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第172話 エルフの女王

 アクトに案内されたのは、ここにたどり着いたときに初めに目に入った、大木を囲い作られた城のような建造物。

 扉をくぐり抜け木の廊下を、壁にかかっている綿毛の浮かぶランタンに照らされながらセシリアたちは歩く。


「ここはエルフの里、シンティラーテル。人間のしかも女性が来るなんて何百年ぶりだろうか。女王も驚くだろうな」


 アクトが微かに笑みを浮かべセシリアたちを見る。


「あの、えーっと。アクト……さん?」


「ん? そう言えば人間の名は短いのだったな。まあ私はそんなに形式を重んじないからその呼び方で構わないが、女王の名前はちゃんと覚えていたほうがいい。女王じゃなくて、周りにうるさいのがいるからな」


 口角を上げて微かだがニンマリと笑うとドアの前で立ち止まり、ドアを開けると半身だけなかへ入る。


「すまないがペンと紙をくれないか」


 なかに向けて声を掛けたアクトが、部屋にいたエルフに紙とペンを手渡されるとサラサラと文字を書いていく。


「これが女王の名前だ。覚えれなかったらコッソリ見ながら言うといい」


 アクトがウインクしながら手渡した紙に視線を落としたセシリアは目を丸くする。


「シャルルお願い」


『任されよう』


 すぐに覚えきれないと判断したセシリアは聖剣シャルルに丸投げする。


「ところでなにか質問があったのだろう? 話を遮ってすまなかった」


「いえ、事前に女王様の名前まで教えていただき、お心遣いに感謝いたします」


「ふっ、丁寧な物言いだな。そんなに改まらなくていい」


 笑うアクトにセシリアも笑みを返す。


「では、私たちよりも先にここに来た人間がいるようなことをおっしゃっていましたが、その者たちはいまどうしているのですか?」


「一応全員無事であることは伝えておこう。詳しくは女王に説明してもらうとしようか。おっとそう言っている間に女王のいる部屋に着いた」


 木の幹を中心に作られているからだろう、螺旋階段のような廊下を上るように進んで行った先にあったのは一枚のドア。

 通ってきたときに見たドアよりはやや大きく、正面に広葉樹が彫られていて差別化はされているが地味な印象はぬぐえない。


「入りますよ」


 アクトがノックするとなかから「どうぞ」と声が聞こえてくる。扉が開かれセシリアがくぐると、やや広い部屋にロッキングチェアに揺られながら本を読んでいる女性のエルフと、給仕係と思われるエルフがテーブルの上で食器を並べていた。


 本棚に囲まれた部屋でロッキングチェアに揺られたままエルフはアクトを見て、その後ろにいたセシリアとリュイを見て瞳を僅かに揺らす。


「最近は人間がよく来ますね。しかも女性とは驚きです。三百年ぶりでしょうか」


 そう言ってロッキングチェアに座っていた女性が本を閉じると、給仕のエルフがさり気無く横に立ち本を受け取り下がる。


「私の名は、アムー・アンメール・ポルソン・アンフェル・ボヌーコネドル・リミルト・エスメラル。エルフの里であるシンティラーテルの女王です」


 女王を名乗る女性は他のエルフと変わらない恰好であり、唯一違うのは透明感のある緑の髪の頭に金のティアラを付けていることぐらいである。

 部屋も本の多いが普通の部屋で、これまで多くの王や女王と謁見してきたセシリアはエルフとの文化の違いに興味を持ちつつ、聖剣シャルルを床に寝かせてスカートを摘まみお辞儀をする。


「セシリア・ミルワードと申します。隣にいますのが仲間のリュイです。この度は突然の訪問に関わらず謁見をお許し頂きありがとうございます」


 セシリアとリュイがお辞儀したのを見て女王が僅かに笑みをこぼす。


「いえ、ごめんなさい。あなた方を笑ったわけではないのです。三百年前に来たミホと名乗った女性のことを思い出したんです。あの子の適当な挨拶に比べて、凄く丁寧だと思いましてね」


 女王の言う「ミホ」の名前に聖剣シャルルが刀身を揺らし反応する。


「ミホもセシリアと同じ剣を持ってましたね。確か……カシェとか言ってたような。もしかしてセシリアの剣にも名前があったりするのですか?」


 今まで聖剣シャルルの名前を聞かれたことがなかったセシリアは、僅かに目を大きく開く。


「シャルルと申します」


「そうですか。やっぱり名前があったのですね」


 感情の起伏は薄いが少しだけ口角を上げ嬉しそうな表情で女王は、聖剣シャルルを見つめる。


「アムー・アンメール・ポルソン・アンフェル・ボヌーコネドル・リミルト・エスメラル女王様。二、三お尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 聖剣シャルルの記憶力を頼り女王のフルネームを言い切ったセシリアはちょっぴりやり切った表情を浮かべ、そんなセシリアをリュイは尊敬の眼差しで見つめる。


「あなた方人間にエルフの名前は長いでしょう。そうですね……アンメールと呼んでください。私の名前のなかで一番好きな響きなのでその呼び方でお願いします」


 アンメール女王の言葉に給仕係りのエルフが眉間にしわを寄せ不服な表情を見せるが、口をつぐんでお茶を入れ始める。


「それではお言葉に甘えて、アンメール女王様。フォルターと呼ばれる場所を御存じないでしょうか?」


「フォルターですか。たしか魔族の故郷と聞いていますが、私もミホから聞いただけで正確な場所は分かりません。ただ……」


 アンメール女王がフォルターの言葉に反応したことに手応えを感じたセシリアは、続く言葉を期待して待つ。


封剣(ふうけん)カシェの場所は知っていますよ。彼なら何か知っているかもしれませんね」


「彼……ですか。アンメール女王様はカシェを名前のあるただの剣じゃないことを知ってるのですか?」


 外から見たらただの剣であるはずのカシェを()と表現したアンメール女王様にセシリアが反応する。


「ええ、知ってますよ。推測するにその子も喋るのでしょ」


「はい、智剣(ちけん)、今は聖剣シャルルと名乗っていますが、私と会話をすることができます」


「やっぱりそうなんですね。それと、もう一つの質問はセシリアよりも前に来た人間たちのことで合ってますか?」


 会話のペースをアンメール女王に完全に持っていかれ、聞きたいことが聞けず話しを進められるが、一先ず流れに身を任せセシリアは頷く。


「彼らの多くはここエルフの里に来た記憶を消し、森の外へと帰しています。つい先日も五人ほど森から帰ってもらいました。ですが困ったことに、二人ほど抵抗力が強くて記憶が消えない方がいますので、今も男性の村であるキュルティヴェに捕らえている状態にあります」


「男性の村……ですか?」


「ええ、私たちエルフは男女分かれて住んでいます。女性が政治や統治を行い、男性は農業や狩り、治安維持に生産などの労働に従事し国の仕事を分担しています。ここ、シンティラーテルは女性だけの里であり男性は入ることは許されません」


「い、一応お尋ねするのですが、もしこのシンティラーテルに男性が入った場合はどうなるのですか?」


 おそるおそるセシリアが尋ねると、アンメール女王はにこやかに微笑む。


「死刑です」


 微笑みながら断言するアンメール女王と、頬に汗を流しそうな苦笑いをするセシリアがしばし見つめ合うが、先にアンメール女王が口を開く。


「男性がこちらに来ることは禁じられていますが、女性はキュルティヴェへと行くことが出来ます。彼らのお世話の方はあちらに任せていますが、処分を決めるのは私たち。人間の男性たちの扱いをどうしようかと困っていたところではあります」


 語尾が少し含みのある言い方に聞こえたセシリアは口を挟まず、アンメール女王の出方を待つ。


「出方を見ますか。さすが聖女セシリアと言ったところでしょうか」


 セシリアが黙って聞いている姿を見て微笑んだアンメール女王の口から、名乗っていないのに聖女の単語が出たことに一瞬驚くが、顔には出さずセシリアも微笑み返す。


「捕らえた人間の男性から聞いたのですね。それでしたら私が何をしているかもご存知ですよね?」


「ええもちろん。魔王の討伐でしたか」


 優しい表情で微笑み見つめ合う二人だが、どこか圧を含んだ言葉は周囲に緊張感をもたらす。慣れない空気にあてられリュイがセシリアの後ろでオロオロしているが、構わずセシリアが口を開く。


「魔王の討伐については違った方法を探してみようかと思っています」


「あらら、討伐しないと人間たちは困るのではないのですか?」


 興味あり気と言った感じで僅かに口角をあげたアンメール女王はセシリアを見つめる。


「フォルターを見つけ魔族の方々を案内できたらと考えています」


「なるほど。ですが、魔族の方々が人間であるあなたの言葉を素直に聞いてくれますでしょうか? 今お互いに争っているのでしょう?」


 セシリアは床に寝かせていた聖剣シャルルを手に取る。


「少し荒っぽいですが、まずは力で止めようかと思っています」


「口だけで力なき正義に意味はないと言ったところでしょうか?」


「私は正義を名乗る気はありません。ただ自分が正しいと思ったことを選択して進めれば良いなって思っています。そのなかで間違いに気づけば修正して行くつもりです」


 アンメール女王の問いに首を振って持論を述べるセシリアに対して、アンメール女王が少しだけ意地の悪さを含んだ笑みを浮かべる。


「そう言えば人間の誰もがセシリアのことを、聖女や女神だとおっしゃってました。自分の考えに人々を導く、神にでもなるおつもりですか?」


「御冗談を、私はただの人です。ただ、それぞれの特別な人になれればいいなと思っています。それは上下関係とかではなく、大切にしたい特別な人……そうですね、表現として難しいですけど姫みたいな感じでしょうか?」


 セシリアの言葉を聞いてアンメール女王がクスクス笑い始める。


「本当に面白い人ですね。姫ですか、なるほど。信仰や権力を集める存在ではなく、尽くしてあげたい人になる、そんな意味での姫と言ったところでしょうか」


 笑うのをやめ真面目な顔でじっと見つめてくる、アンメール女王の瞳をセシリアも見つめ返す。


「セシリアにお願いしたいことがあります。最近、エルフの里に新しい風をと訴え森を暴走する集団がいて頭を悩ませているのです。彼女たちと何度か話しましたが平行線をたどってしまい、最近では話すことも出来ません。話す機会が欲しいので連れて来てほしいのです」


「その見返りが、捕らえている人間の解放と封剣カシェの場所を教えてくれると言うことでよろしいでしょうか?」


「あらっ、二つも! 抜け目ありませんね。分かりましたその条件でお願いします」


 わざとらしく驚いてニッコリと笑みを見せるアンメール女王に、セシリアも笑みで返すと静かに頭を下げる。


「ではその条件で、アンメール女王様の依頼をお受けいたします。ところで期日はありますか?」


「いいえ、あの子たちと話すのは時間が掛かるでしょうから、根気よくやってもらえればいいので特に期日は設けません。長い滞在になるかもしれませんから生活する場所も用意させましょう」


「お心遣いありがとうございます。では早速探してみます、どの辺りにいるかは分かりますか?」


「そちらも詳しい者に案内させましょう。それではよろしくお願いいたします」


 アンメール女王が給仕係りのエルフに目配せすると、給仕係りのエルフはセシリアたちを部屋の外へと案内する。頭を下げ部屋から出て行くセシリアを見送ったアンメール女王にアクトが話し掛ける。


「あなたの言う通り連れてきましたが、なかなか面白い人物でしたね。聖女とはもっと頭の固くて人間優先主義な感じかと思っていました」


「本当に文字だけでは分からないものです。私が想像していたよりも柔軟な考えで安心しました。まずは私の頑固な娘をどうするのか楽しみです」


 口角を上げて笑みを浮かべるアンメール女王を見てアクトは呆れたようにため息をつく。


「あなたの若いころにそっくりですよ、プチカ・ペティ・オワゾー・ファミリュ・ソーニード王女は。本当に困ったものです」


「血は争えないってことでしょうね」


 そう言ってアンメール女王とアクトは目を合わせると笑い合う。そして先ほどセシリアが出て行ったドアを見つめる。


「聖女に魔王。三百年前は遊戯人(ゆうぎびと)たちが命を()して魔族を追い詰め、人間の勝利として決着をつけたわけですが今回はどうでしょう。ただ、あの子は魔王と言う名の持つ本来の意味をしっかり理解しそうですから期待できますね。後悔のない選択をしてほしいものです」


「人間と魔族同士の大きな争いになるかもしれないのに、フォルターの場所は簡単に教えはしないんですか?」


「アドバイスしたところで、今の魔王を倒すも説得するも聖女次第です。私は予言者ではなく、記録を残すだけの存在ですから余計な言葉は雑音になりかねません。それにフォルターの場所はミホのせいで私も分からなくなっているんですから教えたくても無理なんですよ」


 ため息混じりに笑うアンメール女王を見て、アクトも笑みを浮かべる。


「まあ、あの聖女なら困っている人を見捨てて魔王討伐だけに向かわないって話ながら感じたんでしょう? だからあなたも手を焼く娘を任せてみようと思いついたってとこですかね」


「知っていて質問するなんて人が悪いですね。魔王を止めようとする聖女のお手並み拝見といったところですよ」


 そう言って二人は目を合わせて笑い合う。

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