第168話 コンマ一八秒
森のなかをリュイを先頭にしてセシリアたちは歩く。
リュイは背に大きなリュックを背負っているが、重さと地形の悪さを感じさせない軽やかな足取りで森を進む。手にした鉈で草や枝を切って道を切り開き、少し遠慮がちに危険な場所をセシリアに伝えてくる。
「ミストラル大森林は深い森なだけで一人で行けるかと思ったけど、リュイがいてくれて良かったよ。道は歩きやすくしてくれるし、こうして休憩の場所も確保してくれるから感謝しかないよ」
「そっ! そんな勿体ないお言葉ですっ」
少し開けた場所で休憩に入ったセシリアがリュイが用意してくれた水を受け取りながらお礼を言うと、リュイは物凄い勢いで後退りしながら手をブンブン振って否定する。
出発してまだ半日も立たないからこんなものなのかと思いつつ、セシリアは今まで出会った女性が受付のメランダやラベリ、アメリー、エノアの顔を思い浮かべると大きなため息をつく。
「な、なにかお気に触ることをしてしまいましたか!?」
ため息をついたセシリアを見て涙目で、自分の行動に落ち度があったのではと慌てふためくリュイを見てセシリアは笑う。
「リュイは何もしてないよ。ちょっと今離れている友達のこと思い出してね。リュイと違って押しが強い人ばかりだなぁって思ったらなんだかため息が出たんだよ」
「セシリア様のお友達ですか?」
セシリアの話に興味を示したリュイは顔を上げてセシリアに目を向ける。
「リュイが出会ったらきっと驚くよ。私だっていつも振り回されてるんだから」
「セシリア様が振り回されるのですか!? す、凄いです」
「本当にびっくりするくらい、とんでもないことをしてくるんだから」
セシリアが笑いながら言うとますます興味を示したリュイは、小さく口を開けて話を聞いている。
「興味ある?」
こくこくと首を縦に振るリュイを見てセシリアは優しく微笑む。
「じゃあ、リュイをみんなに紹介しないとね」
「わ、わたしをですか!? そ、そんなセシリア様のお友達にわたしなんかが会うなんて申し訳ないですっ!」
首を横に振って全力で否定するリュイにセシリアが近づくと自分が座っていた場所を指差す。
「そんなことはないよ。それよりもリュイのこと紹介するのにも、一緒に森を旅するのためにもリュイのこと教えてよ。そんなに離れてたらお互い聞こえづらいからこっちで話そうよ」
小刻みに首を縦に振りながら同意したリュイを連れ、先にセシリアが地面に敷いたマットの上に座ると、ガチガチに緊張して体をカクカクさせながらリュイも座る。
(ち、近いっ……たしかに近づけとは言ったけどさ)
セシリアが座る一人分の大きさのマットにリュイが座ってくるので体が密着してしまう。
「が、頑張りますっ!」
セシリアは「隣にマットを敷いて座ろうか」と言おうとする前に、リュイが両手をグッと握り気合を入れるのを見て言うのをやめておく。
「リュイは今の自分を変えたくて、私の案内役を引き受けてくれたんだよね」
「はいっ!」
リュイが両手の拳を握って体ごと大きく頷き返事をする。
「変わりたいと思って行動して、こうして実行してるって凄いことだよ。自信持っていいと思うけどな。私なんて周囲に流されてばっかりだから、リュイを見て頑張らなきゃいけないなって思ったもん」
「そ、そんな買いかぶりすぎですっ。セ、セシリア様ほど立派な方がわたしなんかとぉ!!」
「私はリュイが思ってるほど立派な人間じゃないんだけどなぁ。じゃあ、話を変えてミストラル大森林を進むなら今後魔物との戦闘の可能性もあるよね」
セシリアが話題を変えると、頭を抱えて体全体を横に振って否定していたリュイが振るのをやめて恐る恐るセシリアを見て頷く。
「私はこの聖剣を使って戦うんだけど、剣の腕は低いから聖剣の力と翼を合わせて戦うんだ。それでね、私のスキルなんだけど」
そう言ってセシリアは、ポシェットから小瓶を取り出すとポンポン草を取り出す。そしてポンポン草の先端を軽く手で叩くとふわふわと一つの小さな光の粒が空中を漂い始める。
漂う光を目で追うリュイの前で光が弾けると、なにもなくなった空間をしばらく見つめたあとセシリアに目を向けたリュイの目が大きく開く。
ポンポン草をほんわりと優しく光る両手で包み、そっと手を開くとポンポン草を摘まんで指で弾くと沢山の光の粒が弾け散って周囲にふわふわと漂い始める。
リュイは小さく口をポカンと開けたまま、体ごと空中に舞う光の粒を目で追って眺める。
「『広域化』って言って道具や植物の効果を広げることができるんだ。すごく簡単な説明だけど私の戦い方はこんな感じかな。リュイはどんな戦い方をするの?」
「はっ、はいっ! わた、わたしは近距離ならナイフか鉈で戦いますっ。い、いちばん得意なのは弓で遠距離から狩りをします。で、でもわたし冒険者ではありませんし、魔物討伐とかは上手くできるかは分かりません」
勢いよく返事をして話し始めたリュイだったが、説明している内に自信がなくなってきたのか声が段々と小さくなってしまう。
「狩りと同じ感じでいいんじゃないかな? 戦闘になったときにサポートしてくれたら私としては助かるから弓が得意なのは嬉しいな。ところで、盾も何枚か持ってきてるけど狩りによって使い分けるの?」
リュイが持ってきた荷物のなかに弓やナイフに混ざって、セシリアより五センチほど低い小柄なリュイの半分くらいの大きさの盾が一枚と、小ぶりな盾が二枚ほど見える。
「た、盾は……そのっ、苦手で……。でも、いざってときにセシリア様を守れればいいかなって思ってます。その、一応スキルが……だから、えっとぉ」
盾の話題を振った瞬間きょどり始めるリュイの姿を見つつ、ルーパーに襲われた日の夜リュイが大きな盾を持って襲われていたことを思い出す。
「スキルが盾と関係あるの?」
「た、盾による『受け流し』……別名でパリィとか呼ばれるスキルなんですけど。いっ、一応タイミングよくガードすると攻撃を受け流せるスキルなんですけど……」
「へぇ~凄い! 弓による遠距離攻撃に加えて、相手の攻撃を受け流しながら近距離攻撃もできるって強くない?」
リュイのしてくれた説明から感じたことをそのまま伝えると、リュイが目をぎゅっとつぶる。
「そ、その……タイミングが合わせれないんです……」
「ん?」
「スキルを攻撃に合わせられないのでパリィできません。いっ、今まで一度も成功したことありませんっ! おっ、お役に立てなくて申し訳ありませんっ!」
目をぎゅっとつぶったまま頭を何度も下げて謝り始めるリュイをセシリアは慌てて止めに入る。
だが、ふとなにかに気付いた表情をしたセシリアが聖剣シャルルを見て二、三こと呟くと、そのままリュイの手を持って聖剣シャルルの柄を握らせ、その上からセシリアがそっと手で包む。
突然のセシリアの行動に真っ赤な顔で目を丸くして驚くリュイにセシリアは微笑み掛ける。
「ちょっとだけ、じっとしてて。えーと、余計な情報はいらない、スキルだけ教えて」
呟いたセシリアが静かに頷き、リュイから手をそっと離すとリュイも聖剣シャルルから手を離してセシリアをじっと見つめる。
「リュイのスキル『受け流し』はスキルを発動させて〇.一八秒がパリィの受付時間、次の発動までの待機時間が二秒。弱い攻撃は受け流せるけど、強い攻撃は衝撃を受けるから気をつけて。
それと攻撃が当たる瞬間にタイミングよく発動させると、相手の体勢を崩すこともできるみたい」
「す、凄いです! そんなことが分かるんですか!?」
「一応聖女だから……かなぁ」
リュイの尊敬の眼差しを受けながら本当は聖剣シャルルの『鑑定』から得た情報なのだけどと思いつつ、聖剣シャルルがスキルを持っているのは秘密なので聖女だからとセシリアは適当に誤魔化すのである。
「スキルの詳細も分かったし、使えそう?」
苦笑いをするセシリアの問いにリュイが固まる。
「……む、無理……だと思います……」
「だよねぇ……自分で説明してて難しそうって思ったもの」
スキルの詳細が分かったところで使えるかは別問題だと言うことを痛感し、セシリアとリュイは向かい合って苦笑いをするのである。




