第163話 次の目的地はミストラル大森林です
ふかふかのベッドの上で体を起こしたセシリアは、ほんのり明るい天井に向かって手を伸ばし大きく伸びをする。
「よく寝たぁ」
一晩の野宿ではよく眠れなかったセシリアは、心の底から嬉しそうに声を出す。布団の上で丸まって寝ていたグランツも顔を起こしセシリアに向ける。
「よく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまでゆっくり寝れました」
セシリアのもとにやってきたリーズが声を掛ける。
「まだ朝早いですからもう少し寝ても大丈夫ですよ」
「魅力的なお誘いですけど、起きて少し体を動かそうと思います」
「さすが聖女様です。朝の支度をされるのでしたらこちらをお使いください」
自分の体温で温まったベッドを少し名残り惜しそうに擦るセシリアに、リーズから小さな鉄のタライとタオルが手渡される。
***
水瓶から鉄のタライに移した水で顔を洗ったセシリアは、布で顔を拭き終えると目の前に広がる草原を見渡す。
東から登る朝日の光に温められた朝露が蒸発し、草原から煙のように上がる様子をしばらく眺めたあと、大きく伸びをしてふっと笑みをこぼす。
「ディルーパーの討伐もなんとかなったし、こうして無事に朝を迎えることができて良かったよ」
セシリアは木の椅子から立ち上がって背伸びをしながら、水瓶を囲う柵に立てかけている聖剣シャルルに話掛ける。
『魔力を最低限に絞っての立ち回り、予想以上の結果だ。グランツとアトラに魔力を供給することで戦い方の幅が広がり魔王攻略の糸口が掴めそうだ』
「なら良かった。相手がシャルル以上に魔力を溜めるのが速くて威力が同じなら別の手でいくしかないもんね」
セシリアが嬉しそうに笑いながら聖剣シャルルを手に取ると広い場所へと歩いて行く。
そして鞘に納めたままの聖剣シャルルをゆっくり縦に振って素振りを始める。
『我々の力もそうだが、今回の成果はセシリアの努力あってこそだと言うことは断言しておこう。セシリアが強くなったから我々の攻撃も生きるのだ』
「私が? いつも通りシャルルたちに助けられて攻撃してるだけだよ。こうやって素振りとかしてるけど筋力も大してつかないし、強くなった感じはしないけど」
セシリアが素振りをしながら答える。
『最初に比べれば剣に振られることもなくなった。アトラとグランツの補佐があるとはいえ無理な大勢からの攻撃にも冷静に対応できるのは日々の努力があればこそだ』
「あれだけ引っ張り回されてたから慣れただけだよ。空中で逆さまになって剣を振らされるときとか今でも泣きそうだもん」
笑いながら言うセシリアは型を確かめるためにゆっくりと丁寧な素振りを続ける。
「こうやってゆっくりやるのも私に力がないから、筋力に頼らない振り方を体に覚えさせているだけで実際に振ってるのはシャルルだし。移動や防御、バランス調整をグランツとアトラがやってくれるから戦えてるだけだよ」
セシリアの足元で素振りに合わせて飛び跳ねていたグランツがセシリアの足を突っつく。
『セシリア様、見られていますよ』
「見られている? 誰に?」
グランツに言われセシリアが素振りを止めてグランツが見る方向に目を向けると、テントの影からコッソリのぞく少女の姿があった。
セシリアと目が合った瞬間焦った表情で口元を押さえテントの影へと隠れてしまう。
「隠れちゃった……」
頬を掻きながら少女が隠れたテントの裏に回ると食材や生活品が入った木箱の影に頭を手で隠し、セシリアに背を向けた状態でしゃがんでいる少女の姿があった。
(隠れているつもりなのかな? だとしたら声を掛けないほうが……いやでも気になるしなぁ)
長いであろう黒い髪を結ぶ紐は、赤と青に白の糸で編んでいる派手目なもの。頭に置く手は小麦色の肌で腕には派手な色の紐で編んだアクセサリーがよく映える。
「えーっと、私になにか用事かな?」
頭を抱えたままぷるぷる震えていた少女の体がビクッと大きく跳ねる。
「い、いえ……その。ひぃ! ご、ごめんなさい」
そうっと振り返った少女が向けた澄んだ青い瞳はなぜか涙目で潤んでいて、視線を合わせようとかがんで覗き込んだセシリアと目が合った瞬間、大きく体を震わせ慌てて背を向けて震え始める。
「う〜ん、どうしよう」
話し掛けると震えだして会話ができない少女に、どうしていいか分からず悩んでいたセシリアに声が掛けられる。
「聖女セシリア様、こちらにいらしたんですね。と、リュイじゃないか」
ティナンにリュイと呼ばれ少女は再び震える体を大きくビクつかせる。
「聖女セシリア様に助けてもらったお礼を言うんだって、人見知りなリュイが自分から言い出して一人で出たとき親父さん凄く喜んでいたよ。聖女セシリア様はお優しい方だからリュイでも話し掛けれただろう? 自分から話し掛けれたって言ったら親父さん喜ぶと思うぞ」
と嬉しそうに言ったティナンがしゃがんで震えるリュイときょとんとした目で見つめるセシリアを交互に見て、現状を察したのかしまったと罰の悪い顔をする。
だが、リュイがなぜ来たのかを理解したセシリアは、リュイの前に回ると優しく声を掛ける。
「暗くて顔まで覚えれてないんだけど、昨日の夜ルーパーに襲われた人で合ってるかな?」
優しく声を掛けられたリュイは恐る恐る頭を押さえていた手を下ろし、顔はやや下に向けたまま目だけセシリアに向ける。
自分に微笑み掛けるセシリアの顔をまじかに見て、恥ずかしさから顔を赤らめながらも小さく頷く。
「あのときリュイたちが盾でルーパーたちを押えてくれてたから、村に被害が出なかったんだよ。私一人では村に散ったルーパーを倒すことなんてできなかった。だから手伝ってくれてありがとう」
お礼を言うセシリアに目を大きく開いたリュイが顔を上げじっと見つめたあと、首を横に振って小さく口を開く。
「た、助けていただいて……ありがとう……ございます」
「うん、怪我はしてない?」
必死に首を縦に振るリュイを見て微笑んだセシリアは、自分を熱を帯びた視線で見つめるリュイに気付かないままティナンに視線を移す。
「私を探していたみたいですが、なにか用事があったのでは?」
「あ、ええ。聖女セシリア様に感謝を込め村で宴を開きたいとのお知らせにきました」
「偶然ここに居合わせただけで、成り行きで討伐しただけですし。それにこうして寝床や食事までいただいてますから十分ですよ」
「聖女セシリア様に感謝の気持ちを伝えず帰してしまってはプレリ族の恥となります。どうか自分たちのためにも宴を開かせてもらえないでしょうか」
「う、う~ん。そう言われると断りづらい……!?」
頭を下げ頼み込むティナンに困り顔のセシリアだったが突然目を開き、はっとした表情になるとフォティア火山の方を見つめる。
それと同時に左手を広げ光の粒になったグランツを取り込み翼を生やすと、突然のことに驚くティナンとリュイを置いて遠くをじっと見つめる。
いつもよりキラキラと紫の光を帯びたセシリアの瞳が遠くに漆黒の柱を映す。ほどなくしてフォティア火山の火口から真っ赤な光が昇り、黒い柱が上がったもとへと飛んでいく。
森の木々に邪魔され見えないが、微かに感じる魔力のぶつかり合いが起き、最後に赤と黒の激しい爆発の上部が木の頭から見える。
そっと目を閉じ、何かを呟いたあとゆっくりと目を開けティナンたちを見る。
「明日には出発しようと思います」
「え、はい。魔王討伐へ向かうのでしょうか?」
「いいえ、ミストラル大森林へ向かおうと思います。どなたか森について詳しい方がいれば教えていただきたいのですが」
セシリアの紫に輝く瞳に見つめられティナンは急ぎ村の者を集めに走る。