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第162話 対ディルーパー

 初手村に走り向かうルーパーは六匹。草原の中を全速力で走り地面を蹴り向かって来る。


 これを迎え撃つは、馬に乗ったティナンたちプレリ族の男たち。二人一組でそれぞれ一匹ずつと対峙する。


 プレリ族の持つ槍を避けつつ、馬の足を狙い攻撃するルーパーとの戦闘の間を、別のルーパーたちが走り抜けて行く。


 ルーパーたちは初めから囮部隊と村を襲撃する部隊とに分かれ行動していたのである。

 対峙していたルーパーを槍で仕留め、急ぎ走り抜けたうちの一匹と戦闘を開始するティナンのペア。


 だが襲撃部隊は十数匹と多く一匹足止めしたところで、ルーパーたちを止めることはできない。


 村へと侵入したルーパーを迎えるのは木製の大きな盾を持った村の若者の男女たち。

 盾で攻撃を受けつつ横から槍で突いて攻撃をする。倒す戦いではなく村と家畜を守る戦い。守りに徹することができるのは絶対的存在がいるからに他ならない。


 しかし戦闘の経験も少なく、その上緊張感を強いられる今回のような状況では、いつもの狩りのように力を発揮できず若者たちは苦戦を強いられる。

 そんななか一人の娘がルーパーに体当たりをされ、盾ごとよろけ慌てて盾を構え直そうとするが、すでに追撃体勢に入り目前に迫っているルーパーの姿に娘の顔が恐怖で引きつってしまう。


 大きく開けた口から垂れるヨダレの流れる様までハッキリと見えてしまうほどに、時間はゆっくり進むのに動けない娘はただ迫ってくるルーパーを凝視してしまう。


 娘の瞳に紫の閃光が走ると、目の前にいたはずのルーパーが勢いよく真横に吹き飛び、地面を滑りながら転げるとピクリとも動かなくなる。


 次に白い翼が見えたかと思うと、真横に振るった聖剣シャルルの残す紫の軌跡と共に別のルーパーが地面に崩れ落ちる。


 娘の目に映るのは聖女セシリアの華麗で力強い剣さばきの前に、次々と倒れていくルーパーたちの姿。


「もう大丈夫。でも次が来るといけないから盾を構えて」


 戦闘中にも関わらず優しく声を掛けられた娘は、慌てて盾を握りしめると構えてお礼を言おうとするが、すでにセシリアは移動し遠くに紫の剣閃が見えるだけである。


「凄い……」


 セシリアの戦う姿に見惚れる娘の呟きは、離れた場所から見ていたティナンたちと重なる。


 自分たちを通り抜け村へと向かったルーパーたちを、あっと言う間に全滅させたセシリアにそう呟くしかなかったティナンはルーパーに突き立てていた槍を引き抜き強く握りしめる。


「いける、聖女セシリア様がいればディルーパーの脅威から抜け出せる。よし、自分たちもやるぞ!」


「ああ」


 相方の男に声を掛け静かに気合を入れ直したティナンたちが背中に担いでいた弓を手に取る、と布を巻いてある先端に火打ち石で火をつけると一斉に矢を放つ。


 草原に次々と刺さった矢は、木でできた本体を燃料にし草原に小さな灯りをもたらす。


 その小さな灯りにティナンたちは近付くと馬を止め待機の構えを取る。


 次の瞬間、灯りの近くに立つティナンたちの間を、紫に輝く斬撃が暗闇を切り裂き飛んでいく。

 物凄いスピードで飛び去る斬撃を目で追うことしかできないティナンたち。


 暗闇のなかで斬撃が何かにぶつかり弾けると、一瞬明るく照らされた岩が切れてずれ落ちるのが目に入る。

 そしてすぐに訪れた闇のなかを大きく真っ黒な影が走り始める。


 大きさの割には静かだが、土をドッドッドッと踏みしめ一直線に駆ける影は燃える矢の灯火に照らされ、一瞬だけその姿をあらわにする。


「ディルーパー……」


 ティナンが呟いた名の魔物は真っ黒な毛並みを持つ体長三メートルはあろうかと言う巨体に、鋭い爪を持つ太く長い腕、筋肉の発達した太ももの二本の足を使って人のように走る。

 加え特徴とも言える巨大な尻尾を寝かせ走るディルーパーは、ティナンたちなど目もくれず真っ直ぐに村へと向かう。


 村へと向かう黒い悪魔の禍々しい姿に足のすくむ思いをしながらも、槍を握り次なる行動のために待てるのは事前にセシリアから聞かされた作戦と、先ほどセシリアの戦い方に魅せられ信じれたからこそ。


 ディルーパーに向かって白い翼を広げ、翼の先を紫に輝かせ猛スピードで飛んでくるセシリアの放った剣閃がディルーパーの爪とぶつかり弾ける。


「追撃が来ます! 討伐をお願いします!!」


 セシリアの声とほぼ同時に、ディルーパーから遅れて走ってきたルーパーの群れにティナンたちが攻撃を仕掛ける。


 数匹が槍の犠牲になるのを横目で見たディルーパーが鋭い牙が並んだ歯を見せ怒りをあらわにする。


「よそ見をしている場合ではありませんよ」


 セシリアの声に視線を向けたディルーパーだが、既にセシリアの影が草原に揺らぐ炎が作った影を掴むと、翼を広げるセシリアを引っ張って、炎を中心に弧を描き移動しつつ剣閃を引く。


 身をかわすが肩を僅かに斬られセシリアをにらむディルーパーの目の前で、ルーパーを切り伏せつつ空中に身を置くセシリアが声を上げる。


「矢を放ってください!」


 ルーパーを討伐し手の空いた男たちが火の付いた矢をディルーパーに向かって放つ。各方面から飛んでくる矢を素早く避けるディルーパーが短く吠えると、散っていたルーパーたちが集まって来る。


「ディルーパーを囲いつつ、ルーパーの討伐を!」


 セシリアの声にティナンたちは馬を走らせ、ディルーパーとルーパーを中心に円を作って外周を緩やかに走って囲む。そして一組だけが円に入り斜めに横切りつつ、ルーパーに攻撃を加え外周に入ると円を保ち、次の組が入り攻撃を仕掛ける。


 地面に揺れる炎は男たちが馬で駆ける度に影を大きく映しルーパーたちの恐怖心を煽る。子供だましみたいなものだが、獣に近い魔物であるルーパーにとって火は恐ろしいものであり、それがもたらす大きな影は恐怖を感じさせるには十分な効果がある。

 それになによりも駆ける馬と人の間をより深い影を走らせ、確実に自分たちを葬っていく白い翼の人間がいることが一層の恐怖を与える。


 自分たちが狩る者から狩られる者に変わったのだと感じたとき、ルーパーの動きにキレがなくなりティナンたちによって次々と討伐されていく。


「逃げるものを追う必要はありません。それよりも陣形を崩さず最後まで油断しないでください!」


 陣形の隙間から逃げて行くルーパーを無視し、槍をディルーパーに向けるティナンたち。そして真横に振るった聖剣シャルルを受け止めたディルーパーとセシリアがにらみ合う。


「出力は最低限に、移動はグランツ。攻撃にアトラがまわる」


 セシリアの言葉に合わせ聖剣シャルルは最低限の魔力を保ちつつ、グランツとアトラに魔力の供給を行う。

 グランツの翼がもたらすのは魔力による推進力を利用した新たな移動方法。アトラほど複雑な動きはできないが、上空へと上がる力とスピードは上がる。

 グランツが移動に力を使うことでアトラが攻防に回る余裕ができ、剣を振るうセシリアをサポートが手厚くなる。


 聖剣シャルルをガードし、セシリアに蹴りを入れようとするディルーパーの足に影が体当たりをして止めると、その隙に刀身を引き体を回転させつつ真下から振り上げる。それより先にディルーパーのあごを影が突き上げ、剣の道筋をサポートする。


 あごに攻撃を受け胸元を斬られながらも、大きくバックステップし致命傷を避けたディルーパーは、大きな尻尾で体を支え立つ。

 長い腕による攻撃に加え足を使った蹴りと、尻尾を交えた攻撃は獣の姿からは想像できないほど洗練された人が使う格闘技のようである。


 巨体が見せる切れのある突きと蹴りは威力も半端ないが、アトラのサポートを受けつつ聖剣シャルルが噴射する魔力を上手く使いながら激しい攻撃を受け止めていく。


「三本足ってそう言うことね。大体魔力の流れは掴めそうだしお終いにしよう」


 セシリアの声に反応した影が体を這い聖剣シャルルを中心に渦巻くと紫の光をまとい回転する。突然の回転する刃の攻撃に腕を弾かれ大きく体勢を崩すディルーパーの目の前でセシリアが翼を広げる。


 紫の光を帯びた翼を羽ばたかせ真上に飛んだと同時に、二方向に分かれた影がディルーパーの両肩を掴みつつセシリアを地上へ引っ張り誘導する。

 背中に立った翼が引く紫の線と聖剣シャルルが引く紫の剣閃の三本の線が上空から地上に刻まれると、影に両肩を押えつけられガードも出来なかったディルーパーは斬撃を受けゆっくりと倒れる。


 セシリアが聖剣シャルルを振るい、鞘に納めると勝利を確信したティナンたちが雄叫びを上げる。


 夜の闇を吹き飛ばすほど喜ぶティナンをはじめとしたプレリ族の人たちを見て、セシリアは心の底から笑みを見せる。

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