第176話 姫とでも呼んでもらおっか
トレントの腕を受け止めたセシリアに、枝でできた指が飛んでくる。それを影が下から上に伸び弾くと同時に、影の流れに合わせセシリアが聖剣シャルルを振り上げて一本の腕を切り落とす。
すぐさま二本の腕が伸びて来て、それを翼を羽ばたかせ後ろに下がりながら受け流す。
セシリアが地面に足をつけたとき、真上から伸びてきた腕が、手を広げセシリアを襲おうとするが矢が突き刺さり、軌道がブレ掴みそこねた手が空を切ったところを聖剣シャルルによって切り落とされる。
トレントが手をリュイの方へ向け指の枝を飛ばすと、リュイは必死に走りながら逃げまとう。
その間も沢山の腕を振り回しセシリアを攻撃してくる。
「指を飛ばすときは攻撃が適当になるのはやっぱり頭は一つしかないからかな?」
『その認識で間違いないであろう。ただ手が多いので、適当に振り回されるだけでも厄介だがな』
リュイを遠距離攻撃する際は腕の攻撃が散漫になるが、腕同士が当たるのも構わず乱暴に振り回すので軌道が読みづらく近づきにくくなってしまう。
かといってリュイに攻撃が向いていないと、全ての手がセシリアに向かって来るのでやはり近付き難い。
『セシリア様、この魔物体内の水分を魔力と合わせ爆発させることで体の一部を切り離し攻撃に利用していると思われます』
「そんなことまで分かるの? すごいよ!」
グランツの説明の内容に驚いたセシリアに褒められ、ちょっぴり声のトーンが上がるグランツが言葉を続ける。
『魔力の流れから見るに開きっぱなしの口から水分を取り込み体内で魔力と合わせているかと。水と魔力を練り合わせる時間、再生時間の関係から連発はできないと推測できます』
グランツの説明を聞きながらトレントの腕を受けながしたとき、トレントはリュイへの攻撃をやめセシリアに顔を向けると的確な攻撃へと移る。
『水分と魔力を混ぜる時間があること、連発はできないことは攻略の糸口となる。それと同時に懸念されるのは捨て身覚悟の全体攻撃を繰り出す可能性があるということだ』
「全体攻撃?」
『全ての手を伸ばし、全方向に指を飛ばす可能性だ。クールタイムと再生時間のリスクを考えれば普段は使わないだろうが、最終手段として持っていると考えたほうがいい』
聖剣シャルルの説明にセシリアは喉を鳴らして唾を飲み込んでしまう。
『セシリア、総長とやらがあいつに向かっているのじゃ』
「総長?」
アトラの声に反応したセシリアの視界にワイキュルのクリールに乗ったペティの姿が映る。
「なんでお前みたいな魔物がここにいるかは知らねえが、ウロウロされると迷惑なんだよ!」
ペティが手のひらに球体にした魔力を生み出すと同時に『粘着』のスキルを付与する。
「嫌がらせ程度しかできねえが、邪魔ぐらいにはなるだろうよっと!」
投げた魔力の球体を手で振り払ったトレントだが、球体は弾かれることなくトレントの手に引っ付いてしまう。
手を振って落とそうとするがべっとりと広がった魔力は引っ付いて取れなくなる。剥がそうとした別の手も引っ付き二本の手が使えなくなる。
『あの力は使えるな。だが、使い方は考える必要がある』
ペティのもとへ影を滑らせ向かうセシリアは聖剣シャルルの声に無言で頷き、翼を広げると加速する。
クリールに乗って走りながらスキルを付与した魔力をこねるペティは、一撃目が思った以上に効果があったことに気をよくして再び魔力を投げつける。
トレントは粘着して引っ付いた二本の腕をペティに向けると、腕の関節から白い蒸気を放つ。次の瞬間、関節で爆発が起き二本の腕ごとペティ目掛け飛ばす。
「!?」
なにが起きたかも意味の分からないペティは、飛んでくる物体に思わず目をつぶって身を強張らせてしまう。
空気を押し破って飛んでくる物体が近付く気配だけ感じたペティの頬を風が撫でると、ぎゅっと閉じていたまぶたを越えて光が差し込む。
「間に合った。大丈夫?」
おそるおそる目を開けたペティの前には、白い羽根が舞うなか美しい翼を広げ優しい目でペティを見るセシリアの姿があり、手に持つ聖剣シャルルの神々しさも相成って思わず目を見開き見惚れてしまう。
トレントに向けセシリアが斬撃を放ち追撃を加えたところで、トレントの後方から現れたリュイが攻撃して引きつけてくれたのを見たセシリアがペティの方を振り向く。
「ペティ、悪いけど手伝ってくれる? 力を貸してほしいんだ」
「あ、ああ……そのわりいけど、あたいの力じゃ役に立ちそうにないんだが……」
「それはちょっと違うかな。ペティの力も合わせてあいつを倒すんだよ。誰が役に立つとかじゃなくてね」
セシリアの言葉にペティは目を大きく見開く。
「私だって剣で切ることしかできないから近付けないし、このままじゃ倒せない。だからみんなの力が必要なんだ。ってことで三人もいいかな?」
セシリアの視線が自分の後ろに向いたのに気づいたペティが慌てて後ろを振り向く。
「お前たち、逃げろって……」
ペティが自分の後ろにワイキュルに乗って並ぶファラとカトリナ、ノルンの三人を見て驚きの表情を見せる。
「わ、私たちだってあいつの気を反らすことくらいできますよ」
「そうですぅ。できるんですから」
「かく乱、やれる」
意気込む三人に、どう言葉を掛けていいか分からないペティが戸惑っていると、横にいたセシリアが尋ねる。
「力を貸してもらう上で聞くんだけど、三人の力とかスキルってなに?」
セシリアの問いに意気込んでいた三人の顔が一瞬で引きつる。
「あ、あの……私たちスキルがなくて。で、でもあいつの攻撃を引きつけて的になるくらいなら役にたちますから」
必死に訴えるファラと隣で頷くカトリナたちにセシリアは優しく微笑む。
「トレントの気を引いて混乱させてほしいから、危ないのは変わりないかもしれないけど自分を犠牲にとかするんじゃなくて、私を信じて動いて欲しいんだ。じゃあまずはペティのスキルについて二、三質問するから答えて。それから作戦を伝えるからよく聞いてくれる?」
必至の訴えを優しく諭し、話しを進め始めるセシリアにキョトンとする三人とペティに手短に作戦の内容が伝えられる。
「ラボーニトを連れて来てくれてありがとう」
「この子が、行きたいって……言ったから」
作戦を伝え終えたとき、ノルンが連れていたラボーニトをセシリアへ渡すと、セシリアにお礼を言われたノルンが恥ずかしそうに呟く。
「あのぉ、私たちチーム聖女に入ったんですよねぇ? だったら慈愛の戦士セシリアが総長でいいんですか?」
ラボーニトに乗るセシリアは、カトリナの質問に僅かに悩む素振りを見せたあと、少しだけ独り言を呟き小さくため息をつくとカトリナたちを見る。
「きみたちの総長はペティでしょ。チームを取り込んだ立場上、総長より上の存在ってことで、姫とでも呼んでもらおっかな」
ほんのり頬を赤くしながら言うセシリアだったが、みんなが固まってまん丸な目で見つめてくることに、恥ずかしさとやってしまったと「姫」とか言うんじゃなかった後悔で笑顔のまま汗をかき始める。
「姫……なんか総長よりも綺麗ですごいって感じがします」
「うんうん、総長が怖そうなら優しそうな感じがする」
「姫、総長よりも高貴……よき」
「おい、おまえら。さり気無くあたいをバカにしてないか」
なんだかんだで「姫」呼びを受け入れたと受け取ったセシリアは、ホッとした表情でラボーニトの手綱を握る。
「さあ、みんなでいくよ!」
セシリアの呼びかけに四人が腕を上げ応える。




