第154話 聖女の選択
ペイサージュ王国の一室でセシリアはまとめられた報告を聞かされる。
「グラシアール、ファーゴ、ベンティスカの三国が完全に魔王の手に落ちました」
完全にとは、今まで魔王は自由に人を住まわせ共存する姿勢を見せていたのだがこの度の騒動で三国の城と国の中心の施設を破壊。
抵抗する人を全て消し去る、文字通り闇に沈めていくという行為に出て、共存ではなく魔族による支配が行われ始めたこと意味する。
「今回の騒動の発端は魔族を人質に取ったことだと聞いてますが、王たちの指示によるものだったのですか?」
「宣戦布告したベンティスカ王国は王が関わっていますが、グラシアール、ファーゴは首相、王ともに軍の関係者から反逆者として捕らえられた上で、三国合同の人類解放軍として今回の行動にでたようです」
セシリアの質問に報告担当の兵は素早く答える。「そうですか」と返事をして考え込むセシリアに代わり、隣に立つボルニアが口を開く。
「三国に住む人たちの扱いはどうなっている?」
「各国から避難した人たちによれば、抵抗さえしなければこれまで通りの生活は保障すると言われ国から出るか残るかを選択できたそうです。
ただ今までいた軍は全て解体され、国政も魔族主導で行うことが決定した上ですが、それでも残る人も多いようです。別の土地に行く宛もなければ、生活の基盤を築くのも大変ですし抵抗さえしなければ生活は保障されるわけですから、この判断も致し方ないかと」
「逃げたところで、魔王軍が攻め込んでくればまた混乱に巻き込まれるわけだ。それよりは大人しく魔王の言うことを聞いてれば命の保証はされるわけだからな。現にネーヴェ王国は改めて完全に無抵抗の意志を見せ、国を明け渡したことで被害が出てないのだから尚更だな」
ボルニアの言葉に報告担当の兵は大きく頷く。
「それよりもだ」
ボルニアはため息をつきながら、セシリアを見て額を押える。
「被害にあって逃げ出して来た兵たちが、聖女セシリアに魔王討伐を急げと騒ぐのをなんとかしないとな。自分たちで騒動を起こしておいて勝手なことだ」
「確かに魔王を刺激しなければ今回のようなことは起きませんでしたが、身近に魔族がいることに恐怖を感じ限界だったのでしょう。急ぎ北へ向かい魔王討伐へ向かうのが正しい選択だったのかもしれません」
苛立った表情をするボルニアを宥めるようにセシリアが会話に割って入って来る。
「セシリア様は魔王討伐へ順調に向かっていました。その道中で魔族による妨害があり、その被害の復興まで成して国に混乱が生じないようにしてきたセシリア様を責めることなど断じて許されることではありません!」
声を大きくして必死に訴えるボルニアにセシリアは微笑みを見せるが、どこか疲れたような表情にボルニアの表情も曇る。
「魔王は魔族の故郷であるフォルータへと真っ直ぐ向かうものだと思っていました。私たちが北上すればいずれぶつかり魔王と対峙する予定だったのですが、魔王たちは南下をせずに各国にある遊戯語の資料を収集。挙句、解読するために遊戯人であるニャオトさんを拐う……」
「魔族たちも自分たちの故郷が分からないと、そういうことですか」
セシリアの言葉にボルニアが続くと、セシリアは大きく頷く。
「ここまで通常の文献も含め遊戯語の文献にもフォルターのことが記されていません。
さらにはこの大陸で一番長く生きているフレイムドラゴンのフォスさんも、ど忘れしたと言ってフォルターの場所は分からずじまいです」
そこまで話したセシリアは聖剣シャルルを抱きしめ、目をつぶって小さくため息を吐く。
「私たちが通って来た道、そして魔王が進んできた道にフォルターがないのだとすれば、考えられるのはミストラル大森林です。東のルートを進行中のジョセフさんとニクラスさんからの報告はどうなっていますか?」
セシリアに尋ねられた報告担当兵の顔が僅かに強張る。
「それが、四日前から連絡が途絶えているとの報告受けています。セシリア様がおっしゃるミストラル大森林向かうところまでは定期連絡が行われていたのですが、そこから突然消え、アイガイオンから送った定時連絡用のペレグリンも行方不明になっているとのことです」
この報告にセシリアが目を大きく開き驚きの表情を見せる。
「北上して魔王を討伐に向かうか、ここより東にあるロワンター川を越えミストラル大森林にジョセフたちを捜索に行くか選択しなければなりませんね」
ボルニアの言葉に目をつぶり考えるセシリアの表情は、眉間にしわを寄せ心の葛藤を映す。
「一度北へ向かいましょう。ジョセフさんたちのことは気になりますが、私たちの目的は魔王の討伐、もしくは共存の道を探すことです。彼らも五代冒険者ゆえ無事であると信じましょう」
セシリアの言葉にみなが小さく頷く。
「ただ闇雲に向かって行ってはいたずらに争いを激化させるだけです。なので魔王と対談いたします」
「魔王と対談ですか!?」
驚くボルニアたちにセシリアは大きく頷き、言葉を続ける。
「ええ、一度対話を試みてみましょう。今までは魔王を未知の存在として慎重に距離を測っていましたが、先日の三天皇であるメッルウさんと共闘から、人間と魔族はお互い協力しあえることが分かりました」
「ですが魔王は三つの国を支配し多くの人間が犠牲になったと聞いています。そのような相手に対話が可能でしょうか?」
ボルニアの言葉に周りの兵たちも同意する様に相づちを打つ。
「魔王の力が強大であれば尚更です。真正面から向かって犠牲が出るよりも、対話で解決できるのでしたらそれに越したことはありません。それに今後討伐することになったとしても、相手を知ることは無駄にはならないはずです」
セシリアの真剣な眼差しを受け、しばらく黙っていたボルニアがゆっくり口を開く。
「分かりました。魔王との対話の方向で調整いたします。ただ、断られることや、もしくは接触を試みたことで宣戦布告されるなどの可能性も考えられます。どのような対応を迫られるのか未知数なところも大きいので、ご理解をお願いいたします」
「はい、ボルニアさんたちにはいつも苦労を掛けて申し訳ありません」
「いいえ、セシリア様のためですからこれくらいなんてことはありませんよ。それに魔王と正面から戦えるのも、対話できるのもセシリア様しかいないのですから我々の方こそセシリア様に頼りっぱなしで申し訳ありません」
そう言って笑顔を向け、兵たちに指示を出すボルニアにセシリア頭を下げてお礼を言う。
(思わぬ形で魔王と接触する羽目になったけど、これを乗り切れば魔王の脅威から脱することができるかもしれないし、頑張ろうっと!)
魔王との対話に大きな不安を感じながらも、明るい望みを持とうと、セシリアは聖剣シャルルを抱きしめ自身を奮い立たせる。