第166話 魔王とドラゴン
「フレイムドラゴンだと!?」
突然の来訪者に驚きの声を上げるレクトン王を横目に見たフォスは、瞳孔を細くした鋭い眼光を魔王へ向ける。
「お前が魔王か。お前に聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「数日前、聖女セシリアと出会って戦闘をしたであろう。聖女セシリアはどこへいった?」
フォスの問いに魔王がゆっくり顔を向け魔剣タルタロスを握り締める。フォスも表情は変わらないが、翼を畳みじっと魔王を正面に見据える。
「あなたも聖女セシリアですか。伝説のフレイムドラゴンと呼ばれているとお聞きしましたが、聖女セシリアに敗北して軍門に下ったとか」
「ぐふっふっふっ、その通りだ。わしはセシリアに負け、いつでもセシリアを思い出し己の未熟さを恥じ、勝者を称え続ける聖女セシリアファンクラブの軍門に下ったのだ。あぁ~今思い出してもあれは見事な敗北だったぞ。ぐっふっふっふ」
あごに手を当て愉快そうに笑うフォスと魔剣タルタロスを握ったままじっと見つめる魔王だが、会話の内容とは裏腹に二人が静かに放つ殺気は段々と大きくなり、周囲に緊迫した空気として重く圧し掛かってくるゆえに、人間と魔族は戦いどころではなくなり二人の動きに注視する。
静かに見つめる魔王の目と笑っていたフォスの目の光が揺れたかと思った瞬間、一瞬にして周囲の空気が莫大な魔力と炎に包まれる。
炎に包まれたフォスの爪と魔剣タルタロスの斬撃がぶつかり、衝撃で弾ける魔力と炎の欠片が戦場に降り注ぐ。
「撤退だ! 撤退しろ!!」
レクトン王と各隊の命令系統から怒号に近い指令が下り、兵たちは全力で撤退を開始する。
「三天皇のみなさんは、全軍下げて防御の陣形を」
魔王がフォスとにらみ合ったまま手助けに入ろうとした三天皇を止め、下がるように指示する。なにかを言いたそうにしたメッルウたちだが、黙って指示に従い魔族たちを後ろへと下げ避難する。
「ほう、一人で向かうか。別に全員でかかってきても構わんぞ」
「あなたの相手をして仲間が傷つくのは避けたいですから」
爪と刃をぶつけ、つばぜり合いをしていた二人が言葉を交わすと同時に手を引きつつ後ろに下がったと思いきや、瞬時に地面を蹴りフォスが燃え盛る腕と翼にある手を使った突きの攻撃を繰り出す。
怒涛の突きを魔王は魔剣タルタロスでさばき応戦しつつ、右肩から伸ばした闇でフォスの右手を掴むが、フォスは構わず左手でフックを放つ。
上半身を反らしフォスの拳を避けた魔王だが、フォスはそのまま体を回転させると尻尾を振るい魔王の肩を打つと吹き飛ばしつつ、手にまとわりつく闇を引きはがす。
そのまま離れた魔王に向かって炎が漏れる口を大きく開き熱線を放つ。対し魔剣タルタロスが黒く光輝き放った斬撃と熱線とがぶつかり爆発すると、すぐに互いが駆け寄り爆発してまだ煙が上がるなか衝突する。
黒と赤の魔力と炎がぶつかり合い弾けるなか、さきに魔王が闇で作った拳でフォスのあごを殴るが、炎を全身にまとったフォスの左足が魔王の足を蹴りつける。
一瞬だけの間を空けすぐに互いが拳と剣を振るい激しくぶつかり合う。
拳と刀身がぶつかり赤と黒が弾けたとき、フォスが胸を大きく反らし左の腕と翼で魔王を殴りつけるが、魔王が両手で持っていた魔剣タルタロスから右手を離しそれを腕で受け止める。
互いの両手が塞がったその瞬間フォスの口が光り熱線を近距離から魔王に向け放つ。
即座に闇を展開し熱線を受け止めるが闇を押し切り熱線が魔王の胸元に当たると、熱で胸の一部が赤く発光し始める。
「タルタロス!」
魔王の声に魔剣タルタロスが黒く輝き始め周囲の魔力、主に魔王の闇を吸い始める。防御に使っている闇を吸われ薄くなったことで、胸の熱による変色が広がるが構わず吸った魔剣タルタロスが闇をまとい激しく光を放つと魔王が強引に振り抜く。
黒い斬撃を避けようと大きく後ろに下がったフォスのまとう炎の一部が散る。
体にまとう炎を消したフォスが胸から煙を上げる魔王を見てニンマリと笑い自分の胸元を指差さす。
「その剣もまた聖女セシリアと同じものだな。厄介ではあるが脅威ではない。現に斬れてはおらんだろう」
「手応えがあったと思ったのですが……さすが伝説のフレイムドラゴンと言ったところですね」
魔剣タルタロスの刀身を見たあと、傷一つないフォスを見て魔王が呟くのを聞いたフォスは笑う。
「ぐふっふっふっ、確かに強いがお前では心躍らんな。そんな実力では魔王を名乗るにはちと足らんぞ」
「わがはいに足りないものがあると言いますか。それは聖女セシリアと比較して言ってますか?」
殺気立つ魔王を見て口角を上げニンマリと笑みを浮かべる。
「わしは聖女セシリアファンクラブ七号なわけだ。聖女セシリアをひいき目に見るのは当然であろう」
「なぜ誰もが聖女セシリアの名を口にするのです。そして誰しもがその名前に親しみと希望を乗せるのです」
魔王が魔力に身を包むと同時に魔剣タルタロスが激しい光を放ち、対峙するフォスも一瞬にして体を炎に包む。
斬撃と熱線が近距離でぶつかり合い激しい爆発が起き、魔王とフォスが衝撃に飛ばされ気味になりながら後方へ身を引きにらみ合う。
「わしは、聖女セシリアの守るものを守るだけだ。それは人間だけでなく魔族や魔物も含まれている。わしがそれに従うのは、セシリアを強者として認め心の在り方に感銘を受けたからに他ならない。
それにだ、聖女セシリアの名前に一番こだわっているのはお前であろうが」
「なにが言いたいのです」
「ぐふっ、まあわしも偉そうに人のことを言えた立場ではないのだがな」
互いに衝撃と熱によって体から煙をくすぶらせながら言葉を交わすと、フォスが翼を大きく開く。
「魔王よ、ここより先を通りたければわしを倒すがいい。お前のその傷ついた体ではそれも敵わんだろう。今日のところは見逃してやる。引け」
フォスの言葉にしばらく黙っていた魔王だが魔剣タルタロスを鞘に納めると、フォスに背を向け魔族たちのもとへ歩き始める。
「撤退します。ヴェルグラまで戻りましょう」
心配して駆け寄ったメッルウたちに魔王がそう言い放つと魔王軍は撤退を始める。その様子を見て喜びに湧く人間たちの兵だが、フォスが翼を広げると一瞬で黙ってしまう。
「人間ども、早くセシリアを見つけるのだ」
フォスがレクトン王をにらみ一言放つと、翼を羽ばたかせ上空に飛び立つ。
翼を羽ばたかせて起きた凄まじい風に吹かれ、飛ばされないように耐える兵たちを置いてフォスはフォティア火山へ向け飛んでいく。
空を飛びながらフォスが胸を押え顔を歪めると、押えた手をチラッと見る。
「思ったより傷が深いな……ブランクがあるとはいえ弱くなったものだ」
それだけ呟くと眼下に広がるサトゥルノ大陸を見つめる。
「しばらくは時間は稼げそうだが、わしも何度もは持たんな。セシリアよ、魔王を止めれるのはお前だけだ」
傷ついた胸を押えフォスはフォティア火山の火口に消えて行く。
***
プレリ族の村で魔王とフォスのぶつかり合いを感じたセシリアの頭に声が響く。
『魔王が動いたようだが、フォスが対抗して止めたと言ったところか。我らもすぐに行きたいところだが、ここはフォスに任せミストラル大森林を探ることを提案する』
「それはどうして?」
『今我らが行けば魔王をと正面からぶつかり力でねじ伏せる戦いになるであろう。我らとしては魔王を倒すのではなく、魔王を止めれれば良いわけだ。ミストラル大森林にフォルターもしくはその鍵があるとすれば、それは魔王を止める大きな力となるはずだ』
聖剣シャルルの言葉を聞いてしばらく黙っていたセシリアは振り向き、ティナンとリュイを見て口を開き宣言する。
「明日には出発しようと思います……ミストラル大森林へ向かいます」