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第156話 希望を飲み込んで

 岩で構築された巨体を地響きを上げながら歩く体長おおよそ九メートルの巨人は、ネーヴェやアイガイオンの兵たちを払いながら何かを探しているのかキョロキョロと周囲を見渡す。


「ギガンドウリムだ……なんでこんな平地に下りて来たんだ」


 ネーヴェの兵が青い顔で巨人の名前を呟く。


「ギガントウリム?」


 グランツを取り込み翼を生やしたセシリアが、ネーヴェ兵の言った名前を復唱したとき、ギガントウリムはセシリアを見て舌舐めずりをする。


「お前、綺麗な女だな。おで、聖女探してる。でも、その前につまみ食いする。腹減った」


 ギガントウリムの話す内容は、彼のガラガラ声も相成って不快感をセシリアにもたらす。


「その聖女が私なんですけど」


 自分に興味を向けるためあえて不機嫌そうに言うセシリアに、ギガントウリムは岩の体に生えた苔や草の生えた腕をアゴに当て、ゴツゴツの肌を指で掻くと岩の奥にある黒目しかない目を大きくする。


「丁度いい。おで聖女食う。魔王助かる」


「なんの話をしているのです? あなたは魔王のためにここに来たと言うのですか?」


 セシリアの問にギガントウリムは、首を傾げ考える素振りを見せるがおもむろに拳を握ると勢いよく振り下ろす。


「意思の疎通に苦労しそうな相手ですね。ですが色々と聞きたいことがあります」


 影を伸ばし、後方に大きく下がって拳を避けたセシリアが聖剣シャルルを構える。


 だがセシリアの前に、巨大化した魔剣タルタロスを構える魔王が立ちギガントウリムと対峙する。


「どこの魔族かは知りませんが、勝手なことを言わないでもらえませんか。わがはいとは初めて会うはずですが」


「聖女が魔族倒すとおでの食い物減る。魔王が負けると人間、エサ持って来れなくなる。だから魔王の味方する」


「話の通じない方のようですね」


 魔王が魔剣タルタロスを握り構えるのを見てギガントウリムは身を屈めいつでも飛び掛かれる体勢を取る。


「なんだ? おでとやる気か。ちっと魔力が大きいからって、生意気」


 ごおおっーっと谷間を抜ける風が起こす音のような唸り声を、ギガントウリムが上げると全身に魔力をまとう。

 魔力に対して敏感でない人間にも圧として襲いくる魔力をギガントウリムが見せる一方で、魔王が静かに魔剣タルタロスを強く握るとそれを上回る魔力をまとう。


 巨大な二人が見せる凄まじい魔力に人間たちは立っているのもやっとの状態で、今にもぶつかり合いそうな状況をしかめっ面で見守る。

 そんななかにあっても翼を畳み、髪を激しくなびかせながらも影に支えられ凛と立つセシリアが、聖剣シャルルを握り一歩前に踏み出すよりも僅かに吠えるギガントウリム先に魔王に向かってしまう。


「ちょっと待って!」


 セシリアの制止する声を無視し、魔王に向かって突進してくるギガントウリムに魔王の振るった一撃がギガントウリムの胸元を斬り裂く。


「せめて苦しまないように一瞬で終わらせます」


 胸を切られ後ろに倒れるギガントウリムに剣先を向けた魔王が突きを放ち、魔剣タルタロスの剣先が胸に食い込んだ瞬間、真横に走った魔力がギガントウリムを貫く。


 魔王が魔剣タルタロスを引くと一瞬の静寂を経て、ギガントウリムの体がバラバラと崩れただの岩が積み上がり山を作る。


「これで──」


 魔王が魔剣タルタロスを鞘に納め、セシリアの方を振り返る。


「口封じだ……都合が悪いからやったんだ」


「そ、そうだ。本当は聖女様を亡き者に、いや恩を売って自分に有利に事を進めるつもりかもしれないぞ」


 一部始終を見ていた兵の一部が口々に騒ぎ始める。その騒ぎは段々と伝染していき兵たちが口々に魔王の行動を非難し始める。


「聖女様! しょせん魔族と会談など無理なのです。今すぐ魔王討伐を!」


「そうだそうだ! 聖女様お願いします!」


 矢継ぎ早に上がる魔王討伐の声に困惑するのはセシリアだけでなく、魔王も同じであり自分に向けられる悪意に困惑した様子で周囲を見渡す。


「わがはいはそのようなことはしていません」


「く、口ではなんとでも言える。聖女様との会談も初めからこうするつもりだったんだろ」


「なんて卑怯なヤツだ。魔王なんて図体がでかいだけで、やることは小さいんだな」


 魔王の言葉に暴言を吐き続ける兵たちに反応したのは、メッルウたち三天皇である。


「今の言葉取り消せ! 貴様ら人間が魔王様を愚弄するなと許さんぞ」


「こっちが大人しくしてりゃあ調子に乗りやがって」


「……口がきけなくしてやろうか」


 それぞれが臨戦態勢を取ると、兵たちも負けじと声を上げる。


「本性を現したぞ! 聖女様早く討伐を!」


「こいつらを討伐してくださいお願いします!」


 次々に浴びせられる懇願の声に焦るセシリアの頭に声が響く。


『セシリア落ち着け。これは、はめられたかもしれん。騒ぎを誘導している者が兵のなかに紛れ込んでいる可能性がある。まずは双方を落ち着かせるため声を上げるんだ』


 聖剣シャルルの声で落ち着きを取り戻したセシリアが、声を上げようとしたとき一人の兵が叫ぶ。


「今こそ魔族を根絶やしに! 島に追いやっただけではこいつらはしぶとく生き延び我々に復讐のチャンスを狙うんだ。徹底的に潰すしかない! 魔族であれば子供とて容赦はしないぞ!!」


 この声に赤い目を鋭く光らせた魔王が叫んだ兵の手を闇で掴む。


「わがはいの同胞を傷つける者は許しません」


「な、なにが許しませんだ。ひっ、ど、同胞じゃなければすぐに切り捨てやがって、ふ、ふう……お前だって多くの人間を消し去ったくせに。この残虐で無能な魔王め!!」


「口を慎めぇぇぇっ!!」


 翼を広げ宙を飛ぶ切れたメッルウが炎の剣を叫んだ兵に振り下ろす。


「メッルウさん!」


 魔王が叫ぶが間に合わないと踏んで、拳を握ると闇が叫んだ兵を飲みこみ消し去ってしまう。そしてメッルウの剣は空を切る。


「メッルウさん、落ちついてください」


 息の荒いメッルウをたしなめる魔王だが、それよりも悲鳴に近い叫びが上がる。


「魔王が攻撃してきたぞ!! やれ! やらなければやられるぞぉぉ!!」


 混乱を極める状況に魔王に向かってくる兵たちの足を闇の水溜まりで沈め、足止めすると同時に口を闇で塞ぐ。


「待ちなさい! いたずらに混乱を招く発言は控えて!!」


 セシリアが魔王の前に立ちながら叫ぶ。


 聖剣シャルルを構えるセシリアと、魔剣タルタロスを抜いた魔王がにらみ合う。


「聖女セシリア様も同じ思いでしょうか?」


「いいえ、ですがまずは拘束している兵を解放してもらえませんか?」


「それはできません。彼らは放置すると好きかって声を上げお話どころではありません。この状態でも会談は可能です」


 にらみ合う二人に拘束されていない兵が叫ぶ。


「魔族と会話なんて無理です! 聖女様、やってください!」


 声を上げた兵に伸びる闇をセシリアが払う。


「やめなさい。これ以上の行動はあなたを貶めるだけです」


「聖女セシリア様は、あくまでも人の味方と……」


 聖剣と魔剣が同時に唸り声を上げ凄まじい勢いで魔力を集め始める。


『シャルルやってくれたな! これだから智剣(ちけん)はずる賢くてやだねっ』


『なにがやってくれただ、周りをよく見ろ! 昔からすぐに頭に血が上って周りが見えなくなる脳筋が』


 二人の声が響くなか、セシリアと魔王の剣がぶつかる。その衝撃で弾ける紫と黒の光は、周囲にいる者を吹き飛ばすほどの暴風を引き起こす。


 数回打ち合うが魔王自身は自分の力で振るのに対し、セシリアは聖剣シャルルとアトラの補佐で振るうゆえ、二、三回ほどで限界がくる。


 素早く魔王の足に影を伸ばすと、そこを中心にして聖剣シャルルの魔力を地面に向け噴出し宙に浮いたセシリアが魔王の背後から斬りかかる。


 だが空中に闇が浮かぶと、聖剣シャルルを掴みセシリアごと引っ張って、魔王は大きな手を広げセシリアを掴もうと待ち構える。


『くんなくそっ! なのじゃ!』


 セシリアの腕を這った影が聖剣シャルルと闇の間に入り込みと、中で回転しアトラの気合の入った声と共に闇を振り払う。


 弾け飛ぶ闇を見て遠くから見ている人立ちは闇を祓う聖女への期待を、メッルウたちは驚きの声を上げる。


 翼を広げ空中でバランスを取ったセシリアは、魔王の足目掛け聖剣シャルルを振り下ろすが、魔剣タルタロスがそれを受け止める。


 交差したまま再び聖剣と魔剣が魔力を集め始める。


『セシリア、我よりもタルタロスの方が魔力を集めるスピードが速い。一旦引く!』


『させねえっての!』


 セシリアが聖剣シャルルを引くよりも先に、魔剣タルタロスが魔力を噴射し強引に振り抜く。


「まずいっ!?」


 ガードしたまま体ごと吹き飛ばされたセシリアが翼を広げ空中でブレーキを掛ける目の前で、魔王の手のひらのある闇を球体を見て叫ぶ。


「なぜ人間はわがはいたちのこと知ろうとしない。わがはいたちを誰もが恐れさげすむ。

 もう、わがはいの邪魔をする者は消えてしまえばいいんです」


 一層大きくなった闇の球体を、魔王が庭園に集まっている人たちへ向かって投げる。


 存在を広げながら飛んでくる闇の球体は、逃げまとう者、恐怖で座り込む者誰しもに等しく落ちてくる。


 全てを飲み込む闇が落ちてみなが飲み込まれる、そう思った瞬間紫の光が闇とぶつかり火花のように散り地上に降りそそぐ。


「こ、このまま押さえきれる?」


『いいや、かなりキツイぞ。グランツ、お前の体は持ちそうか』


『二分……いえ五分は持たせます……』


 苦しそうに会話するセシリアと聖剣シャルルに、いつも白い翼の先端を紫に染めて魔力を放出しセシリアを空中に浮かすグランツは息も絶え絶えと言った感じで返事をする。


『シャルル先輩、わらわに魔力をわけるのじゃ! この黒いのに一番触れれるのはわらわじゃからな!』


『……無理はするな、だが頼む』


 セシリアの腕を這った影が紫の光を帯びると、聖剣シャルルの刀身で渦を巻く。光を持った影は闇を削り始め、空中に闇が散る。


『アトラ一瞬だけ魔力を上げるから耐えてくれ! セシリアはそのタイミングを合わせて振り抜け。グランツも落ちないようにバランスを取ってくれ』


「わ、分かった!」

『任せるのじゃ』

『ええ……』


 四人が息を合わせ、影をまとった聖剣シャルルを振り抜く。一瞬大きく光輝いた影が大きな渦となり、落ちてくる闇を削りながら払う。


 セシリアたちが切り裂いた切れ目から闇の球体は弾け散ると、ハラハラと雪と混じり地上へと降りそそぐ。


 ふわふわとした白と黒の小さ塊が地面に落ちては消えていくなか、地上に降りたセシリアが魔王をにらむ。


 巨大な闇切り裂き破壊した聖女セシリアに、称賛する声が上がり場が湧き立つ。

 そんな様子を気にすることもなく、魔王はセシリアのみ一点を見続ける。


「聖女セシリア様は、みんなの希望……希望があるからすがって、わたくしたちを攻撃してくる」


 そう呟いた瞬間、セシリアの足に闇が巻き付く。


「しまった!?」


「闇は消えません。ずっと側にいますから……」


 セシリアが闇が巻き付いていく足を引っ張ろうともがくが、闇は徐々に侵食していく。


「死ぬことはありません。ただ永遠に保管されるだけ。こちらの世界が片付いたら出して差し上げます。その時まで静かに眠って下さいね……セシリアお姉様」


「やっぱり、あなたはっ!!」


 魔王の言葉に反応するが、聖剣シャルルも闇に包まれ動けなくなったセシリアは後ろを振り返る。


「少しの間ここを離れることになりそうです。申し訳ないですが留守をよろしくお願いしますね」


 ボルニアやロック、ミルコを始めとした兵たちの前で微笑んだセシリアが闇に包まれ消えてしまう。


「て、撤退だ! 引け! なりふり構わず逃げろ!! セシリア様のためにも逃げるんだ!」


 ボルニアの叫びに近い撤退命令に、呆然としていた兵たちは我に返り全力で魔王のもとから逃げ出すのであった。

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