第164話 聖女の思惑とは……
セシリアとネーヴェ会談を行い戦闘になったあと、三日で魔王率いる魔王軍は南にあるルニアージュ、海岸沿いのブルイヤーを立て続けに圧倒的な力で落とす。
そのままルニアージュを拠点とし、二日ほどで東のグレジルと南のボノムを落とし合計八国を支配下に置いた上で武器の処分、軍隊の解体を行い無力化を行う。
逆らう者は全て魔王の闇によって飲み込まれこの世から消されてしまうゆえ、誰も逆らうことはできなくなる。結果人間は魔族のために衣食住を提供するため労働に使役されることとなる。
サトゥルノ大陸の北部の西から中央までを支配に置き、南に進むためヴェルグラを進行中の魔王軍の前線部隊はボノムに滞在する。
人を排除し魔族しかいなくなったボノム城の王の間で、玉座の前に魔王は座り込んでいた。
魔王の漆黒の鎧の中でドルテは曲げた指を唇に当て考え込む。
(なぜ、どの書物にもフォルターの記述がないのでしょうか? 何らかの理由があってフォルターのことを知られないため書かなかったにせよ、魔族がフィーネ島へ渡ったことは書いてあるのですから少しは触れていてもいいですのに……)
ドルテは父親の計画書を手に取って表紙を見つめる。
(お父様の計画書にも人間への復讐をしつつ、フォルターへの道を探すと書いてますわ。初めは故郷の道が人間によって閉ざされているから開く鍵を探すのだと思ってましたが、お父様自身もフォルターの場所が分からなかったとしたら……)
そこまで考えてドルテは鎧の目を通して見える視界で魔剣タルタロスを見つめる。
(タルタロスさんはフォルターの名前を知ってましたが、行ったことがないから場所は分からないとおっしゃていました。そもそもわたくしだってフォルターの名前はお父様から聞いて知っていただけ……人間はどうなのでしょう? セシリアお姉様はフォルターの名を口にしてましたが)
考え込むドルテの耳に扉をノックする音が聞こえ、顔を上げると漆黒の鎧も一緒に顔を上げる。
「どうぞ」
魔王の声が部屋に響くと、そっとドアが開きノックをしたであろうリザードマンが姿を現す。
「魔王様、翻訳担当の人間であるニャオトが魔王様にお目通しを願っているそうなのですが、いかがいたしましょうか?」
「ニャオト様がですか……丁度いいです。呼んでください」
「はっ!!」
胸に手を当てキレのいい返事をしたリザードマンは急ぎ部屋を出て行く。
***
武装したリザードマンに連れられ、巨大な魔王の前で縮こまって正座をするニャオトの姿は、今にも魔王に処されるちっぽけな人間にしか見えない。
「二人っきりで話したいことがあります。全員下がってもらえますか」
魔王の言葉に周囲にいた護衛の魔族たちは驚きの表情を一瞬見せるが、すぐに魔王のいる部屋から出て行くと扉を閉める。
「ニャオト様お久しぶりです。わがはいに用事があるそうですがなんでしょう?」
魔王の声は漆黒の鎧を通してドルテの声に威圧感を加えたもので、魔族でも恐怖を感じてしまうもの。それをまじかで受けたニャオトは体を震わせて涙目になってしまう。
一応声を絞って手加減していたつもりだった魔王は少し慌てた動きを見せるがすぐに背筋を立て両手を両膝に当てると、腹部を解放し中からドルテが出て来る。
「脅かすつもりはありませんでしたが、この声は人間には聞くだけで辛いのでしたね」
漆黒の鎧から降りたドルテはニャオトの前に立ち謝ると、右手を後ろへかざして闇を伸ばすと魔剣タルタロスを引き寄せる。
剣を持ったことで驚き体を硬直させるニャオトに、ドルテは静かに話しかける。
「それで、用事とはなんでしょう?」
「シ、シングンヲヤメルコト、デキマセンカ?」
「わたくしは進軍しているつもりなどありませんよ。探し物を探すため動くと攻撃してくるので身を守るため反撃しているだけですわ。現にこちらから攻撃なんてしたことありませんもの。わたくしからすれば人間の方に攻撃をするのをやめて下さいと言いたいですわ」
自分の思いを訴えたものの、あっさり正論を言われニャオトは口ごもってしまう。
「わたくしの方もお聞きしたいことがあります。ニャオト様の口からフォルターの名前が何度か出ましたが、それはどこで知ったのです?」
ドルテの赤い瞳に映るニャオトは戸惑いの表情を見せつつも口をつぐんで黙って見つめ返す。ドルテが無言のまま魔剣タルタロスの柄を持つ手に力を入れるのを見た、ニャオトの体が一瞬揺らぐが口をさらに強くつぐむ。
「言わなくてもニャオト様の態度で分かりました。適当な名前で誤魔化さずに、声を出さないと言うのは特定の人を庇う行為……つまりわたくしに知られたくない、そしてそれはわたくしも知っている人物と言うこと」
ドルテの言葉にニャオトの目が大きく開く。
「人間側にフォルターの名を教え遊戯語を翻訳させるため、遊戯人であるニャオト様を何らかの方法で呼び寄せる……あまり考えたくはないですがセシリアお姉様こそ人間をそそのかし、わたくしたちの邪魔をしているとも考えられますわね……」
「チ、チガウ! セシリアハ、ソンナコトシナイ!」
大きな声を上げるニャオトを見てドルテは寂しそうに笑う。
「わたくしもセシリアお姉様がそんなことをする人ではないと信じたいですわ。ですが、サトゥルノ大陸の南部をほぼ配下に置き、一度はわたくしたちを受け入れた北側諸国がタイミングよく反旗を翻すことを考えると疑ってしまうのは当然のことではありませんこと?」
どう説明していいか分からず、黙ったままのニャオトにドルテが言葉を続ける。
「セシリアお姉様もフォルターの場所は知らない。ですがフォルターへわたくしたち魔族が行くことで人間に何らかの不都合がある。もしくは人間にとって魅力的なものがあり渡したくないから名前だけをニャオト様たちに伝えて探させる。そう考えると文献にフォルターの記述がないことも納得がいくのですわ」
「セシリアハ、マゾクヲキズツケナイヨウニシテ、ダカラチガウヨ」
「ええ存じ上げていますわ。ですがその行為もフォルターで必要な何らかの条件と考えれなくもないですわよね」
「ソンナコト、イッタラキリガナイ……」
必死に否定するニャオトに対してドルテがふと笑みを浮かべると右手の指を鳴らす。
「おっしゃる通りですわ。きりがないことを延々と推測で語っても無駄ですわ。ですから御本人に聞いてみれば話は早いですの」
右手の上に闇が渦巻きその闇にドルテが手を入れる。しばらく手を入れていたドルテだが徐々に表情に焦りの色が見え始める。
「いない……そんなはずがありませんわ。わたくしのスキルの一つ『収納』は許可なく出入りなどできませんし、そもそも収納された生き物は冬眠状態になって動けないはず……もし動けたとして収納の壁を破壊することなんてありえません。たとえ智剣の力を使ったとしても、そんな巨大な力を使えば気付かない訳がありませんわ……」
真剣な面持ちで呟くドルテを不安そうに見つつ、なんと声を掛ければいいか分からずオロオロするニャオトを置いて、ドルテは漆黒の鎧の手足を足場にして開いた腹部に飛び乗る。
「ニャオト様には引き続き翻訳のお仕事をお願い致しますわ」
「ナ、ナニヲ!」
「セシリアお姉様を捕らえることがフォルターへの道へ向かう近道であり、人間がわたくしたちに攻撃させないための一番の方法なのだとニャオト様との会話で気付きましたわ。セシリアお姉様がいると人間は魔族を倒せると攻撃的になってしまう。でしたら人間にそう思わせないようにするのが一番ですの」
漆黒の鎧のハッチを閉め魔王となったドルテは、ニャオトを置いて扉の方へ向かい、扉を上げると声を上げる。
「聖女セシリアをあぶり出すためにもヴェルグラに向けて進軍いたします! みなさん集まってください!」
魔王の地獄の底から響く声に震えながらも伸ばすニャオトの手が届くことはなく、魔王は扉を破らんばかりの勢いで出て行ってしまう。