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第151話 敗者は私のことを心に刻むのです

 フレイムドラゴンのフォスの顔が歪む。閉じたまぶたの下で、目玉が動いているのが外から見ていても分かる。


 覚醒のときが近いのを感じ、周囲を囲む人やメッルウ率いる魔族たちそれにピエトラとウーファーにも緊張感が走る。

 苦しそうに唸る声に思わず身構える者もいるなか、フォスの胸が大きく膨らんだと思ったら上半身を勢いよく起こし血走った目を大きく見開き、荒い呼吸に肩を激しく上下させる。


「はぁはぁ、わしはいったい……」


 胸を押さえて息を整えるフォスは、自分の目の前にセシリアが座っていることに気がつき血走った目でにらむ。


「おはようございます。一応怪我は治しましたけど、どこか痛いところはありませんか?」


「あ、ん?」


 フォスは自分の体を擦り、激しい戦闘の跡がないことに気がつきセシリアを凝視する。


「なぜわしを治した? お前はわしを倒しにきたのではないか?」


「いえ、最初から言っていますが私はフォスさんとお話に来ただけです。成り行きで戦うことにはなりましたが、命を奪うつもりはありませんから怪我は治してもらいました」


 セシリアの言葉に唸りながら起こした体を動かし座り直すと、あぐらっぽい姿勢でセシリアと向き合う。

 それを見て微笑みを見せたセシリアはゆっくりと口を開く。


「ここ最近フォスさんが活発に動いていることで、この大陸に住む人たちがフォティア火山の噴火の前触れではないかと心配しています。実際にはフォティア火山が噴火する前触れなのでしょうか?」


「なにを聞くかと思えばそんなことか。まずフォティア火山が噴火することはないと断言しておこう。詳しい年数は分からんが数百年ほど寝ていたわしは、ここ最近幾度かあったある魔力の高まりを感じて覚醒したのだ」


 フォスの言葉にセシリアは思わず自分が抱く聖剣シャルルを見てしまう。


「そう、聖女が持つその剣の魔力だ。昔、人と魔族が激しく争ったとき、その剣と同じ魔力がこの大陸で感じられてな。新たな争いを感じて目を覚ましたと言うわけだ、そこに現れた魔族どもを見て争いを確信したわけだが……」


 そこで言葉を切ったフォスはメッルウと周囲に並ぶ獣人をにらみ、そしてセシリアの周りにいる兵や冒険者、ピエトラとウーファーに視線を移し最後にセシリアを見つめる。


「思っていたのと随分違うようだ」


 戦闘中には見せなかった表情をするフォスは大きく息を吐きながら、手を後ろに付き体を反らすと空を見上げる。


「フォスさんが目を覚ました原因は、私の使う聖剣のせいだということですか?」


 不安そうに尋ねるセシリアを見てフォスは大きく首を横に振る。


「確かに巨大な魔力を感じ目は覚めたが、起きたのは何度もわしを勧誘するそこの竜人にイラついてな。今日は一段としつこいから二度と来ないようにしてやろうと思ったわけだ」


 再びフォスににらまれ、メッルウは下を向いてしまう。


「だがそのお陰で、思わぬ来訪者に会えたこと。そのことに関してはそこの魔族に感謝している」


 そう言ってフォスは体を起こしもとに戻すとセシリアを見下ろす。


「久しぶりに本気を出せた。わしに歯向かう者など久しくいなかったが、まさかわしが負けるとは思ってもいなかったぞ」


 ぐっふっふっふと愉快そうにフォスが笑うのに対して、セシリアは微笑み答える。


「私一人の力では成し得なかったことです。私は最後に聖剣を振っただけです」


「ほう、なんとも謙虚な答えだな。だが最後の一振りを放ち、それがこの戦いを決めたのだからこの勝利は聖女、お前のものだ。正直、他のヤツラの攻撃など効いておらんしな」


 フォスが、ぐふふふぅと笑いながらラファー、ピエトラとウーファーを見ると、ラファーたちは鼻で笑いジト目でめんどくさそうな視線を返す。


「そうだ、出会ってすぐに戦闘になったからな、改めて名を名乗らせてもらおう。わしの名はフォス。このフォティア火山を守るフレイムドラゴンだ」


「それでは私も改めて名乗らせていただきますね。セシリア・ミルワードと申します」


 リラックスした様子で地面に座ったドラゴンとスカートを摘まんで挨拶をするセシリアの姿に、先ほどまでの激しい戦いが嘘のように神秘的な雰囲気が漂う。


「ときに、セシリアはわしに何を求める?」


「求める? いえ、フォスさんがここ最近動いていた理由が分かればいいので、別に求めることはありません。いつも通り過ごして頂ければと思います」


「むうぅ……それではわしがただ負けただけではないか。こう見えても敗者としての美学は持っている。どのようなことでも甘んじて受けようではないか」


 別にフォスをどうにかしたいわけでないセシリアは、食い下がってくるフォスの態度に正直めんどくさ味を感じていた。

 どうしたものかと考えたセシリアは、ふと思い出し目を輝かせるとメッルウをの方を見る。


「メッルウさんが、フォスさんにお話があるようです。聞いてあげてください」


「ちょっと待て! あたしだってこの流れで、フレイムドラゴンに魔王様のため手伝ってくれないかと交渉できる状況でないことぐらいの空気は読めるぞ!」


 目を輝かせて見たセシリアの言葉をメッルウが怒りながら否定する。


「では、そうですね。このフォティア火山を見守ってもらえれば……」


「いや、それはもうやっている」


 即否定され、言葉に詰まってしまうセシリアの胸で刀身が揺れ、頭のなかで声が響く。


「えーっ、それ言うの? 別に増やそうとか思ってないんだけど……うん……分かったよ」


 セシリアが小さな声で呟き小さくため息をつくと、フォスの方を見上げ真っ直ぐな瞳でみつめる。それに対し緊張したような、どこか期待したような目でフォスはセシリアを見つめ返す。


「フォスさん、あなたは私のファンクラブに入会してもらいます。つまりあなたはファンクラブ七号になってもらいます」


 セシリアの宣言に反応したのはラフアーとピエトラ、ウーファーである。伏せていた体を起こし目を輝かせフォスを見る。


『つまりはフォスのおっさんが俺らの後輩になるわけだ』


『いいね、いいね。今日から旦那じゃなくて後輩君て呼ぶよ。うん、呼んじゃう』


『トカゲ―が後はーい。ふふふふー』


 上機嫌になるラファーたちをじっと見つめ、そしてセシリアを見たフォスは拳を握り体を震わせる。それが怒りからくる震えなのではないかも思ったセシリアは、外見は冷静を装って微笑んではいるが、内心は穏やかではなくこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったりする。


「なるほど、これが敗者に与えられる屈辱というやつか……ぐっふっふっふ」


 フォスが体を握っていた拳を胸に当て、可笑しそうに笑いだす。


「わしに敗北の味を教え、敗者としての苦渋をなめさせる……実にいい、いいぞ。長く生きていきたなかこんなにも悔しく屈辱を味わたことはない。そして自分よりも強者には従わなければいけないというあきらめ、だが心のどこかで感じている喜びにも似た感覚……。あぁ~これが敗北なのか……」


 勝手に感動し始めるフォスにホッとすると同時に、なんだかめんどくさい人だなと思い始めたセシリアにフォスが声を掛ける。


「ところでファンクラブとは何をすればいい」


「えっ、ああ。うん? えっといつも私のことを思って過ごしてくれればいいですよ……って、え?」


 よそ事を考えていたセシリアは突然の質問に焦り、頭のなかで(ささ)く聖剣シャルルの声のままに答えてしまう。


「ほほう、敗者として落とすだけでなく。セシリアに思いを馳せさせることで、常に勝者を心に刻めというわけだな。うむ、いいな。よしわしは聖女セシリアのファンクラブの軍門に下ろう」


 ファンクラブの軍門に下るってなんだ? そんなことを思いながら苦笑いをするセシリアの前でウキウキするフォスは、翼を畳み拳を握った右手を地面に付け頭を下げる。


「ここに宣言しよう。フレイムドラゴンのフォスは聖女セシリアのファンクラブに入り、いついかなるときもセシリアのことを思うことを誓おう」


 伝説のドラゴンが一人の小さな少女に頭を下げ誓いを立てる。のちに聖女とドラゴンの話として伝わる伝説の一幕に人間と魔族、魔物の歓声が上がる。


「聖女セシリア……なんてヤツだ。フレイムドラゴンをも軍門に下らせてしまうとは……。魔王様になんと報告すればいいのだ」


 人々が感動に湧くなか、今後のことを考えつつ聖女セシリアの底の知れなさに恐怖するメッルウが、頭を抱えながら微笑むセシリアをにらむ。


(なんかめんどくさいことになっちゃったな。別にドラゴンをファンクラブに入れるつもりなんてなかったのに。それにしても、フォスさんってなんて言うか敗者であることを楽しんでる?)


 流れでフレイムドラゴンを自分のファンクラブに入れてしまったことに若干の後悔と戸惑いを感じつつも、敗者となった今を楽しんでいるフォスの姿に、またしても変な相手と絡んでしまったものだと自分の運命を嘆くのであった。

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