第181話 港町エキューム
エクスキュームへと向かうため、ミストラル大森林を抜けるセシリア一行。
セシリアと一緒に馬のラボーニトに乗るリュイはどこか落ち着かない様子で、チラチラと他の人たちを見てはセシリアの背中を見て満足そうに微笑む。
そんなリュイの背負うリュクの上には、グランツが座っている。
「あとどれくらいかかりそうなんだ?」
セシリアの隣に、ペティが並んで来て尋ねる。
「そうだね、来た道と違うから正確には言えないけど、もう一日ってところじゃないかな」
「姫、姫! 人間の町に着いたらまずなにするの? 私ね、なんでもいいからお店に行ってみたい。シンティラーテルにはお店とかないから楽しみなんだよね」
ペティとは反対側に並んできたファラがテンション高くセシリアに話し掛けてくる。セシリアの希望もあって敬語をやめて砕けた感じて話すファラは、ワクワクが止まらないと言った感じで体をリズミカルに揺らす。
「希望を言ったら行ける感じだったりする? だったら私は~美味しいものが食べたーい。人間の作る料理って凄く興味あるの。たくさーんの種類があって美味しいんでしょう? うーん楽しみぃー」
頬を押さえながらまだ見ぬ食べ物に思いを馳せて遠くを見つめるカメリアの横では、ノルンが腕を組みボソッと呟く。
「あたしは、武器と防具屋。道具も見たい。あとは建造物なんかも興味ある」
いつになく口数の多いノルンは、鼻まで上げたネックウォーマーのせいで表情が見えにくくなっていても興奮気味なのが分かる。
「総長は、どこか行きたいとこある?」
「あたいか? あたいはな」
ノルンに話しを振られたペティは、待ってましたとばかりに自分の胸を叩いてみんなを見る。
「海だ! 海が見たい! ミストラル湖もデカいけど、そんなの比じゃねえくらいデカいんだろ! 全部水でしかも塩辛いって話じゃねえか。じゃあ見るしかねえ!!」
ふんと鼻息荒く力強く宣言するペティをファラたち三人が拍手して讃える。そんな様子をチラチラと見ていたリュイに前にいるセシリアが話し掛ける。
「リュイはなにかやりたいことあるの?」
「わっ、私ですか!? えっ、えーと、その小物とかアクセサリーなんかが見て、見れたらいいかなって……思ってます」
「リュイはアクセサリーが好きなんだね。集めたりしてるの?」
「あ、あいえ……持ってないですけど、その、セシリア様が持っているお花がいっぱいのや黒いリボンの髪留めとか可愛いなって、わたしもほ、欲しいかなって」
もじもじしながら答えるリュイに言われてセシリアは、前に王都でラベリとアメリーと一緒に買ったバレッタのことを思い出す。
肌身離さず持っていてくれと二人に言われポシェットに入れていたおかげで、魔王戦で飛ばされたあとも持っていた数少ない持ち物である。
二人のことを思い出して、一瞬瞳を寂しさが潤ませるがすぐに笑顔でリュイを見る。
「今から行くエキュームは賑やかな港町だって話だし、リュイの気に入るのを一緒に探そうっか」
「はっ……うぅ、一緒に探してもらえるのですか。う、嬉しいです。わたし町とか行ったことないんで不安だったんです……」
セシリアの言葉に涙目でリュイは喜ぶ。
「なんだ、リュイもあたいらと一緒で町に行くの初めてかよ。ここはセシリアに案内してもらおうぜ」
「う、うん」
「案内って、私もエキュームに行くのは初めてだし、都会育ちってわけでもないから期待しないでほしいんだけど」
ペティの圧におされ頷くリュイとの間にセシリアが割って入る。そんな和気あいあいと賑やかに森を進むセシリアたちから少し離れ後ろからついて来る、馬に二人乗りするジョセフとニクラス。
「セシリア様たち、楽しそうだのぉ」
「……」
「なんで拗ねておる。こうしてエルフの里から無事に出られ、セシリア様と一緒に旅ができておる。旅が始まったときお前さんが望んでおった状況ではないか」
「遠い……」
「なんだって? 遠いなら近付けばいいだけだろうて」
後ろに座っているニクラスのことを振り返ったジョセフがにらむ。
「誰のせいだと思っているのです。それになぜあなたと私が一緒に馬に乗っているのです」
「仕方なかろう、エルフが生活するのに使っておるんだ。一頭譲ってもらえただけでも感謝しなければならんだろうて。長い間牢のなかで一緒に過ごした仲ではないか、今更恥ずかしがることはないだろう。寂しいのう」
これ以上話しても仕方ないと思ったジョセフが前を向いて仏頂面で手綱を握る。
「そんな顔するとセシリア様から嫌われるぞ」
「誰のせいですか、誰の!」
むすっとした顔で怒るジョセフの腰をぎゅっと握ったニクラスが背中に頬をつける。
「あんなにキュンとさせるくらいノリノリだったくせに」
「ああもぉ、うるさい人ですね」
セシリアたちだけでなく、ジョセフたちも賑やかにミストラル大森林を抜けていく。
***
「なにこれ! うまっ!」
エキュームに入ってすぐにあった食堂で、ふわふわのパンやサンドイッチを口に詰め込み頬張るファラ。その隣で無言でモクモクと肉を口に突っ込むペティとノルンの姿がある。
彼女たち四人は耳を隠すためモフモフの耳当てをつけており、セシリアも耳当てをつけペティたちに合わせている。エキュームの気候は肌寒く、海に出ればそれなりに風が体温を奪う程度なので耳当てを付けることはそこまで目立たないが、それ以前に女性の冒険者が少ない世界において、六人も冒険者っぽい少女たちが集まり、食事をしていることの方が目立っていたりする。
コソコソしていても仕方ないと堂々と食事をとるセシリアだが、それよりも耳以外は忍ぶ気もないペティたちの姿を見てあきらめていると言った方が正しいかもしれない。
「へぇ〜、海の魚ってこんな感じなのね~。このソース甘からい!? 姫これはなにを使ってるの?」
「いやぁ、さすがになにを使っているかは私には分からないよ。友達に詳しい子がいるから今度紹介するよ」
「お願いねー。あら、こっちは野菜を煮込んでるみたいだけど、この野菜だけ揚げてあるのね。なんでなのかな? 味付けのなかにちょっと酸味がある……」
ソースをスプーンですくって味を確かめるカメリアに原材料を尋ねられて困るセシリアの横では、リュイがスープを飲みほんのり赤くした頬を押さえ、キラキラした目で宙を見つめ美味しさを一人でかみしめている。
賑やかなセシリアたちのもとにジョセフがやってきて向かい側の席に座る。
「どうでしたか?」
「セシリア様は魔王との戦いのあと、行方不明になって約半月。魔王は大陸の北側をほぼ制圧したそうですが、フォティア火山から飛んできたフレイムドラゴンと戦闘のあと、しばらく動きがないようです。あと、気になる情報としては人間側がセシリア様を探しているのは理解できますが、魔族もセシリア様を探していると言う噂を耳にしました」
周りに聞えないように、でも真剣な話をしているような固さはなく日常会話みたいに自然に報告するジョセフの話を、セシリアも時々相槌を入れながら自然に聞いて重要な話をしているのを周囲に悟られまいとする。
それに加え、本人たちは全然意識していないであろうが、ペティたちが騒ぐおかげで周囲の目はそちらに行きがちなので、セシリアとジョセフの会話はスムーズに進めることができる。
「魔族が私を探しているということは、逃げ出しているのはバレていると考えた方がよさそうですね。それにしても半月ですか、思っていたより時間が過ぎているのは、魔王の作った空間に閉じ込められていたからでしょうか……現状はなんとなくですが分かりました、ありがとうございます。それから船の方の手配はできそうですか?」
セシリアの問いにジョセフが首を横に振る。
「それがセシリア様。困ったことに海に巨大な魔物が出現し、船が出せないようなのです」
「それはまた、なんと言いますか、タイミングが悪いですね……」
セシリアは椅子の背もたれに背を付け下を向きテーブルに視線を落とす。
(なんでこうも行く先、行く先で魔物や魔族が出て来るんだろ……。なんか悪いことしたかな。うーんでも悩んでいても仕方ないしどうにかならないかな。魔王や魔族が私のことを探しているなら、今ここにいることを知られない方がいいかもしれないし。なんにしても、もう少し情報が欲しいし船を出す伝手もどうにかしないと)
心のなかで考えをまとめるセシリアだが、一瞬だけ自分たちを見る視線のなかに探るような違和感を感じ、テーブルに落としていた視線を上げて目だけ動かし辺りを探る。
膝の上に乗っているグランツの頭を撫でると、グランツが長い首を伸ばしセシリアに代わって食堂にいる人たちを注意深く見ていく。
『セシリア様、ものすごく気配を消すのが上手な方が紛れているようです。捉えましたのでご案内いたしましょうか?』
「お願い」
セシリアが小さな声でささやくと、グランツを抱いて席を立つ。
「あん? どうかしたか?」
「あ、ちょっとね」
突然立ち上がったセシリアにペティが肉を頬張ったまま尋ねると、カメリアがペティの脇を突っつく。
「総ちょー、デリカシーないですよ。女の子が立ち上がってちょっとーと言えば分かるでしょー」
「あぁ、わりぃ」
カメリアに指摘され謝るペティに苦笑いをしながらそそくさとセシリアは席を離れ、できるだけ静かにさり気無くグランツの案内で人混みをかきわけ店内を歩く。