第170話 ミストラル大森林を走る『シクハック』
森のなかを走るトカゲ型の魔物の名前はワイキュルと呼ばれる。二足歩行するために発達したたくましい足とバランスを取るための太くて長い尻尾、それらに比べ短い手が頼りなくも可愛くも見える。
攻撃するために発達した硬化したゴツゴツした頭と、短く太い角が鼻の上の一本を中心に四本ひし形に並ぶ。
野生のワイキュルは攻撃的で敵を見つけるととりあえず突っ込む性格であるが、家族思いな魔物である。そして卵から生まれて初めて見たものを親と思い込む性質があることを利用して人に懐かせる方法がある。
人に懐いたワイキュルに鞍を付け乗るその人物は、透明感のある緑の風に髪をなびかせ走る。髪を押える金のカチューシャには白い羽根飾りが施され髪と一緒に風にゆれる。
深い緑色の服はミニワンピースをベースに白い布の装飾がほどこされ、ミニスカートの上からもう一枚スカートがあるような感じになっている。肩から皮で作られた小手、スカートからブーツまでの間から覗く肌、サトゥルノ大陸の各都市でも見られない少し露出多めなファッションである。
そしてなによりも特徴的な尖った耳を持つ少女は手をあげると、ワイキュルの手綱を引いて止まる。
すると後ろをついて来ていた同じくワイキュルに乗る三人の少女たちも同じく止まる。
ワイキュルから降りると木に結んで緑の服を着た少女の正面に三人が横一列に並ぶ。
「よしっ、今からあたいら『シクハック』の集会を始める」
「「「おすっ!!」」」
三人の少女が気合のこもった返事をする。
「まずは点呼とるぞ、今日は右から名乗れ」
緑の服の少女に指名された、薄い赤をベースにした服を着た少女が一歩前に出る。
「密林に咲く灼熱の赤い花! ファラ!」
名乗って満足そうな笑みを浮かべてファラが後ろに下がると、真ん中にいた青い服の少女が勢いよくぴょんと前に飛び出る。
「密林に湧く青き泉の精霊、カメリアでーす!」
カメリアはくるっと身をひるがえしぴょんと飛んで戻ると一番左にいた黒い服の少女が静かに前に出る。
黒い服の少女は包帯が雑に巻かれた腕を胸に当て、口をマフラーで隠したまま緑の服の少女を見つめる。
「密林に吹く黒き疾風、ノルンここに」
ノルンは静かに名乗ると後ろに下がって元の場所に立つ。三人が名乗り終えると緑の服の少女が満足そうな顔で手をパンと叩く。
「そしてあたいが『シクハック』の総長、密林の闇を切り裂く光ことペティだ! みんな今日は集まってくれてあたいは嬉しい!」
ペティが感謝の言葉を述べるとそれぞれ照れの混ざった笑みを見せる。
「さて、今日の議題だが、あたいら『シクハック』はこの退屈で刺激のないエルフの里に新しい風を取り込んでやるために活動しているのは知ってるな!」
頷く三人を見て満足そうに頷いたペティは言葉を続ける。
「約一ヶ月前にエルフの里に人間が紛れ込んできた。話によれば三百年以上外界から人間が来ることなんてなかったらしい。これがどういう意味を持つか分かるか?」
ペティの質問に真っ直ぐ見るカメリアとノルンに対し、一人目を逸らしたファラにペティが気付くと指さす。
「ファラ、言ってみろ」
「ひえっ、私ですか。う~ん、一人凄くカッコイイ人がいました。人間の男も結構カッコイイんだって思いました……えーと、だから他にも外の世界にはカッコイイ人がいるのかな? って」
「ん~カッコイイかぁ……そうきたかぁ。まあ入り方は人それぞれだし、よし、正解だ!」
「やった!」
ファラの回答を聞いたペティが、しばらく腕を組み思案して出した「正解」の言葉を聞いてファラが手を叩いて喜ぶ。
「つまりだ、あたいらが新しい風を取り込もうとしている今、外から風が吹いて来たんだ。これは好機だと思わないか?」
この問いに三人が何度も頷き同意する。
「エルフの里が伝統を重んじること、その全てを悪く言うつもりはねえけどよ、このまま何もしないで生きていく人生なんてつまらねえ! あたいらの言葉を届けるためにもシクハックは止まらねえぜ!!」
「「「お~っつ!!」」」
三人が声を上げ気合を入れたところでペティが手をパンと叩く。
「うしっ! じゃあ走るか! この森であたいらを止めれるヤツはどこにもいねぇからな!!」
「いぇ~い!!」
「はぁ~い!」
「御意!!」
ペティたちが木に繋げていたワイキュルの紐を外すとまたがり、足でワイキュルの腹の辺りを軽く蹴って出発の合図を出すとワイキュルは勢いよく走り始める。
森のなかをワイキュルの足音とペティたちのテンション高い声が響く。段々とその音と声が離れて行ったあと、木の上からセシリアとリュイが飛び降りて着地する。
「あの人たちがエルフなんだ。なんか思ってたのと違うんだけど」
セシリアが呟くとリュイも頷く。
「伝承によるとエルフは自然をこよなく愛し、争いを好まない穏やかな民だと聞いてました」
姿はもう見えないが、ワイキュルの地面を踏みしめる音が響いているような気がする森の奥を、セシリアとリュイは眺める。