第173話 慈愛の聖女と光の総長
森の広場で四人の少女たちは切り株や地面に各々座って向かい合う。
「総ちょ~、今日はどこ走りますかぁ?」
青い服のカトリナが、草を口にくわえ木の幹にもたれかかっているペティに話し掛ける。
「んーそうだな。森を走ってばかりってのも芸がないよなぁ。もっとあたいらのことを聞いてくれる方法はないか?」
くわえている草を上下に動かしながらペティが尋ねると、赤い服のファラが手を上げる。
「はい、はい! やっぱ総長のお母様のところにワイキュルで突っ込むのが一番手っ取り早いと思いま~す」
「そいつはやろうとして止められただろう。そもそもエルフの里を囲っているエズティーの森はワイキュルはおろか、魔物も方向感覚を失って近付けねえし。エルフの感覚でしか入れない厄介な森だ」
しゅんとするファラに代わって黒い服のルノンが手を上げる。
「キュルティヴェに囚われている人間を解放して混乱に陥れる……どう?」
ノルンの意見にペティたちが目を丸くする。
「お前以外に過激だよな。って褒めてねえよ。捕まっている人間がどんな奴か分からねえし、そのせいで仲間が命の危機にさらされたりする可能性もあるしな。それはやり過ぎだろ」
はじめこそ照れていたノルンだが、ペティの言葉を聞いて「確かに」と呟く。
「いっそ四人で森を抜け出して人間の世界に飛び込んでみるか?」
ペティの提案に三人の顔に戸惑いの表情が過る。それを見たペティがくわえていた草を大きく揺らしながら笑う。
「そんな無謀なことはしねえよ。なんの準備もなしに人間界に飛び込んでも、ろくな結果にしかならねえのは分かってるさ。都合のいい話だが、エルフの里自体が人間界と交流を持ってくれて、その流れに乗るってのが一番確実だからな」
三人のやや強張った表情が和らぐのを見てペティは膝を叩く。
「うしっ! うじうじ悩んでも仕方ねえ! 走ろうぜ! やっぱ走るのが一番だぜ」
三人は返事をして勢いよく立ち上がると、そのままテンション高く、木に繋げているワイキュルのもとへ向かう途中だった。
突然木の上から枝が揺れ葉が擦れる音がしたかと思うと一人の少女が飛び降りてくる。
重力を感じさせないふんわりと華麗に着地し、片腕に剣を抱え、足元に羽を腕組みのように組んだグワッチを連れた突然の来訪者。驚くペティたちに向け来訪者である少女は銀色の髪をかき上げペティを指さす。
「私の名前は全てを慈しみ愛を与える慈愛の戦士セシリア!」
真面目な顔で名乗りペティを指差すセシリアから遅れて木から飛び降りて来たのは、もちろんリュイである。
「え、えっと、その……そ、草原に吹く、あっ間違った。草原に生える草??」
「草原に咲く一輪の花だよ」
緊張からセリフを忘れ慌てふためくリュイにセシリアがささやく。
「そ、そうです。そ、草原に咲く一輪の花、リュイ……ですぅ」
顔を真っ赤にして小さな声で言い直すリュイにつられ、頬を赤くしながらもセシリアは再びペティを指さす。
「私たち『チーム聖女』が森を暴走するあなた方『シクハック』に頭同士のタイマン勝負を申し込みます! つまるとこカチコミです!」
と宣言しながらセシリアは心の中で呟く。
(本当にこんなので大丈夫なのかなぁ……いきなり勝負を挑むとかヤバイ人でしかないし)
そんなセシリアの疑問と心配の混ざった複雑な気持ちとは裏腹に、ペティは目を輝かせ興奮した様子でセシリアたちを見ている。
セシリアは自分が思っていた反応と違うことに驚きつつ、ペティの言葉を待ち構える。
「カチコミにタイマンだと! 面白れぇ。慈愛の戦士セシリアとやら相手してやるぜ」
(本当に乗ってきた。それにしても慈愛の戦士ねぇ……自分で名乗っておきながら恥ずかしいなぁ……)
自分で名乗ったが、改めて他人に言われ恥ずかしくなり、ほんのり頬を赤くしながらセシリアはタイマン勝負に乗ってきたペティとにらみ合う。
しばらくセシリアとにらみ合っていたペティだがふと笑みを浮かべる。
「それで? 慈愛の戦士セシリアとやら、お前の目的はなんだ? あたいらの島を荒そうってのか?」
ペティの言う『島』の意味が分からないセシリアの頭に聖剣シャルルの声が響く。
『ここで言う『島』は縄張りのことだ。このエルフはおそらく遊戯人の残したマンガに影響されているとみた。襲撃を意味する『カチコミ』、一対一で戦う『タイマン』なんかに反応するのが何よりの証拠だ。作戦通りこのまま押し切るぞ』
「いつもながら無茶苦茶だよ」
文句を言いつつもセシリアは不敵な笑みを浮かべ演技モードに入る。
「私の目的はあなた方『シクハック』の乗っ取り! 私が勝ったらあなた方は私のチームに入ってもらいます!」
「おもしれえぇじゃないか! 好きだぜそう言うの。んじゃあどうやって勝負を決める? その剣で戦うのか?」
セシリアの持つ聖剣シャルルを見て不敵な笑みを浮かべるペティに対し、セシリアは静かに口を開く。
「それもいいかもしれませんけど、あなたの得意なことではどうでしょう?」
セシリアが喋りながら視線を、自分からワイキュルに向けたのに気づいたペティの眉がぴくっと動き笑みから一転不機嫌な顔に変わる。
「得意なことだと? つまりはなんだ、ワイキュルでスピード勝負でもしようってのか?」
「私はワイキュルに乗れませんから馬に乗ることになりますが、それでよろしければですが」
「馬だぁ? この森で最速のワイキュルに足の細い馬が敵うわけねえだろ。バカにするなよ」
「それじゃあ、やめますか? この森で最速のワイキュルに乗ってるのに?」
「んだと! いいぜやってやるけど後悔するなよ。言っとくがあたいが勝ったらお前たちがうちのチームに入って雑用係りとしてこき使うからな!」
「ええ、どうぞお好きに」
セシリアの言葉にペティが舌打ちをして指を差す。
「後悔するなよ! 負けたあと泣いて謝っても許さねえからな!!」
「はい、私も許しませんから大丈夫です」
ニッコリと笑顔で返すセシリアにペティが地面を蹴って怒りをあらわにする。
(挑発して相手の得意な勝負に持ち込む……予定通りなんだけど、段々不安になってきた……)
余裕の表情で挑発するセシリアだが、心の中ではペティと勝負することに対して不安でいっぱいだったりする。