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第179話 新たな一歩を

「久しぶりですね」


「……ああ」


 久しぶりに会った親子の会話は、どこかぎこちないやり取りで始まる。


 エルフの里シンティラーテルの女王の部屋で向かいあうアンメール女王とペティ。アンメール女王の横にはアクトと前髪の長い給仕係りの女性が、ペティの横にはセシリアがそれぞれ並ぶ。


 しばらく黙って見つめ合っていた二人だが、唇をかんでいたペティが先に口を開く。


「その、悪かった……騒いで多くの人に迷惑かけた」


 目を逸らしながらボソッと言うペティを見てアンメール女王がふっと笑う。


「ええ、まったくです。あなた方の行いがエルフの民らしくないと、私のもとにどれだけ苦情がきたことか」


 アンメール女王の言葉にペティがうつむく。


「ですが、そうさせた私の責任も大きいのでしょう」


 思ってみなかった言葉にペティが顔を上げ、目が合ったアンメール女王が僅かに微笑んで見つめ返す。


「スキル主義であるエルフの世界で、それはおかしいと思いながらも周りからあなたのスキルを軽蔑(けいべつ)されたとき否定しきれなかった。

 女王になってからは安寧(あんねい)を求め改革よりも維持を選択した。弱き者がいることが知りながらも手を伸ばさなかった。不満を訴えるあなたの思いを知ろうともせずにどう説得するかばかりを考えていました」


「いや、あたいだって言いたいことを言うだけで具体的にしてほしいこととか、母さんの立場も考えず、叫ぶだけで正面から説得しようとしてなかった。声上げてたら聞いてくれるかもしれないって子供みたいな甘えがあった」


 互いに思いを言い合ったあと、一呼吸置いて同時に口を開く。


「相手のことも考えなさいとセシリアに」

「相手のことも考えろってセシリアに」


 同じ言葉が出た二人は思わず見つめ合いそして、セシリアを同時に見る。


「あ、いや……私は気にしないで二人で話し合ってください」


 二人に見られ慌てるセシリアに、アンメール女王とペティは笑みを浮べ、再び視線を戻してお互い目を合わせる。


「あなたが困っている人に手を差し伸べたこと。それは誰にもできることではありません。痛みが分かる優しさがあっても、手を差し出す勇気はなかなか出せないものです。人の痛みが分かり、勇気のあるあなたに一つお願いがあります」


 アンメール女王が優しく丁寧に語りかけてくるのをペティは静かに聴き入る。


「あなたたちに人間の住む場所に出てもらい、そして人のあり方をこの里に伝えてほしいのです。この里に根付く考えはそう簡単には変わらないでしょう。ですが、どのような結果になろうともあなた方がこれから見て経験することは決して無駄にはならないはずです」


 アンメール女王は改めてペティ見るとゆっくり頷く。


「あなたたちをエルフの代表として、人間とエルフの今後の関係を見極める役をお願いします。とても重要な役割ですができますか?」


「ああ、やらせてくれ……いややらせてください」


 言い直すペティを見て笑みを浮べたアンメール女王はセシリアを見る。


「セシリアには苦労をかけますが、ペティたちをお願いできますか? さすがにいきなり人間界に放り込むのは、はばかれますので」


「ええもちろんです」


 セシリアとアンメール女王のやり取りを隣で見ている、ペティが顔を赤らめなにか言いたそうにしている姿を見て、アンメール女王は小さくため息をつく。


「ペティ、ちゃんとセシリアの言うことを聞くのですよ。わがまま言ったりして困らせてはいけませんよ。セシリアが優しいからって甘えて自分でなにもしないとかダメですからね」


「わ、分かってるって! そうやってすぐに子供扱いするなって言ってるだろ!」


「いいえ、あなたは子供です。私は心配なのですよ」


「心配してくれるのはありがたいけど、ちょっとは信じてくれ」


 二人が言い合うのを苦笑いで見るセシリアと、呆れて見るアクトに給仕係り女性の二人。


「そうそう、セシリアとの約束を守らなければいけませんね」


 ペティとの言い合いがひと段落したところで、アンメール女王がセシリアの方を見て声を掛ける。


「まず捕らえている人間に関してはすぐに出せるように手配しましょう。そしてカシェの場所についてですが、ミストラル大森林を東に抜けるとエキュームと呼ばれる国が存在していると思います。そこより海に出てレシフ島に行けばカシェに会えるはずです」


「レシフ島ですか。分かりました。教えていただきありがとうございます」


 セシリアはお礼を言って頭を深々と下げる。


「カシェによろしくお伝えください」


「はい、それでは近日中には出発しようと思いますので、準備ができ次第改めてお知らせいたします」


「ええ、分かりました」


 セシリアはアンメール女王と会話を交わしたあと一礼すると一本後ろに下がり、ドアを開け再び礼をしながら出て行く。

 セシリアを見送って残ったペティがアンメール女王の方を見ると、少し照れの混ざる笑みを見せる。


「自分の目で外の世界を見に行ってくるよ。それで何ができるか分かんねえけど、やれるだけやってみる」


「ええ、期待してますよ」


 微笑んで答えたアンメール女王を見て、嬉しそうな笑みを浮かべたペティはドアを開けセシリアを追い掛け出て行く。


 閉まったドアを見つめるアンメール女王にアクトが話し掛ける。


「いい顔してましたね」


「ええ、私ではペティにあのような顔をさせることはできませんでした。聖女の名は伊達じゃないということですかね」


 そう言って遠い目をするアンメール女王を見てアクトがため息混じりに笑う。


「寂しいんですか?」


「そうですね、ペティたちがいなくなったら森が静かになりますから、そう言った意味では寂しいのかもしれませんね」


「まったく、素直じゃない。普通に寂しいでいいじゃないですか」


「ふふっ、素直になるのは恥ずかしいものですよ」


「ったく、困ったものです」


 笑い合う二人をじっと見ていた給仕係りの女性が長い前髪をかき上げると、鋭い目つきをあらわにし二人をにらみつける。


「あなた方、のんきに笑ってる場合ですか。女王、今回の人間界への派遣にあたってお願いしていた、ご尊老(そんろう)方に提出する書類の作成はできたのですか?」


「えっ……とまだ……かな」


 給仕係りの女性は目を逸らすアンメール女王に近づき詰め寄る。


「王女を森から出ることについてご尊老(そんろう)方を説得するのにどれだけ苦労したと思っているんですか。そもそも王女たちが寝度床にしていた場所の根回しや、安全の確保、苦情の処理、どれだけ私が苦労したと思っているのです。いいですか、今日中に書類を完成させご尊老(そんろう)たちのもとへ提出するまで休憩はありませんよ!」


「ひぇ~ん、アクト。ベルが責めるぅ」


「あ、そろそろ鍛錬の時間だ。あー忙しいー忙しいー」


 慌てて逃げて行くアクトを、ベルに詰め寄られるアンメール女王が恨めしそうな目で見るがすぐにベルに遮られる。


「さあ、早速始めましょうか」


「お、お手柔らかにお願いね」


「甘やかすとすぐに調子に乗るから、却下です!」


「ひぃーベルちゃんが酷いぃ~」


「ベルちゃんじゃありません! アプレ・プリュイ・ベル・ターム・シューレルです!」


 自分が去ったあと女王の部屋から賑やかな声が響いていることなどしらず、ペティはセシリアの背中を追い掛け走るのである。

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