第17話 聖剣に呼ばれて
町のどこからも見える小高い丘の上にそびえ立つ城は遠くからでも存在感を放つが、近付くとその存在をより主張してくる。人生でこんなに顔を上げたことがあっただろうか? そんなことを思いながら川にかかる短い橋を渡り大きな城門をくぐると、水の流れる薔薇の咲き誇る庭で馬車を降りる。
馬車を降りると馬車を守っていた兵とは別の兵が待っており、ステファノと一緒に城の中に案内される。
キョロキョロすると恥ずかしいと思いなるべく下を見ながら歩くセシリアを見た周りの人が、なんと落ち着き気品のある所作だと思われてるなどとは本人は知らない。
「しばしお待ち頂けますかな」
謁見の間の扉を前にしてステファノにそのように言われ待機すること数分、馬車で眠っていたせいもあってか、意識がハッキリとしてしまい自分が緊張していることを認識してしまう。
「お待たせしました。王も準備ができたそうですので参りましょうか」
伝令らしき兵士と言葉を交わしていたステファノが人当たりそうな笑みで言うが、更に緊張感の増したセシリアは「ええ……」と短く答えるが精一杯である。
(ヤバい、足が震える……)
自分の足が震えている気付き転倒しないように歩幅を狭め歩くことを心掛け、そして周りを見過ぎて緊張しないように目を薄目にして視線を下に向け歩く。
(なんと気品のある振る舞い。王に初めて会うのに緊張もせず堂々とした姿。本当に庶民の出身なのか。)
などと隣を歩くステファノに思われているなどと知る由もないセシリアは、開いた扉から謁見の間へと入り全身を覆うフルプレートを着た兵に挟まれた長い絨毯の上をしずしずと歩く。
やがてステファノと周りの兵の足が止まったので、セシリアもそれに合わせ足を止める。
「アイガイオン王、セシリア・ミルワード様をお連れいたしました」
深々と頭を下げるステファノを横目にして、セシリアは跪こうと片足を絨毯に付ける。
「よい、今日呼んだのは余の方だ。堅苦しい作法は抜きでそちと話したい」
堅苦しい作法は無し、その言葉は今日は無礼講だ並みに当てにならず、ましてこの国を統治する王の前では作法に守ってもらっていた方が下の者としては楽だったりする。
馬車でステファノに聞いた王の前での作法が意味を成さなくなったこと、ここからの展開にセシリアは不安を感じちょっぴり涙目になってしまう。
「顔を上げよ」
ずっと頭を下げてる方が楽なのにと思いながら、息を吐き落ち着こうとした上でゆっくりと頭を上げる。
あまり周りを見たくなくて細めていた目をゆっくりと開け目の前に鎮座する王にピントを合わせる。開く目からは不安を感じ涙が出たせいで潤んだ紫の瞳は宝石であるアメジストを彷彿させる。
セシリアの潤んだ瞳に映る王は頬がややこけ目元の骨もへこんで影になっているせいなのか、痩せこけて見えるが眼光は鋭く顎に蓄えた白く長い髭は威厳を感じさせる。
硬く閉じた唇に切り裂くような鋭い眼光、着衣からわずかに覗く腕は細くはあるがスマートな筋肉とそれに沿う浮かび上がった血管が、俗にいう私腹を肥やし贅に浸る王とは違うのだと訴えてくる。
サトゥルノ大陸全土を実質統一する王が見せる威厳に当てられた動きが止まっていたセシリアはふと我に返り慌てて挨拶をする。
(えっと、スカートを摘まんで右足を後ろっと)
やったこともない礼儀作法は、本来僅かに頭を下げるだけでいいのに、無駄に深く頭を下げ起こすタイミングが分からず半端に上げた頭のせいで下から王を見上げる形になる。つまりは上目遣い。
銀色の髪の向こうに見える美しいアメジストの瞳に上目遣いされ、その美しさに王は思わず息を飲む。
「ほう……余はアイガイオン。この国の王である。そちがセシリアで相違ないか?」
「はい、私の名はセシリア・ミルワードです……」
(あれ? なんて挨拶するんだったっけ? ヤバい、ド忘れした!?)
名を名乗った後、当たり障りのない挨拶をする流れとなっていたがセリフが飛んでしまう。本来であれば無礼に当たる行動であるが、アイガイオン王は巷で聖女と呼ばれる少女の存在を見極めたくて興味津々であったこと、皆がいつも同じ挨拶をすることに飽き飽きしていたこともあって目の前の少女が何を言うのか内心ワクワクしていた。
「私は……聖女ではありません」
「ほう、聖女でないと申すか? 余は聖女を呼んだつもりだったがな。ではそちは何者なのだ?」
「ただの冒険者です」
いきなり自分が巷で呼ばれている名を否定してきたことに、王は楽しくなり心の中で前のめりになる。
「ふむ、ならばなぜそちは聖女と呼ばれる。それに相応しい行動あってこそではないのか?」
「いえ、私は何もしていません。ゆえに聖女を名乗る資格はないと思っています」
「そちの活躍、余の耳にも届いておるが内容を聞く限り聖女と呼ばれるにふさわしい活躍だと見受けるが? 違いないか?」
王の言葉の意味するところ、簡単に言えば「俺はお前のこと聖女って呼んでも良いと思ってるけど、お前否定すんの?」である。
本音で聖女と思っているかは別として、王はセシリアの反応を見たく言葉で追い込んでいるわけだが、セシリアは僅かに微笑むと潤んだ瞳を王へ向ける。
「私は聖女と呼ばれるに相応しい者とは思っていません。呼ばれるにはあまりにも足りないものが多すぎます」
人間追い込まれると変な笑いが出てしまう、もうどうにでもなれと涙目で王を見て「自分は聖女ではないです」と訴えった。聖なる者でもないし、そもそも男だから足りないものだらけだよって気持ちを込めて。
「ふはははははははっ!」
愉快そうに笑いだす王に驚いたセシリアは目を丸くして笑う王を見る。ステファノを含めた周りの兵たちは緊張した面持ちでハラハラとした雰囲気を出しているせいで、やってしまったとセシリアは絶望にひしがれてしまう。
「そちは面白いの。腹の底から笑ったのは久しぶりだ。どいつもこいつも余が言うことに頷くしかしないのに、否定するか……ふははっ、いや実に面白い」
全然面白くねえ、なんて突っ込みを考えることが出来る余裕もないセシリアは青ざめる。この流れ最悪処刑じゃないかと血の気が引く頭に王の言葉が続く。
「さらには聖女と呼ばれるにはまだ足りないと、そう申すか」
セシリアは「自分には聖女と呼ばれる資格はない」と言ったのに、「聖女と呼ばれるにはまだ相応しくありません」と捉えた王は満足そうに笑いながら顎髭を掻く。
「聖女と呼ばれるのには何が必要と思うか?」
笑っていたと思ったら緩んだ目もとを鋭利に尖らせ、鋭い目でセシリアに問いかけてくる。
セシリアはそもそも聖女になりたいわけでもないし、何も足りてないのにと思いながらも答えないとと必死に考えるがそんなもの分かるわけもなく、とりあえず思ったことを口にしてみる。
「聖なるものでしょうか?」
まさか「男なので聖女になれないと思います」とは言えず、自分でもよく分からない「聖なるもの」とざっくりとした言葉で誤魔化しにかかる。
「ほほう、聖なるものか」
王が何を言うか不安で倒れそうなセシリアとは対照的に王は、再び目元を緩め愉快そうに顎髭を掻き始める。
「ときにそちの思う聖なるものとは何を指す」
(──!?)
何も考えていないセシリアに追い打ちされる質問。
(聖なるもの!? なんだ? あるかそんなの??)
「聖剣……」
『聖』が付くものを考えてすぐに出て来た言葉が『聖剣』だったので思わず呟いてしまう。
「くくくくっ、ふはははははっ!!」
突如大きな声で笑いだし膝を手で叩く王の姿にセシリアを含め周りの兵たちまでもうろたえる。
「いやはや、本当に面白い。ときにみなの者よ、ここにいる者の中でこの城に聖剣が眠っているのを知っている者はおるか? 知っている者は手を上げよ」
王が周りを見渡しながら問うが突然のことにうろたえるばかりで、誰も手を上げる者はいない。もちろんセシリアも手を上げてはいない。
「王族のそれも一部しか知らぬ聖剣の存在をどうしてそちは知る? そしてそれを欲すると言うか?」
そもそも王族の一部しか知らない聖剣の存在を今ここで公言してよかったのかと心の中で突っ込み、この流れになんだか引き返せないところへ来てしまったとセシリアは青ざめる。
なにも言えず黙っていると王の鋭い眼光がセシリアに向けられ、当の本人は訳が分からずもうこの場から消えたくて、もういっその事気絶したくて遠い目をして見るが無駄に意識が覚醒して心がざわつくばかりである。
へへっと乾いた笑みは、少しでも落ち着けばと目をつぶっていたせいもあり、静かな落ち着きのある笑みと変換され捉えられる。
「呼ばれたからです」
嘘である。
もうこの状況で、知らないんですよなんて言えるわけもなく。嘘でもなんでも言ってこの場を切り抜けるのだと言い放った言葉。
「そうか、やはりそちがそうなのか」
「へ?」
なにやら納得した様子で何度も頷く王のリアクションが思いがけないことに、思わず間抜けな声を上げてしまったセシリアの声は王には聞こえていなかった。
「先ほども申した通りこの城には聖剣が眠っておる。そしてもう一つ聖剣に相応しき者が聖剣の声の導きによって現れるであろうと言い伝えがあってな。
聖剣はあれどもそれに相応しき者が現れるなどおとぎ話の類化と思っておったが、まさか余の代で現れるとはな。いやはや面白いの」
愉快そうに笑いながら玉座から王が立ち上がる。
「聖剣に呼ばれし者よ。聖剣が眠りにつき三百年と言われておる。その間誰も扱えず触れることも出来なかった聖剣を起こしてくれぬか」
(ふへっ!? やばいやばいっ!? 三百年も眠っていた聖剣ってなに? しかも誰も触れられないとか言ってなかったか? あぁ~やっぱり嘘なんかつくんじゃなった。母さん、父さんごめんなさいっ……。)
心で懺悔しながら自分の愚かさに悲しくなって、目から涙が溢れてしまう。
「そうか、そんなに聖剣と会えることが楽しみか。では行くとするか、ステファノ! ロック! 選りすぐりの兵を数名連れてこい。聖剣の元へ聖女を聖女と知らしめるために向かうぞ」
感激の涙と勘違いした王は満足そうな笑みを見せ兵たちに声を掛ける。
王の静かだが迫力ある声に周りに緊張した空気が張り詰め、ステファノとロックと呼ばれた兵隊長らしき青年が兵たちを呼ぶ鋭い声が響く。
(ああ~もう終わった、絶対終わった……。)
王の後ろに付き精鋭の兵に囲まれ歩く少女に周りは聖女誕生の予感をひしひしと感じるわけだが、とうのセシリアにとっては死刑台へと連行される罪人の気分であった。




