリアに先行して影が伸びて、いざという時に備える。


「隣、いいですか?」


 セシリアは角のカウンターに座っていた男に声を掛けると、声を掛けられた男は深く被った帽子のつばをほんの少し上げ、顔を覗かせると頷く。


「驚いたな。どうやって俺に気づいた……いや、そもそも初めて襲撃したときも最初っから見破られていたから驚くことではないのか」


 男はやれやれといった感じで笑みを浮かべる。


「えっと確か今はアイガイオン王国で記者をやってるんですよね。アークさん」


 セシリアがアークと呼ぶ男、かつてセラフィア教の本部へ行く途中、宿泊した宿でセシリアを暗殺する目的で襲ってきた過去がある。

 偶然セシリアの部屋でアメリーが寝たため、仕方なくアメリーの部屋にセシリアが寝たら、事前に襲撃を見抜いて返り打ちにしたと勘違いされて今に至る。


 そのあと、セシリアに説得され暗殺業から身を引き、現在は記者としてベリタ新聞と言う新聞会社に勤めている。


「なにか飲むか?」


「では水を」


 アークがカウンター越しに水を注文すると、店主がすぐに水をグラスにそそぎセシリアたちの前に並べる。

 セシリアは、カウンターに置かれたばかりでまだ揺れる水に映る瞳をゆっくりと隣に座るアークへ向ける。


「アークさんの書いた記事読みましたよ」


「聖女さん自ら読んでいただけるなんて光栄なことだ」


「フェルナンドさんからの告白に始まり、五大冒険者が語る聖女の魅力。その他にも聖女特集の数々……大変迷惑です」


「うおっ、そうなのか。あの特集結構人気があって自信があるんだが」


 セシリアの言葉に驚くアークだが、大袈裟な動きのわりに表情はそこまで変わってないのは前の職業ゆえなのだろう。それでも初めて会ったときには見られなかった表情を、表に出すアークにセシリアはどこか喜びを感じながら話しを続ける。


「さきほど私たちを隠れるように見たのは取材ですか?」


「うっ、探っていたのに気付いていたんだな。本当にとんでもないお人だ」


 アークはさっきよりも悔しそうな、でも嬉しそうな笑みでセシリアを見ると口を開く。


「エキューム付近の街道でエルフの少女たちを見たって目撃情報があってここに来たんだ。まさか聖女さんがいるとは予想にもしていなかったが……あ、その目はあれだな。なんで俺がアイガイオンじゃなくエキュームにいるかってことも言えってことだな」


 アークの言葉に微笑んで頷くセシリアを見て、どこか敵わないとあきらめ気味に苦笑いをするアークは言葉を続ける。


「それは、魔王との戦いで消えた聖女を追うため、俺の会社数人で大陸中に散らばって探してるのさ。それぞれのチームの痕跡を追いつつ向かうことになって俺は、ジョセフ・ニクラスチームが進んだマール経由で取材してたってわけさ。一番貧乏くじかと思ってたが大当たりだなんて嬉しいね」


 そこまで言うとアークはカウンターに腕をつきセシリアに体を傾ける。


「それで、聖女さんは今何をしてるんで? なんでエルフたちと一緒にいる?」


 小声で尋ねるアークに、ニンマリとちょっぴり企みを含んだ笑みをセシリアが見せる。


「タダでは教えませんよ。私としても色々と知りたいことありますし、ここであったのも何かの縁です。アークさんにお手伝いなんてしてもらえたら嬉しいなって」


 むふふ、といたずらっ子ぽい笑みをするセシリアを見てアークは大袈裟にため息をつく。


「自分の持つ情報、まあ聖女さん自体の価値がよくお分かりで。まったく優しいだけでないのが怖いとこだ。条件と内容次第だが聞こう」


「大前提として、今私は魔王をはじめ魔族に見つかりたくないのです。なので私がここにいる、その情報を流さないこと……」


 言葉を切ってじっと見つめるセシリアの紫の瞳に映るアークが、喉仏を大きく動かして唾を飲み込む。


「底が知れないな……その目は常人のそれじゃないな。分かった、俺は記者である以前に聖女さんに救われた一人の人間だ。約束は守る」


 真剣な表情で頷くアークを見て、表情を緩めたセシリアが言葉を続ける。


「私はとある事情で海に出てレシフ島に行きたいのですが、魔物が出現したことでここエキュームから船が出せないと聞きました。

 他の場所や国からなら船が出せるのか、場合によってはお金さえ積めば船を出してもらえるなんて人がいないかを知りたいのです」


「なぜレシフ島……とはその言い方だと聞かない方がよさそうな感じか。まあじらすような情報でもないし、聖女さんを信じて先出しさせてもらうが、海に巨大なクラーケンが出現したらしい。魔物が海に出る、そんなのは漁に出ればよくあることだし漁師も対策はしている。だが今までの常識を覆すほどの大きさと知能を持ったヤツらしくてみんな困っている。

 そんな事情だからこっちの海岸からレシフ島に向かって船を出すことは不可能に近いだろう。大陸を進むルートでエキュームからオードスルヌを抜け北側のジルエットから行った方が早いかもしれないな」


「ジルエット……フォティア火山の北、モンタニャー山脈を抜ける時間を考えると悩みますね。ただ船が出ないとすればそれしか方法はないと……」


 セシリアは唇に指をあて考え込む。そんなセシリアにアークがカウンターに置いてある水に口を付けポツリと呟く。


「噂……まあ国の役人からの話だから噂でもなく本当だろうが、エキュームが対クラーケン用の船を作って近々出航するらしい」


 考え込んでいたセシリアが顔を上げ目をアークに向けると、アークはグラスをカウンターに置き、口をつぐんでじっと見つめ返す。その意図を読んだセシリアが、ふと笑い口を開く。


「今エルフは人とどのような関係を築くべきかを見極めてみようと動いています。あの子たちは自ら人の生活を見、経験しつつ人の本質を判断する為の使者です。そして私はその引率役ということになります」


「……とんでもない話だな。数百年、人と関わりを持たなかったと言われるエルフと接触しただけでなく、今後に大きな影響を与えそうな引率役を任せられるとかなんでもありだな。いや、聖女さんならあり得るのが怖いな」


 驚くを通り越して呆れるアークがセシリアのことを改めてまじまじと見る。


「それでアークさんは、そんな話をしたら私がその船に乗りたいって言い出すのを分かってますよね。じゃあ、次に私がするお願いも分かってますよね」


 笑みに加えウインクするセシリアを見て、アークが頭を押える。


「本当に怖いな、どこまでも底が見えない人だ。その船に乗るにはもちろん誰でもいいわけじゃない。エキューム国が選抜した選りすぐりの兵や冒険者、船乗りなどの精鋭たちだ。もうメンバーも決まっていてよそ者が乗る余地はないが……乗せろって言うんだろ」


 こくっと頷くセシリアにアークは再び頭を押さえて大きなため息をつく。


「使える情報かは分からないが、今ここより南にあるカルム国にメンデール王国からミミル王子率いる使節団が来訪中だ。たしか聖女さんはミミル王子と知り合いだよな?」


「確かに知っていますが、ミミル王子が大陸の東側に来ているのですか?」


 懐かしい名前に驚くセシリアと、足もとの影が居心地悪そうに揺れる。


「聖女セシリア様がいなくなったんだ。アイガイオン王がじっとしているわけないだろう。他国も含め聖女さんと関わった国同士連携し探しつつ、魔王の脅威に対抗しようと動いているわけだ。その流れで、まだ聖女さんと関わってない国にも訪問し連携を取り関係を密にしようってわけさ」


 一旦言葉を区切ったアークが無言で見てきたのを、「ここまでいいか?」と目で訴えていると感じたセシリアが大きく頷く。


「メンデール王国は魔族に脅されてたとはいえ、武器を作りアイガイオン王国に謀反を起こそうとした過去がある。その意味でも道は遠く、今まで関係も薄かった東側への訪問を自ら志願したって噂だ」


 アークの説明を聞いたセシリアはしばらく思索(しさく)を巡らせる。


「アークさん、今から手紙を書きますので、ミミル王子に渡してもらうことはできますか?」


「一般市民が一国の王子に手紙を渡すとか無茶苦茶言う。だがまあそう言う流れになるよな」


 再び言葉を切ったアークに、セシリアは微笑んでみせると変わりに言葉を続ける。


「タダでと言うわけにはいきませんよね。では、魔王との問題が解決したあと、私がアークさんの独占取材を受けるというのはどうでしょう?」


「その条件に、俺が一番にってのを付け加えてくれないか」


「ええ、分かりました」


 セシリアの言葉を聞き自分の膝を叩いて喜びを見せるアークの姿に、セシリアはクスクス笑う。


「本当に変わりましたね。今の仕事が楽しそうでなによりです」


「前職のおかげで少々無茶も効くし、性に合ってるかもな」


 ほんのり笑うとアークは、カウンターの下に置いてあった鞄から紙とペンを取り出すとセシリアに手渡す。

 受け取ったセシリアはインク瓶に金属性のペン先をつけ紙に文章を書くと、次に手渡された便箋(びんせん)に手紙を入れ、にかわと呼ばれる固体糊を水で溶かし接着し封をする。


 封をした上にサインをするとアークに手渡す。


「とんでもない重役だな。新聞記者アークとしてでなく、一人の男アークとして必ず届けることを約束する」


「信じてます」


 すっと席を立ったアークが水代をカウンターに置くと、歩き出しすぐに人混みに消えて行く。アークの背中を見送り安堵のため息をつくセシリアは小さな声で呟く。


「なんとかなりそう。ここでアークさんと出会えたのは運がよかった」


『わらわが作った縁がここで生きるとは驚きなのじゃ。繋がりって大事なのじゃ』


「そう言うことにしておこうか」


 うんうんと頷く自分の影を見てセシリアは笑いながら、ペティたちのもとへ戻って行く。

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