第165話 三百年の時を経ても変わらぬもの
魔王が進軍を宣言して僅か一日でヴェルグラを制圧し、一夜を経てそのままプレーヌ王国へと軍を進める。
「三百年前もこのプレーヌ平原では魔族と人間が激しい争いを行ったと言われておる。息子よ、サトゥルノ大陸は長らく平和で国同士の争いもなく、戦うことから離れておった。だが一度危機が訪れば勇敢に戦うのだと言うところを見せてくれる。目によく焼き付けておくのだ!」
全身を甲冑で覆ったプレーヌ王国のレクトン王は、馬の上から息子であるエルブにそう語り掛けると剣を天へ掲げる。
「全軍移動開始!」
レクトン王の言葉が復唱されプレーヌ王国の兵たちが進軍を始める。レクトン王は自国の軍だけでなく、ファディクト、シュトラーゼ、リンゲンブルーメの三国の旗を掲げる兵たちを見て緊張していた顔を僅かに緩める。
魔王軍の進行に対抗すべく協力を要請したら快く引き受けてくれた三国。あっさり承諾されたことも驚いたが、特にファディクトのユーリス王とは仲が良くなかっただけに、友好的な返事が来たときは驚いたものだとレクトン王は文面を思い出し口角を僅かに上げてしまう。
「セシリア様のお力は本当に凄いものだ」
近隣四国が協力して行動を共にすること、魔王が攻めてくる有事をプレーヌ王国で止めたいと言う思惑もあるかもしれない。
だが、聖女セシリアの存在が無ければこんなにも多くの兵を寄越してくれ、武器や物資の支援、避難する国民の受け入れまでも快く引き受けてくれることなんてことはなかったはずだと、改めてセシリアの偉大さをレクトン王は感じるのである。
***
プレーヌ平原の北側にて、プレーヌ領に侵入した魔王軍とレクトン王率いる軍が対峙する。
互いの距離はあるが正面で向き合いにらみ合う両軍。レクトン王率い四国の合同軍は三千人に対し魔王軍は三百人にも満たないゆえ、向き合っている今の状況だけ見れば圧倒的に人間の方が有利に見える。
先に魔王軍の列が大きく左右に分かれ道を作ると、地響きをあげながら漆黒の鎧に身を包んだ魔王が道を歩き自軍の前に立つ。それに遅れプレーヌ王国側の軍も兵たちが左右に移動し、レクトン王が前に出てくる。
レクトン王が出て来るのを魔王はじっと待ち、お互いが最前列に立つと前に向かって歩き出す。
数メートルまで近付いたところで歩みを止め向き合った二人。先にレクトン王が口を開く。
「わしはプレーヌ王国の王、レクトンである」
「王自らお出ましとはご足労をおかけします。わがはいは魔王です」
胸を張って名乗るレクトン王に対し魔王は微動だにせず答える。
「では魔王とやら。今お前たちが行っている行為は我が国への侵略であるが、そうみなして構わんのだな」
「ええ、構いません。わがはいたちは人間が隠す魔族の故郷を取り戻すため、全ての国へ進軍することにしました。協力頂けるなら攻撃はいたしません、ですが邪魔をすると言うのでしたら容赦はいたしません」
「人の領土に勝手に侵入しておいて随分と乱暴な物言いじゃな」
声を絞っているとはいえ威圧感のある魔王の声を前にして、レクトン王は震える体を必死に押えながら気丈に振る舞ってみせる。
「勝手に領土に侵入したことはお詫びいたします。ですがわがはいたちも譲れないことがあるのです。道を開けてもらえませんか? 抵抗しなければ悪いようにはいたしません」
「断る」
互いが主張を譲らず視線をぶつけ合う。
「一つお聞きします。ここまでの国々の王は城にこもり前線に出て来るなんてことはありませんでした。城から引っ張り出しても命乞いをするばかりで会話もままならない者ばかり。
人間は等しくわがはいら魔族を恐れていると認識しましたが、なにゆえレクトン王は前線に出て来るのです。その勇敢さはどこから来るのです?」
「ふん、わしが勇敢なものであるか。魔王を前にして怖くてたまらんわ。それでも前に出ることの大切さを聖女セシリア様より教わったのでな。それを実行しているだけじゃわ」
レクトン王の口から出た『聖女セシリア様』の言葉に今まで微動だにしなかった魔王が体を僅かに動かし、真っ赤に光る目の眼光が鋭さを増す。
「なるほど、今までの国との違いは、聖女セシリア様と出会っているか出会っていないか……。やはりあの方はわがはいたちにとって危険な存在なのでしょうね」
呟いた魔王が腰に付けていた魔剣タルタロスを抜くと巨大化した刀身を地面に突き立てる。
巨大な剣が地面に刺さったことで、派手に舞い上がった土埃が風に吹かれ流されるなか、魔王とレクトン王は向かいにらみ合う。
「開戦宣言いたします。お互い軍に戻り進軍を宣言したとき開戦といたしましょう」
「承知した」
二人は背を向けるとそれぞれ自軍へと戻って行く。そして互いが戻り終えレクトン王が後方に、魔王が軍の最前列の前に立つと剣を向け合う。
「進軍開始!!」
レクトン王の宣言を伝えるため合図係りの兵たちがラッパを鳴らすと、各部隊が自国の旗を上げ進軍の意志を示す。
そして雄叫びを上げ突っ込む槍を持った最前列の兵たちに対し、魔王が魔剣タルタロスを地面に突き立てると手に闇を宿し真横に振り抜く。
闇の手に掴まれた兵たちの姿が消えていくが、残った兵たちは構わず魔王軍に突っ込んで行く。後方から進軍してきた魔族たちが魔王を追い越し人間たちと正面からぶつかる。
「怯むな!! 突っ込め!! 魔王の攻撃は脅威だが混戦になれば仲間を巻き込むため攻撃はできないはずだ!!」
各軍の剣や槍がぶつかり合い火花を散らし合う。人間の攻撃など効かない魔族であるが、数で押し切る人間のなかに自分たちを傷つける武器を持っている者が混ざっていることに気づき距離を取る。
攻撃を通せる兵を別の兵たちが守りながら的確に攻撃してくる人間たちに、これまでの戦いと違いを感じた魔族たちが攻めあぐねてしまう。
混沌の様を見せようとしたとき、フォティア火山から一筋の赤い光が立ち昇ると人間と魔族が入り乱れるプレーヌ平原へと落ちる。
「騒がしいから何かと思えば人間と魔族の争いとな。何百年経っても変わらん奴らだ」
もうもうと立ち昇る煙のなかから、赤い鱗をまとった体と大きな翼を広げ人間と魔族を等しく見下ろすフレイムドラゴン、フォスの姿が現れる。




