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第153話 魔王を魔王と、聖女を聖女とたらしめるもの

 巨大な漆黒の鎧に身を包むドルテは目をつぶり考える。


「魔王様、このまま人間どもに好き勝手やらせるわけにはいきません! 乗り込んで人質を救い出しましょう」


 ザブンヌが黙ったままの魔王に訴える。


「……私もザブンヌと同意見です。事前の計画通り人間どもは殲滅させていくのがよろしいかと」


 オルダーも続き魔王に訴えかける。漆黒の仮面にある赤い目の輝きが増した魔王がやや下に向けていた顔を上げるとオルダーを見る。


「人質が捕らわれている場所は把握できましたか?」


「……はい。レイスたちにより侵入を試み、人質たちは三か所に分けられていることは把握しています。おそらくリスクの分散が目的かと思われます」


 オルダーの報告を聞いた魔王は静かに頷く。


「わがはいたちの目的はあくまでも故郷フォルータへ帰ること、人間への復讐などは考えてはいませんでしたが、仲間を傷つける行為は到底許されるものではありません。いいでしょう、わがはいも手心を加えるのはやめましょう。ただ、命を奪う必要はありません。それよりも永遠に後悔をしていただきましょう」


 ゆっくりと立ち上がった魔王の放つ膨大な魔力の前にザブンヌとオルダーがひざまずく。


「これより三か所同時に攻撃を仕掛け人質を救い出します。そして人間は全員を捕らえおいてください。わがはいたちへ攻撃を仕掛ける人々に教える必要があります。人に危害を加える者の末路がどうなるかということを」


「「はっ!!」」


 いつも以上にドス黒い魔力を放つ魔王がひざまずく二人を真っ赤に光る目で見下ろす。真っ赤な瞳に宿る今までに見せたことのない怒りを感じ、ザブンヌとオルダーは直視できず思わず視線を下へ逸らしてしまう。


 恐怖を感じるとともに魔王の見せる本気の姿にどこかで期待を寄せる二人であった。



 ***



 王都ファーゴの西に位置する食料を備蓄する倉庫の一角を改造し、急ごしらえの牢に魔族たちを捕らえる。

 戦闘に特化した魔族たちは武器を取り上げられた挙句、鎖で縛られ身動きを封じられる。さらには戦闘経験のない魔族たちを人質とすることで抵抗する意思を削ぐ。


 縛られ天井から吊るされた獣人の女性に魔力の宿る剣先を向け、女性が恐怖の表情を浮かべるのを見て人間の男は醜い笑み見せる。それを牢に閉じ込められた鬼の男は悔しさで顔を歪める。


「隊長! 周囲をアンデッドの群れが囲んでいます!!」


 一人の兵が慌てて獣人の女性に剣を向けてニヤニヤしていた男に報告をする。


「ちっ、魔王が動いたってことか。だがこっちには人質たちがいる。慌てることはない」


 少し緊張した表情を見せながらも、吊るされた獣人の女性を見上げニンマリと笑う。


 だがそれは突然だった。倉庫の扉ごと空間が切れる。


 意味の分からない現象だが、空間に切れ目が入り、その切れ目が広がると空間にあった空気が外側に向かって猛烈な風となり吹き荒れる。


 牢に捕らえられた魔族たちは鉄格子に引っ掛かり飛ばされずに済むが、牢の外にいる人間たちは全員が倉庫の外側に向かって飛ばされ床や天井、壁に衝突し風に押えつけらえ張り付く。


 天井から吊るされていた獣人の女性を支える、天井部の滑車に斬撃が走り破壊され、獣人の女性は風に飛ばされてしまうがそれを鎧の腕が受け止め抱き寄せる。


「オ、オルダー様!!」


 自分を抱きしめた人物を見て獣人の女性が歓喜の声を上げる。それにオルダーは黙ったまま頷き答える。そして黄色く光る目が見つめる切れた空間は、再び元に戻ろうとし始め、空気を集め始める。


戻ろうとする空気によって、飛ばされた人間たちは今度は中央へと集められひとまとめにされてしまう。


「……ここにいる人質は全員か?」


「は、はい!」


 獣人の女性の返事を聞いて頷いたオルダーが剣を鞘に納める。


「……人間どもは捕らえ全員ファーゴ城の広場に集めろ。念のために周囲の捜索と、この男を使って他の人質がいないか聞き出せ」


 オルダーがさっきまで獣人の女性に剣を向けていた、隊長と呼ばれた男を摘まみ上げると乱暴に地面に投げる。


 ゴーレムに乱暴に掴まれた隊長の男が目を覚まし、悲鳴を上げながらゴーレムに連れて行かれる。


 オルダーは牢の鉄格子が破壊され助け出した魔族たちに囲まれ感謝の言葉を受けながら、黄色く光る目を細め何度も頷く。



 ***



 ファーゴ城より北側にある家畜を飼うための納屋を改造した牢の周囲を囲む、鬼やオークが地面を踏み地面を揺らす。その周囲では松明を持ったゴブリンたちが声を上げ納屋にいる人間の兵たちに圧を掛ける。


「こっちには人質がいる。現に脅すだけで、手は出してこないではないか」


 鬼やオークたちの足踏みによって揺れる納屋にいて、額から噴き出した汗拭いながらこの納屋の牢を守る兵の隊長が、誰が見ても分かるやせ我慢な笑いをしながら不安がる兵たちを必死になだめる。


 だが、その不安を煽るかのごとく地面が一際大きく揺れると、納屋の床が大きく盛り上がりそして破裂する。


 その衝撃で多くの兵が吹き飛ばされるなか、地面に空いた穴から飛び出てきたザブンヌが、近くに立って動けない兵を掴むと放り投げる。

壁に叩きつけれた兵は気絶し、力なく地面に伏せる。人が軽々と投げられる、そのシンプルながらもどんな防具や盾も意味を成さない攻撃を前に成す術なく兵たちは投げられ壁や地面に叩きつけられていく。


 ザブンヌに恐れをなした兵たちは逃げ出す者、武器を振り上げ向かう者、ただ呆然と立ちすくむ者とに分かれるが、どの選択をしてもザブンヌに一人残らず捕らえられ叩きつけられてしまう。


 動かなくなった人間たちの間をゆっくりと歩くザブンヌは、牢の鉄格子を引きちぎって、捕らえられた魔族たちを救い出す。


「俺たちの魔王様がお待ちだ。人間共を全員連れて行け」


 魔族を捕らえ無理矢理牢へと連れてきた兵たちは、今度は魔族に捕らえられ同じ道を無理矢理歩かされ連れて行かれることとなる。



 ***



(異世界に来て牢に入るのは何度目だろう)


 ニャオトはファーゴ城の地下牢でそんなことを考えてしまえる、非常事態だが自分自身の呑気さに呆れてしまう。


「ダイジョウブ?」


 ニャオトは隣でスカートをギュッと握り震えるイーリオに声を掛ける。


「だ、大丈夫……です。ニャオト様は、その、冷静なのですね」


 震えた声で答えるイーリオにニャオトは首を横に振る。


「レイセイジャナイヨ。タダ、ドンナジョウキョウデモ、セシリアガ、タスケテクレル。シンジテル」


「セシリア様って聖女と呼ばれている方ですよね?」


 ニャオトが頷くとイーリオは強張っていた表情を少し和らげる。


「ニャオト様はセシリア様のことを信じているのですね」


「ウン、ツヨクテ、ヤサシイヒト」


「前にもちょっとだけ話しましたけど、私のお姉ちゃんも凄く優しくて強いんですよ。ちょっとドジですけど」


 そう言いながら姉であるメッルウを思い出したのかイーリオの顔がほころぶ。


「おい! そこのガキうるさいぞ!」


 牢の前に立つ見張りの兵が乱暴に鉄格子を叩き怒鳴る。その声に思わず目をつぶるイーリオを、ニャオトが前に出て庇う。


「なんだその目は? っておい足が震えてるじゃねえか。おい見ろよあいつ──」


 怒鳴った兵が足を震わせるニャオトを見て声を出して笑うと、隣の仲間に声を掛けるがその表情は一転、恐怖で引きつったものとなる。


 目の前で、仲間を黒い闇が一瞬で包んで消え去ってしまう。あとには手に持っていた槍だけが残り、力なく倒れると地下牢に虚しい音を響かせる。


「ひっ!?」


 怒鳴った兵の手を闇が握ったかと思うと、天井から闇が染み出て来て、ポタポタと地面に落ち黒い闇の水溜りが出来る。水溜りが小さく揺らぐと波紋が生まれ、その中心から巨大な顔が姿を現す。


「「「魔王様!!」」」


 漆黒の鎧を見た魔族たちが口々に喜びの声を上げる。先ほどまで震えていたイーリオもニャオトの前に出て来て魔王の名を呼ぶ。


 地面から胸元までを出した巨大な漆黒の鎧をまとう魔王は、真っ赤に目を光らせ大きな手で兵を掴むと自分の目の前に連れて来る。


「人を傷つけることがそんなに楽しいですか?」


 丁寧な言葉遣いだがそんなことよりも、地獄の底から響くような声に威圧された兵は歯をガチガチ鳴らしながら震え上がる。


「深い闇の中で永遠に反省してください」


 魔王に体を掴まれたままの兵の体に闇が広がっていくと、足をばたつかせる兵は引きつった顔のまま闇に包まれ消えてしまう。


 闇に体を沈めたままの魔王が鉄格子を掴むと、まるでゴムでも伸ばすかのように鉄格子をいともたやすく広げ捕らえられていた魔族たちを救い出す。


「城には誰もいませんから落ち着いて外へ避難してください」


 魔王の指示に魔族たちは素直に従い、城の外へと向かって歩き出す。


「魔王様ありがとうございます」


 笑顔で頭を下げるイーリオの隣にいるニャオトも一緒に頭を下げる。真っ赤に光る目を僅かに和らげ頷く魔王に声を掛けようとしたニャオトに対し、魔王が人差し指を立て自分の口元に置く。


 それが何も言うなと言うことだと悟ったニャオトは素直に頷いて魔族と一緒に城の外へと脱出する。


 ニャオトたちが外へ出るとファーゴ城の広場にお互いの無事を喜ぶ魔族たちと、青ざめた顔で体を震わせながら手足を縛られ両膝をついて座らされる人間の兵たちが綺麗に整列させられている光景があった。


 その周囲にはオルダーとザブンヌの率いる魔族の軍が囲んでおり、それが逃げることが出来ないのだという一層の絶望感を人間の兵たちに与える。


 一部の人間を除いて人間は魔族ほど魔力を敏感に感じることはできない。それゆえに膨大な魔力を前にすると目に見えない威圧感と恐怖として感じることになる。


 地面から湧き出て来た黒い闇と共に姿を現した魔王が放つ魔力の圧は、魔王の大きさと相成って重く()し掛かってくる。


「人間たち、あなた方がわがはいの仲間を傷つけたこと決して許しません」


 さらに胃がひっくり返りそうになるほどの重圧的な声に、直視したら頭が吹き飛びそうになるほどの眼光を受け、泣き出し嗚咽(おえつ)する者まであらわれる。


「人間に危害を加えるつもりはありませんでした。もしかしたら仲良くやれるのではないかそんなことも思いました。ですが、あなた方がわがはいたちに危害を加えると言うのであればお互いの立場を明確にする必要があります」


 魔王が手に腰に付けていた魔剣タルタロスの柄を摘まんで抜くと、魔剣タルタロスは巨大化し魔王の巨大な体にピッタリなサイズへと姿を変える。


 そして始まる、ただでさえ強力な魔王の魔力にプラスして、魔剣タルタロスが集めた魔力が上乗せされる魔力による暴力は、魔族たちでさえ立っているのが辛くなるほどである。


「ここにいる人間の半分は闇に沈んでもらいます。そして残り半分は今後わがはいたちに手を出すと、どうなるのかを目に焼き付け他の人間たちに伝えるのです」


 真っ赤な目の輝きを増した魔王が魔剣タルタロスを豪快に振り抜く。空気を切ると言うよりは空間そのものを消し去るほど豪快な漆黒の斬撃は、誰もいなくなったファーゴ城を斜めに切断する。

 なおも勢いを持った斬撃は空中で弾け、雪のチラつく青い空の一部を漆黒に塗りつぶす。


 斬撃が走ったあと、煙を上げ斜め半分だけ残し崩れていくファーゴ城を目の前にして言葉もでないのは人間に限ったことではなく、オルダーやザブンヌも含め魔族たちも魔王の圧倒的力を目の当りにして恐怖を感じてしまうほどである。


 そして、宣告通り無造作に人間たちに闇がまとわりつくと、おおよそ半分が悲痛な叫びを残し闇に飲み込まれてしまう。


「今後の関係をどうすべきか、理解できましたか?」


 残った人間達の方を振り向いた魔王が魔剣タルタロスを地面に突き立てると地面が大きく揺れる。目の前で城を斜めに切って崩壊させられ、仲間たちが闇に消えて行く様を見せ付けられ動けない人間たちに魔王は告げる。


「あなた方も消えたくなければ、早くこの場を立ち去りこの大陸中に知らせるのです。魔王とその仲間に手を出すことがいかに愚かなことなのかを」


 涙でぐしゃぐしゃの顔と、腰が抜けて動けない足を這って引きずり人間たちが散らばっていく様子を見る魔王の瞳が揺れる。


(聖女と呼ばれるセシリアお姉様ならどうされましたか? わたくしにはこれしか思いつきませんでした。自分が望む望まないではなく、やるべきことを実行する覚悟が導き手には必要なのだと、それがわたくしの答えです)


 魔王は必死で逃げる人たちを瞳に映しながらも、その向こうに聖女セシリアを見る。そしてこの惨劇を経験した兵、たまたま居合わせることとなった民たちは世間で噂される聖女という存在に、この恐ろしい魔王を討伐してくれと祈りを捧げる。



 ***



 突如空に弾けた漆黒の光は、遠くペイサージュ王国に滞在中のセシリアも偶然目にする。


(シャルルはタルタロスが放つ光で間違いないと言うけど……ドルテが何かしたのかな。すごく嫌な予感がする)


 今はもう消えた漆黒の光が弾けた遠くの空を見つめ、胸の奥から湧き上がってくる不安を押えるように、セシリは聖剣シャルルを抱きしめる。

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