第169話 少しずつ縮まる距離と上がる好感度
リュイは音もなく木の上に素早く登ると、太い幹に足を掛け座り背中の弓を手に取り、木の矢をつがえ素早く引いて狙いを定め矢を放つ。
ここまでのリュイの迷いのない流れるような一連の動作に、茂みに隠れて見ていたセシリアは感動を覚えてしまう。
木を滑り下りてきたリュイが矢が飛んでいった方へと、ナイフを手にし足音を立てずに素早く駆け寄る。
やがて縄で縛った耳の短いウサギのような動物を棒にぶら下げて、セシリアのもとに帰ってくる。
「何回見てもリュイの狩りは凄くて感動しちゃうよ」
「あっ、ありがとうございますっ。えと、無事に狩れました。これはラットルと呼ばれて、ミストラル大森林ではよく見かける動物なんです。お肉が美味しくて臭みもないので色々な料理に使えますし燻製にすれば日持ちもします」
手を叩いて喜ぶセシリアに迎えられ、リュイは頬をピンクに染め恥ずかしそうに説明する。
「リュイが一緒に来てくれて本当に良かったよ」
「そ、そんな! 勿体ないお言葉ですっ」
目をぎゅっとつぶって首を横に振りながら否定するリュイを見てセシリアは微笑む。
「ミストラル大森林に入って四日だけど食材に飲み水の確保に加えて、安全な道を切り開いてくれるし感謝しかないよ。一人でどうにか進めると思っていたけど甘い考えだったのがよく分かった。本当にありがとう」
実際には一人ではなく、聖剣シャルルやグランツとアトラの協力を得てミストラル大森林を進もうとしていたセシリアは四人で進んだ場合、移動に苦労したり草やキノコばかり食べていたであろうことを想像し、リュイが世話してくれる現状の快適さに心の底から感謝する。
「あ、あの……セシリア様はエルフと会うのが目的なのですか?」
セシリアにお礼を言われリュイは恥ずかしそうにうつむきながら尋ねる。
「エルフに会いたいのは、私が探している場所を知らないかを尋ねるためなんだ」
「探している場所……たしか魔族の故郷……フォルターでしたよね。見つけたらどうされるんですか?」
「まずは魔王に見つけたよって教えるかな。それで魔族をフォルターに案内できたらいいかなって考えてる」
「そ、その……セシリア様ってやっぱり凄いですっ。魔王など強い存在にも優しさを向けれるって普通考えないです。みんなが恐れる赤竜も仲間にしたと聞いてます。だから……やっぱり、凄いって思います」
両手をグッと握り尊敬の眼差しを向けてくるリュイに、恥ずかしくなったセシリアは赤くなった頬を指で掻きながら笑う。
「凄くないよ。弱いから争わない方向に進めたいだけだよ。赤竜のフォスだって流れでそうなっただけだし」
「ふっ、普通の人は流れで赤竜が仲間になったりしないと思います」
リュイに至極当然のことを言われセシリアは言葉に詰まってしまい、苦笑いをして誤魔化す。その微笑みを凄いことをしても偉ぶらない人だと勘違いしたリュイは、さらなる尊敬の眼差しをセシリアに惜しみなく送るのである。
***
「エルフには会ったことはないって言ってたけど、大体住んでいる場所は分かるの?」
休憩を終え、森のなかを歩きながらセシリアが尋ねるとリュイは首を横に振る。
「ミストラル大森林の外側にいる人間が行ける範囲と、内側にいるとされるエルフたちの生活範囲の間には深い森が互いの存在を阻んでいる形になっていると言われています。
西側もロワンター川と呼ばれる深く大きな川が流れているそうですし、こちらもエルフの住む場所へ行くのを困難にしていると聞きました。ですからお互い何百年も会ってはいないとされています」
リュイの説明にセシリアは納得の表情で頷いていると、リュイが恐る恐るセシリアの顔色をうかがっている。
「どうかした?」
「い、いえいえっ! な、なんでもありませんっ!」
セシリアが尋ねるとリュイは激しく首を横に振って否定するが、セシリアに見つめられて振っていた首を止め、上目遣いで自信なさそうに口を開く。
「そ、その、気のせいかもしれないんですけどっ。セシリア様、何と言うか嬉しそうだなぁって……」
「そんな風に見えた?」
「も、申し訳ありません! わたしなんかが適当なことを!」
「そうだねぇ、合ってるかも。リュイに言われて今の気持ちが嬉しいって気持ちだったって気づけた気がする」
「え?」
頭を抱えて体全体で振りながら罪の意識に悶えていたリュイがセシリアを見上げる。
「数日前よりもリュイが話してくれるようになったなぁって思ったら嬉しくなったんだって、リュイの言葉で気付かされたよ」
「いっ、いえ! わたしはその、セシリア様が優しいですから、話しやすいといいますか……あ!? その馴れ馴れしくして申し訳ありませんっ」
「私はもっとリュイのこと知りたいから、もっと色々話したいけどな」
「ふえっ??」
リュイはセシリアの言葉に顔を真っ赤にして見上げ、目の前にあったセシリアの微笑みを受けて耳まで真っ赤になってしまう。
「あ、あ、わた、わたしなんか……し、知っても……役に立たないですし……」
「そんなことないよ。リュイのことをみんなに紹介するためにも知りたいな。私の仲間で友達のリュイだってね」
「セ、セシリアさまぁ……」
頬を赤く染め熱い視線をセシリアに送るリュイとセシリアのやり取りを目を細めて見ていたグランツが目を開くと首を上げ遠くの方を見つめる。
『セシリア様、ここから離れた場所で複数の大きな足音が聞こえます。それに混ざって人の声のようなものも聞こえます』
「人の声? こんな森の奥で? もしかしてエルフだったりするかもしれないよね。案内頼める?」
『お任せを』
グランツが片手方の羽を胸に当てお辞儀をするのを見たリュイは、キラキラと目を輝かセシリアを見つめる。
「グワッチとも会話ができるってやっぱりセシリア様は凄いです」
さらに尊敬の念を強めた視線を送るリュイの瞳には、グランツと会話をする聖女の姿が映り、その聖女から一緒に行こうと言われリュイは大きく頷くのである。