第157話 負けて勝つ
真っ暗な空間は何も動かず音もない。ここに来た者は等しく永遠に眠りにつき、持ち主に必要とされるときを待つ。
ただ、必要とされなければ永遠に闇の中に閉じ込められ、無限の時を生きることとなる。無機物であれば問題はないかもしれないが、生ある者が入れば眠りにつき無限の夢の中へと誘われる。
もちろん夢なので楽しい夢も見るだろうが、ここに閉じ込めれる前に魔王の圧倒的力と絶望を感じた人たちの多くは悪夢を見続けることとなる。
そんな空間に黒い球体がシャボン玉のごとくふわふわと漂う。
やがてパチンっと音を立て弾けると中からセシリアが姿を現し、闇のなかに降り立つ。
背中の翼を動かし、手に持つ聖剣シャルルを鞘に納めると自分の手足を見つめる。
「みんな無事?」
セシリアの呼びかけに、影が動きはじめポンと音を立てアトラが飛び出すとセシリアに抱きつく。
「痛かったのじゃぁ〜。髪が少し焼けたのじゃ〜慰めてほしいのじゃあ」
セシリアの胸に顔を埋め頭を撫でてもらうアトラの横に、光が集まりグランツが姿を表す。
『アトラ、ウソ泣きはいけませんよ』
「む、ウソではないのじゃ。目に涙はなくても心では泣いておるのじゃ」
セシリアの胸に顔を埋めたままアトラがグランツの方を見て、舌を出して抗議する。
「はいはい、喧嘩しない。グランツの方は羽大丈夫?」
『ええ、私の体がシャルル先輩の魔力にある程度馴染んていたのでなんとか。もう少し上手く使えれば少しの時間なら飛べるかもしれませんね』
先端がやや黒ずんだ羽を広げながら確認するグランツをセシリアが持ち上げると抱き寄せる。
「無事で良かった」
『おっ、おおおっ!? セシリア様! 私は今幸せでございますぅ~』
セシリアに頬を寄せられ、長い首をされに長くしてくちばしをパクパクしながらグランツが叫ぶ。
「グランツ先輩、いつも冷静なフリしておるがときどき変な言動するのじゃ。絶対ムッツリだと思うのじゃ」
アトラに冷めた目で見られているのも気付かずグランツは感激の声を上げている。
「シャルル、なにか分かった?」
アトラとグランツを抱きしめているセシリアが、下に横に置いている聖剣シャルルに声を掛ける。
『順調に分析中だ……』
「ん? なんか怒ってる?」
いつもに比べ声のトーンが低く、素っ気無い物言いにセシリアは首を傾げる。
『いや、この空間を分析するため下に寝かせてくれとは言ったのは我なのだが、みんながイチャイチャしてるのに我だけ床に寝てるこの状況は寂しいものだなと』
不貞腐れる剣にセシリアは大きくため息をつくと、拾い上げて抱きしめてポンポンと叩く。
「ほらこれでいい?」
『違〜う、そうじゃないんだ! もっとこうイヤイヤってして、恥ずかしそうに抱きしめて欲しいのだ。なんかこ慣れた感じでやっちゃうセシリアは嫌なんだぁ〜』
「ああもう、うるさい聖剣! 捨てるよ」
刀身を左右にパタパタさせイヤイヤする聖剣を投げようとするセシリアの腕に、鞘から伸びてきた蔦が絡む。
「うわっ! こんな使い方するなんて!?」
腕に絡む蔦を振り払おうとセシリア手を振り回すが、蔦はさらに伸びてセシリアの肩まで達する。
『クックックッ、この蔦を伸ばしセシリアを縛ってあんなことや、こんなことも……』
『おおっ!!』
「なにがおおっ!! なのじゃ。いつまでここにおるつもりじゃ!」
アトラが聖剣シャルルとグランツを叩いて黙らせる。
『とまあ、セシリアの緊張をほぐすための、おふざけはここまでにしておこう。この空間の分析は大体終わった』
渋い声を出して、急に真面目振る聖剣シャルルにセシリアは冷めた視線を送る。
『簡単に言えば次元と次元の狭間だな』
聖剣シャルルの説明にセシリアたち三人が同時に首を傾げる。
『前にレイスのネブラが使ったスキル『空間屈折』によって閉じ込められたときの、もっと大きくて保存力抜群の空間だ』
「保存力?」
今置かれている状況に至るまでの経緯にあまり相応しくなさそうな単語にセシリアが反応する。
『ここは本来敵を閉じ込めるための空間ではなく、保管庫のような場所。つまり魔王の持つスキルはおそらく『収納』だとみた。触れたものを収納することができるスキルだが、これを闇に関するスキルを掛け合わせ、攻撃に使っているとみた』
「なるほどね。そういえば魔王が使う闇を一番効率よく払えるのってアトラだけど、影であること関係があるの?」
『闇と影、という性質近い関係ゆえに、与えれる影響力が大きいと推測される。加えて我の魔力を通せば一瞬だけ力が高まり、アトラの影が魔王の闇を超えれる。防御面でも有効なことも分かったしな』
聖剣シャルルの説明にドヤ顔で胸を張るアトラの横で、羽を広げてグランツがアピールする。
『土壇場でやったがグランツも我の魔力を通せばセシリアを浮かせ、飛ぶことができることも分かった。今回の戦いで得たものは多いし大きい』
「シャルルのおかげで魔王のスキルも見えてきたし、次は対抗できるかな?」
『タルタロスの魔力収集スピードにもこの四人であれば対抗できるであろうし、負けて勝つと言ったところだな』
聖剣シャルルが満足気に揺らしたあと、カチンっと音を鳴らす。
『さて、まずはここから出るとするか。そうそう、分析の結果ここが保管庫であることは伝えたが、ここに収納された人は死んではおらん。あくまでも保管だ』
聖剣シャルルの言葉にセシリアは大きく息を吐き胸を撫でおろす。
『ただ、魔王の許可がないと出してもらえないゆえ、無理に出すのは今はやめておいたほうが良いだろう』
「私たちは無理に出ても大丈夫なの?」
『我々は保管されておらんからな。さあ、この空間にも綻びはある。グランツ、魔力の流れを読んでくれ。脆い部分を我が切って脱出だ』
聖剣シャルルの指示にグランツが右の羽を上げて肯定の意志を見せると、先頭に立って探り始める。
「じゃあ、わらわはセシリアを護衛するのじゃ」
「腕組まれると、動きにくいんだけど」
「こうして腕組んで歩くと恋人みたいとは思わないかえ?」
「護衛はどこいったの?」
「ちゃんとここにおるから安心するのじゃ」
腕にしがみつきくねくねするアトラにセシリアはあきらめのため息を一つついて、果てしなく続く闇の向こうをみつめる。
(ボルニアさんたち無事に逃げてるといいんだけど。それを知るためにもここから脱出しないと)
決意を新たにセシリアは闇のなかを四人で進む。