第155話 ネーヴェ会談
魔王から届いた返事の手紙の文字がとても可愛らしいことに、なんとなく誰が書いたか確信を持ちながらセシリアはヴェルグラ、グレジルの二国を経由してネーヴェ王国の王都へと入る。
いつもであれば聖女セシリアを一目見ようとする人たちや、声援に包まれるのだが街道にまばらに集まった人たちは何かに隠れるようにしてセシリアの乗る馬車を見ている。
その目はセシリアに、この状況から救ってくれと懇願する気持ちであふれている。目が合うとすがるような気持ちを感じセシリアの心に重くのしかかってくる。
城門を越えると、城へと続く大きいな庭園がセシリアたちを迎える。馬車から降りたセシリアにラベリとお世話係の人たちがファーの付いたコートを着せ、ミトンの手袋をはめる。
「魔王との会見の場は庭園となっています。事前に入手した見取り図によりますと、四方が開けており警備の面からするとあまりよろしくない地形です。十分気を付けて下さい」
「分かりました。ボルニアさんたちも決して無理はなさらず、引くときは引いて下さい」
馬車から降りたセシリアと最終確認をしたボルニアたちは、魔王の待つ庭園へと向かう。
ヒラヒラと小さな雪が落ちる庭園に咲く、真っ白な花はスノードロップと呼ばれ、雪をその身に受け凍えるどころかより凛とし咲き誇って城へと真っ直ぐ延びる。
白い息を吐きながらスノードロップの道を歩くセシリアは、庭園の中央に立ち漆黒の鎧に雪を積もらせる魔王の存在に気づき近づくと足を止める。
「寒くありませんか?」
「この体では寒さは感じないので、それよりも聖女セシリア様こそ寒くありませんか?」
魔王の質問にセシリアは微笑む。
「すごく寒いです」
白い息を吐きながらハッキリと答えたセシリアを、魔王が赤く光る目でじっと見たあと口元を押えクスッとセシリアにしか聞こえない声で笑う。
「正直に答えるのですね。本当は室内で会談を行いたかったのですが、ネーヴェはわがはいの属国ということで王が滞在する王座の間は使うのは、はばかれますし何よりわがはいが大きくて入れる場所がないのです」
「別にどこでも構いませんよ。大切なのは魔王様と私が話すことなのですから」
身長約五メートルもある巨大な体の魔王が、頬の辺りを指で掻きながら申し訳なさそうに言う姿が可笑しいのもあってセシリアは笑みを浮かべ答える。
「会場には火も焚いていますし、ここよりは温かいはずです。どうぞこちらへ」
魔王にエスコートされセシリアは会場へと向かう。会場には雪の中でも青々しい蔦と葉を茂らせ、透明感のある青い花を咲かせるブランブルーと呼ばれる植物が木で格子状に編まれ四本の支柱で支えられる、日本で言う藤棚に巻き付き空から降る雪を防いでくれる。
中央に置かれたテーブルと巨大な椅子と普通の椅子が二つ、周囲には植物を焼かないように配置された松明が灯りと暖を同時にもたらしてくれる。
「お久しぶりです」
会場を護衛する三人、メッルウ、オルダー、ザブンヌにセシリアが声を掛けると三人とも会釈して応える。
「どうぞこちらへ」
席へ案内してくれたリザードマンにお礼を言ったセシリアが席につくと、獣人の女性がカップを運び、別の鬼の男がお茶をカップへ注ぐ。
注がれたお茶を見て動こうとしたボルニアをセシリアが手を広げ制すると、お茶を口にする。
「美味しいです。それにとても甘いです。ハーブの一種ですか?」
「ええ、わがはいたちが住んでいたフィーネ島で育てていた、ドゥーシュクレの葉を煎じたものです。聖女セシリア様のお口に合って嬉しいです」
手を叩き喜ぶ魔王に微笑んで応えるセシリア。そしてしばしの沈黙を経て先にセシリアが口を開く。
「もっとゆっくりお話ししたいところですが、何点かお聞きしたいことがあります」
セシリアの一言で外の冷たい空気と相成って、空気が張り詰め緊張感が全員に走る。
「先日のグラシアール、ファーゴ、ベンティスカの実力による支配についてです。もちろんその背景が、人間側が魔族を傷をつけたことが原因だと言う事実は把握しています」
黙って聞く魔王にセシリアは言葉を続ける。
「魔族を人質にした人間側の行為は許されることではありませんし、魔王様たちが仲間を救うために行動を起こしたことに関しては理解できます。ですからその被害ついて今は置いておくとして……」
セシリアは魔王をじっと見つめ、魔王もまたそれに応え見つめ返す。
「今後魔王様は各国を支配しながら進むつもりですか? てっきり魔族の故郷であるフォルターへと向かっているのだと思っていたのですが」
「聖女セシリア様はフォルターを御存じなのですか?」
魔王が目の輝きを強くし尋ねると、セシリアは首を横に振る。
「遊戯語を中心に文献からフォルターへの場所を探しているのですが、全くその場所が分からないのです」
それだけ言うとハーブティーを一口飲んだセシリアが、少し鋭い視線を魔王に向ける。
「それは魔王様方も同じなのですよね? だからニャオトさんをさらった」
「さらった? いえ、それは違います。わがはいはニャオトさんにお願いし了承を得てます」
声を大きくして答えた魔王に周囲の緊張感が増し、空気が一層冷たく感じるがボルニアたち人間たちの額には汗がにじむ。
「……では、仮にそうだとしてニャオトさんを私たちのもとへ返していただけませんか?」
「申し訳ありませんがそれはできません。わがはいたちがフォルターへの道を探しているのを御存じでしたらその意味は分かりますよね?」
セシリアと魔王が互いに見つめ合い、訪れる静寂に雪がしんしんと降り地面に落ちる音が耳に響く。
「魔王様は疑問に思ったことはないのですか? なぜ文献にフォルターのことが記載されておらず、長寿の魔族ですらその存在を覚えている者がいないことを。
この間フレイムドラゴンと会話する機会がありましたが、彼もまたフォルターの名は知っていても場所は忘れたとおっしゃていました。三百年も前のこととはいえ、あまりにも情報が少なすぎるんです。まるでフォルターへ誰も行かせないようにする意志が働いているかのようだと思いませんか?」
静寂を破ったセシリアの言葉にやや前のめりになっていた魔王が座り直し、聞く姿勢を見せたことで僅かに空気が和らぐ。
「フォルターへの道を阻むもの、それがなんなのか原因究明も含め、お互い協力してフォルターへの道を探ることを提案したいのですが、いかがでしょう?」
「協力して……ですか」
「ええ」
二人が見つめ合い穏やかな空気が周囲を包み始めたとき、セシリアたちがいる庭園から少し離れた場所で爆発が起きる。地面は揺れ、もうもうと上がる煙のなかに巨大な影が人間の兵を払いながら突き進んで来るのが遠くからも確認できる。
「魔族の攻撃だぁ!!」
悲鳴に近い兵たちの叫び声にセシリアが魔王をにらむ。
「いえ、わがはいたちはそんなこと……」
焦る魔王から視線を外すとセシリアは聖剣シャルルを抜く。
「どの道このままでは会談どころではありませんから、一先ずこの騒動を治めてから話は聞きます。みなさんサポートをよろしくお願いします!」
ボルニアたちが返事をし、爆発のあった方へと走り去る。残された魔王は赤い瞳を揺らしていたが、セシリアの去った方をにらみ立ち上がり魔剣タルタロスを手に持つ。
「わがはいたちも行きます」
メッルウたちも返事をし魔王と共にセシリアたちのあとを追う。




