第175話 勝負が終わって始まる戦闘
ゴールを走り抜けたペティが、クリールから降りると三人が駆け寄って来る。
涙目の三人を見て、自分の目を乱暴に擦ったペティが笑顔を見せる。
「わりい、負けちまった」
周りから見ても強がっているのが分かる引きつった笑顔のペティを見た三人はうつむいて涙を流す。
「チームに取り込むのは約束だから守る。だが、負けたのはあたいの責任だ。雑用ならいくらでもあたいがやるからこいつらは普通に扱ってくれ」
ペティが自分に近づいて来るセシリアに向かって懇願する。ペティの周りに集まっていた三人からの涙目の視線を受けるセシリアは、目をつぶって首を横に振ると笑みを浮かべる。
「私のチームに入ったあなた方には、まずは元締めであるアンメール女王のもとに行ってもらいます」
ペティが苦虫をかみ潰したような顔になり、三人の顔も引きつる。
「お前やっぱ母さんの回し者だったのか。大方あたいらのチームを解散させるのが目的ってところか」
歯ぎしりをして悔しがるペティを見て、セシリアが呆れたようにため息をつく。
「勝手に話しを進めないでもらえますか。私はあなた方をアンメール女王のもとに連れて来てほしいと言われただけですよ。あなた方がなにをしたいのかを聞いてませんから、それから新しいリーダーとしてこのチームの存続を考えます」
セシリアの話す内容に意味が分からないから理解しようと、真剣な眼差しで話を聞き始めるペティたち。それを見たセシリアは表情を和らげるとそっと口を開く。
「ですからまずは……」
『セシリア様!』
セシリアが話し始めたとき、セシリアの頭にグランツの声が響く。突然言葉を切り、抱いていた聖剣シャルルの鞘先を地面につけ真剣な表情になったのを不思議そうに見るペティたちに対し、リュイが背中に担いでいたリュックを降ろすと小さな盾を腕に装着し弓を手にする。
「話はあとです。森の奥からなにか来ます!」
聖剣シャルルを抜き鞘を背中に付け、再びグランツを取り込んで背中に翼を生やしたセシリアの行動にペティたちが驚く。
「あなた方は逃げて、リュイはサポートをお願い」
「は、はいっ!」
セシリアたちが抜けて来た森の木の上部が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。揺れは段々とセシリアたちに向かって進んできたかと思うと、真っ赤な光が二つ揺らぎ巨大な枝葉のない木の頭部が出てくると一気に全体が姿を現す。
朽ちた大木からランダムに生えた無数の枝には、関節のような節がありそれはまるで腕のようで、その先には長さや太さ、数も違う枝が手の形を作りユラユラと動き、根元は朽ちているのかボロボロと木の皮のようなものが剥げて落ちている。
大木の中心には赤く光る目と枝をちぎり落とした鼻、そして木を無理矢理横に引き裂いたかのような歪な口を大きく開き、息をしているのか植物が保有している水分のせいかは分からないが口から白いモヤを吐き出している。
「ト、トレントです。でもあんなに大きいのは初めて見ました……」
森から出てきた木の姿をした魔物の名を口にするリュイは怯えた表情をしている。
「リュイはトレントと戦った経験はある?」
「い、いえありません。狩りの最中に魔物を発見したら逃げるのが基本ですから……も、申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。とりあえずは出方を見ながらやるしかないね。あっちも待ってくれないみたいだし」
トレントは体を傾けると全身に生えた枝でできた腕を使ってセシリアたちの方へと向かって来る。無数の手を使ってカサカサと走るそれはまるで虫のようで、見る者に嫌悪感をもたらす。
二本の手を軸にしてブレイクダンスのごとく体を横回転させながら、他の腕を伸ばしてくる。魔力の噴出によってできた紫の線を引きながら聖剣シャルルで弾くが、トレントは軸にした手で縦回転し、無数の手を伸ばし我が身を回転ノコギリのごとくして攻撃して来る。
連続で来る衝撃に吹き飛ばされたセシリアは翼を広げ空中で止まると、振り下ろした聖剣シャルルから魔力の斬撃を放つ。
無数の腕を使って体を横回転させながら斬撃を避けたトレントが指先をセシリアに向ける。
向けた枝でできた指の節から煙が噴き出す、それと同時に指先がセシリア向け飛んでくる。地上にあったセシリアの影が紫に光ると上に向かって伸び、飛んできた指を弾きつつ聖剣シャルルの刀身に巻き付き渦を巻く。
指を飛ばしつつ、セシリアを捕らえようと伸ばした別の手を紫の光が渦巻く刀身で砕き飛ばす。
翼を羽ばたかせ後ろに下がり着地したセシリアと、ちぎれた腕から新たな手を再生させるトレントがにらみ合い互いの出方を見る。
セシリアの一連の動きに逃げることもできず見ているだけのペティたちは、ただただ見惚れて棒立ちになる。そんな視線を背に受けるセシリアは大きく息を吐く。その表情は見た目には分かりづらいが、薄っすらと不安の影がある。
「きつっ、トレントってこんな戦い方なの? 強力な一撃を溜める暇もないよ」
『トリッキーだな。木だけにか……』
「ごめん、何言ってるか分からない」
聖剣シャルルとのくだらないやり取りをしたセシリアの表情から不安が和らいだとき、リュイが走って隣に並ぶ。
「も、申し訳ありません。その、動けなくて……」
「謝らなくてもいいよ。それよりも来てくれてありがとう」
目を伏せたリュイだが、セシリアに優しく言葉を掛けられ目を潤ませ、その目でトレントをにらんだままのセシリアの横顔を見つめる。
セシリアはトレントの動きを警戒し、相手をにらんだまま口を開く。
「早速で悪いんだけど、矢でトレントを牽制してもらえると助かるんだけど」
「え、えっと。セシリア様に当たるかもしれないかなと、その、セシリア様の戦闘の邪魔になって……しまう……」
ぎゅっと握ったリュイの手に前を向いたままのセシリアが手を伸ばしそっと触れる。
「私がトレントを討伐するんじゃなくて、私 たちで討伐するの。リュイの力が私には必要だから頼りにしてる」
目を大きく開いてセシリアを見つめるリュイに、相変わらずトレントを見たままだが微笑んだセシリアが聖剣シャルルを持つ手に力を入れる。
「再生が終わったみたい。くるよ」
翼を広げたセシリアが影を使って地面を滑り、伸びて来たトレントの腕を弾いたのを皮切りに、セシリアの振るう聖剣シャルルとトレントの腕が激しくぶつかり合う。
トレントが全ての手を伸ばすと本体を中心にして転がり始める。先ほどの回転ノコギリが円なら、今回は球。全方向に向け押しつぶす攻撃を受けれなくなったセシリアは後ろに下がりながら斬撃を放ち反撃をする。
斬撃で数本の腕が切り落とされるが、トレントは転がりながら腕を再生してしまう。
セシリアから離れて見ていたリュイが矢をつがえ弓を引く。
「わたしだってセシリア様の役に立ちたい。できるっ、わたしならできるっ!」
リュイの放った矢が、転がるために伸ばしていた腕の間をすり抜けトレントの鼻を射貫く。
『ほう、さすがの腕前だな』
聖剣シャルルが思わずもらした感心した声に大きく頷いたセシリアが、リュイの一撃に気を取られたトレントの腕を影が渦巻く刀身を振るって大きく切り裂いていく。
大量の腕を失って球を保てなくなったトレントがバランスを崩す。地面に向かって倒れる頭をリュイの矢が貫き、衝撃で頭を僅かに振らせたのを見逃さず、セシリアが聖剣シャルルを振り下ろす。
だがトレントが倒れまいとついた無数の腕の節から煙が噴き出すと腕を飛ばす勢いを利用して、体を大きく後ろに下げ聖剣シャルルの斬撃をギリギリで避けてしまう。
「そんなのありなのっ!?」
腕を切り離し、逃げたトレントに驚きの声を上げるセシリアの視界を矢が過ると、逃げたトレントの額に突き刺さる。
衝撃で頭を微かだが揺らすトレントにさらにもう一本矢が突き刺さる。
セシリアが矢が飛んできた方を見ると、真剣な表情で弓を引くリュイの姿がある。
そしてリュイに向け、トレントが指先を向けるのに気付いたセシリアが聖剣シャルルを構えながら叫ぶ。
「リュイ避けて!」
セシリアの声にトレントが何をやろうとしているか理解したリュイは、つがえていた矢を暴発させあらぬ方向に飛ばしながら転がりトレントの放つ枝の弾丸を避ける。
「あわわわわっ!?」
悲鳴を上げながら逃げるリュイを追って手を変えながら、次々と指先を飛ばしていく。
リュイが涙を流しながら走って逃げるあとには、土埃を派手に巻き上げ地面に枝が次々と刺さっていく。
リュイを助けるためセシリアが放った斬撃が、トレントの腕を切断するがすぐに新たな手を生やし再生してしまう。
「なんか再生スピード上がってない?」
『危機的状況に追い込まれ活性化したと言うところかもしれん』
「勝手に来て、勝手に追い込まれるとか迷惑な魔物!」
文句を言いながら、トレントの無数の腕をさばくセシリア。それをサポートすべく、リュイが矢を放つが、トレントは別の手を伸ばし枝を飛ばし弓を引くのを邪魔する。
トレントの無数の手の前に攻めあぐねる二人を見ていたペティがワイキュルへと向かって歩き出す。
「ここは危ねえ。お前たちは早く逃げろ」
「そ、総長。何をするつもりですか?」
カトリナが不安そうに尋ねると、ペティはトレントと戦うセシリアたちを指さす。
「あたいらはあいつのチームに入ったわけだ。それなら仲間は助けるのが当たり前だろ」
「で、でも総長は戦えるんですか?」
「戦えねえよ。でもま、走り回って敵の気を引きつけるくらいはできるさ」
ファラの問いに首を横に振ったペティが、笑みを浮べる。その笑みに緊張が見え、引きつっているのに気づいたファラは黙って口をつぐむ。
自分の頬を叩き気合を入れたペティがクリールに飛び乗ると、首元を撫でる。
「クリール。疲れてるとこすまないが、もうひとっ走りしてくれるか?」
ペティの問いかけに喉から低い声を出してひと鳴きしたクリールは、ペティを乗せセシリアたちのもとへ力強い足音を立てて走り始める。
ペティとクリールが走り去るのを、ファラたち三人は複雑な表情で見守る。