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第180話 イケメンとおっさん

 エルフの男性が住む里キュルティヴェ。その端にある建屋のなかは牢になっていて不審者や犯罪を犯した者を入れる。

ただ、犯罪を犯すエルフはほぼ皆無であり、不審者に至っては何百年もなかったゆえに、牢が使われることはなかった。


何百年ぶりに入ってきた侵入者でぎゅうぎゅうだった牢も、今は二人しかおらず。その二人は少し離れて座っている。


「のうジョセフよ」


「なんでしょう?」


 ニクラスがジョセフに話し掛けると、少々めんどくさそうにジョセフが答える。


「セシリア様がエルフの里に来たという話だが、わしら出れるのかのう?」


「セシリア様のことです。間違いなく私たちを出してくれますよ」


 言葉を交わしてすぐに黙る二人。


「そうじゃろうて、そうじゃろうて。セシリア様ならわしらを救ってくれるのは間違いない。それにしてもセシリア様はどうしてあんなに凄いのかのぉ。なにもかもが凄すぎて雲の上のお人じゃわい」


「その意見には同意します。初めて出会ったときから変わらぬ美しい瞳に、艶やかな髪。そしてなによりも慈愛に満ちた清きお心! ああ早くお会いしたい! あなたのことを思うと私の胸は張り裂けそうです」


 手を広げて何もない空間に向かって語り掛け始めるジョセフを、頷きながら見ていたニクラスが無精ヒゲをジャリジャリと音を立てながら撫でる。


「ところでジョセフよ。お前さんはアイガイオンで一番のイケメンだと噂されておるな。それにはわしも納得しておる。そこでじゃ、頼みがあるんだが」


「な、なんでしょう……」


 姿勢を正して、ぐいっと顔を寄せてきたニクラスに、ジョセフは嫌そうな顔をしながら体を反らし警戒心をあらわにする。


「セシリア様の心を掴むにはどうすればいいか教えてほしいのだが」


「あなた結婚されているじゃないですか! まさか奥さまを捨ててセシリア様を狙うだなんて見損ないました」


「違う違う。わしじゃなくて、弟子のミルコに女性との接し方を教授すると言ったものの、セシリア様相手にどうすればいいか分からんのんで困っておる」


 グイグイと近づいてくるニクラスに合わせ、ジョセフも後ろへ下がって行く。


「大体あなたは結婚されてるんですから、成功したやり方を教えればいいじゃないですか」


「うちの妻にはポーズをとって筋肉見せながらプロポーズしたらステキ~! って言われて結婚してもらえたからの。ミルコに実行させたら、セシリア様から人前では服を着なさいと冷めた目で言われたと悲しんでおった」


「それはセシリア様が普通の反応で、あなたの奥様が特別なのでは……」


 呆れた顔で見るジョセフの手をニクラスがガシッと掴む。


「うわっ!!」


「ジョセフよ頼む! わしにお主の技術を教えてくれんか。弟子であるミルコにいいとこ見せたいんじゃ」


 ニクラスに手を握られジョセフは体中の毛を逆立て震えてしまう。


「間接的とはいえなんであなたの弟子であるミルコに教えなければいけないんですか。そもそもセシリア様に近づこうとしているのなら私の敵なわけですよ」


「そこをなんとか頼む! わしを助けると思って!」


「なんで私があなたを助けなければいけないのです」


 ジョセフは冷めた目で頼み込むニクラスを見て断る。


「花屋のサニーメイちゃん」


 ニクラスがボソッと呟いた名前にジョセフが体をビクッと大きく震わせる。


「野菜売りのマキナちゃんじゃったかの。いやいや、アトロポス家の娘、うーむギルドの受付嬢じゃったか。私の愛はセシリア様だけでなくみんなに等しくなんちゃらかんちゃらって、聞いたようなぁ〜聞かなかったようなぁ〜」


「なっ、なにをおっしゃっているのです」


「いやのぉ〜わしの奥様から聞いた話じゃから本当かどうか分からんけどな。セシリア様一筋とか言いつつ、愛を語る五大冒険者がいるとかいないとか。誰じゃったかのぉ〜、名前が思い出せんのぉ」


 額を叩きながら悩むポーズ取るニクラスにジョセフがあたふたと慌てふためく。


「甘い言葉を並べその気にさせておきながら、セシリア様に言い寄る姿を見て幻滅した……なんて話もあっての。市民が困っておるわけだ、ここはギルドに依頼でも出して、その困った五大冒険者を倒してもらわねばならんじゃろて。そうじゃの、確実にそやつに勝てそうなセシリア様に依頼を出すというのはどうじゃろうか」


「分かりました、分かりました! 私にできることなら何でも協力いたしますからお静かにお願いします」


 腕を組むニクラスの肩を揺さぶりながら、ジョセフが観念した表情で承諾の言葉を口にする。


「女性の繋がりをなめない方がいいぞ。いずれセシリア様の耳にも入る」


「ご忠告ありがとうございます。それでなにを教えればいいのです。正直なところセシリア様を振り向かせられていない、私が教えれることはないと思いますが」


「いいや、お前さんのテクニックとミルコの筋肉が合わされば奇跡が起こるやもしれん」


「絶対に起きないと思いますが」


 二、三言葉を交わしたあと少し考え込んだニクラスが、手を叩く。


「実践形式で教えてくれんか。それならわしにも理解しやすい。長いセリフとかは覚えれんし、座学よりも体で覚える方が性に合っておる」


「はぁ? 実践形式ですか」


「そうだ、わしがセシリア様の役をするからお前さんがわしを口説いてキュンとさせてくれんか」


「なんで私があなたをキュンとさせなければいけないのですか」


「ミモザカフェのラメラちゃん……」


「分かりました分かりましたぁー」


 やけくそ気味に言うジョセフにニクラスが満足そうな笑みを向ける。

 そしてゴホンと一つ咳払いしたニクラスが目をきらめかせて、ジョセフを見つめる。


「ジョセフさん、お話ってなんですの」


 声を高くしてもじもじするニクラスのおぞましい姿に思わず身を引いたジョセフだが、我が身の保身のため我慢して流れに乗る。


「セシリア様、あなたの聖女としての煌めく姿、その裏で絶え間なくされている努力を私は知っております」


「聖女として当然のことですわ。そのようなことをおっしゃるために、お呼びになって」


 ふんと顔を背けるニクラスの手をジョセフがそっと握る。


「気高く、美しいその裏にある苦悩、それを私にも背負わせていただけないでしょうか」


 握った手を引き寄せ腰に手を回したジョセフはニクラスを引き寄せる。

 潤んだ瞳で見つめるニクラスを歯を輝かせたジョセフが見返すと、そっと目元を指で触れる。


「人前では見せれない苦しみ、悲しみを私にぶつけてほしいのです。私ならあなたの全てを受け止めてみせましょう」


「ほ、本当に……」


「ええ、本当ですとも」


 ジョセフはニクラスの無精ヒゲが生えたあごをクイッと持つ。


「だからあなたの全てを私に委ねてもらえませんか」


「私の筋肉……重いわよ」


「構いません。筋肉の重さは幸せの質量。なにを迷うことがありましょう、さあ私の胸にあなたの筋肉を委ねてください」


「キュン!」


 キラキラした世界にいる二人がお互いをそっと抱き寄せ、ニクラスが目をそっとつぶりジョセフが微笑む。


「おっとつい熱が入ってしまいましたが、これでどうですか」


「あぁいやはや勉強になった。年甲斐もなくキュンとしてしまったわ。はぁ~お前さんに頼んで良かった」


 顔が近いまま言葉を交わした二人が、ふとなにかを感じて同時にゆっくりと鉄格子の方に顔を向ける。


 二人の視線の先には、青ざめた顔をして固まっているセシリアが立っていた。その両隣にはリュイとペティが興味深そうにジョセフとニクラスを見ている。


 セシリアは黙ったままゆっくりと後ろを振り返り、二人を背にして歩き出すと部屋から出ようとする。


「おい、こいつらを出しに来たんじゃないのか?」


 ペティの声に背を向けたまま首を横に振る。


「ひ、人違いでした。あの人たちはこのまま閉じ込めて置いていた方がみんな幸せになれる気がします。アンメール女王にお願いして置いて行きます」


 スタスタと去っていくセシリアをリュイが慌てて追いかける。

 ペティは振り返り眉間にシワを寄せ、ジョセフたちをまじまじと見る。


「人間てのは奥が深いな。出発前から勉強させてもらったぜ」


 そう言って嬉しそうにくペティはセシリアを追って去って行く。


 残された二人、とくにジョセフは放心状態で真っ白になって誰もいなくなった空間を見つめている。


「ち、違うのです! セシリア様! 私の話を聞いて下さい!!」


「また二人きりになったわね」


「うわああああああぁぁぁぁっ!!!」


 キラキラした目をパチパチさせ恥ずかしがる素振りをするニクラスに腕を掴まれ、ジョセフの断末魔が村中に響く。


 ちなみにアンメール女王からも連れて帰ってくれと頼まれ、無事に二人は出ることができるのである。セシリアとジョセフの距離は離れていくばかりだが。

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