第150話 全ては姫のために
初めて出会った相手の動きを把握するのはとても大変なことである。ましてや相手が姿も骨格も違うならなおさら困難である。
だがその問題も意志の疎通が可能となれば、良い流れへと傾向く。もちろんこれはセシリアが中心にいるからであって、ピエトラとメッルウが直接普通に会話をしていたら成り立っていない。
「ピエトラさん、メッルウさんと名前で呼んであげてください。メッルウさんも鳥ではなくピエトラさんと呼んでください」
会話ができた瞬間ピエトラが空を飛び回るメッルウに「もっと火力を上げろ」と文句を言うのに対し、「うるさい鳥が!」とキレたメッルウがいがみ合うが、すぐさまセシリアが仲裁に入る。
魔物も魔族も魔力を敏感に感じるだけあって、強大な魔力を持つ者に対しては歯向かわない傾向にある。
ピエトラはセシリアのことを気に入っているのもあり素直に頷くが、メッルウは膨大な魔力をまとうセシリアに怒られ素直に頷いてしまう。
そしてセシリアの存在は他の場所でも力を発揮することとなる。
ラファーの上に乗るララムが声を掛けるのは班に分かれた獣人の仲間たちと、人間それぞれのリーダーたち。
ラファーのスキル『対話』はララムのスキル『効果向上』により『会話』となり、八人程度をグループでつなげ会話をすることが可能となった。
さらに二グループ作れると言う優れものであり、セシリアたちの回線とララムが指示を伝える回線に分け使用することで混乱なく指示を伝えていく。
そしてここでも存在感を示すのが聖女セシリアの存在である。魔族である獣人の少女から指示を出されることに嫌悪感を示す者もいるが、ラファーの『セシリアお嬢さんからの指示だ』の一言でキビキビと指示通り動くようになる。
獣人たちもララムの指示を聞き、人間と一緒に協力することに抵抗を感じる者もいるがメッルウからの「今だけ聖女を手伝って欲しい」の命令があるからこそ作業を共にする。
そしてできたのが、しなやかな木を利用した投石機である。木を曲げ蔦で縛り岩をセット、そして蔦切ることで反動で岩を飛ばすもの。
これによりピエトラを待たずに岩を飛ばすことが可能となる。これらもラファーとララムが各地に散らばった情報をまとめて伝達をし、セシリアの存在をチラつかせ統率を計った結果である。
***
本気を出したフォスを前にして、ピエトラとウーファーも手が離せなくなり、人間や獣人の手伝いに行く回数が減ってしまう。だが、そんな問題を自らの力で解決した人間と獣人たちはフォス目掛け岩を飛ばして攻撃する。
炎に身を包むフォスの前にピエトラらの魔力が宿っている岩は大したダメージは与えられないが、そのまま受けるには煩わしいゆえ体から炎を噴き出し弾いて対処する。
ウーファーの吐く毒ブレスは体を覆う炎の熱によって当たる前に蒸発し消えてしまう。
「バカの一つ覚えでわしが倒せると思うな」
フォスの体から噴き出す炎が勢いを増したかと思うと、翼を大きく広げ空中に浮く。それを水を体にまとうウーファーが尻尾をフォスの足に巻きつけ阻止しにかかる。だが、水をまとっているとはいえさらに勢いを増した炎に、水は蒸発しウーファーの体から黒い煙が上がり始める。
「ヘビがここまで手加減してやったことも知らずに調子に乗るなよ!」
フォスがウーファーの尻尾を掴むと片手で振り回し、炎に包まれたウーファーを投げ飛ばしてしまう。全身を黒く焦がし森の木々を倒しながら飛ばされたウーファーは、白目を向いて倒れる。
その間に地上を猛スピードで駆けるピエトラがフォスへ向かって来る。
「お前もいい加減にしろ」
フォスがピエトラに向け熱線を吐く。両方の翼で自身を覆い熱線を受ける姿勢を取る。
『お前こそ僕をなめるな、そう、なめるな!』
自分の翼を石化させ熱線を受け止めたピエトラが強引に前に向かって進んで行く。だが、一瞬で熱線の線が太くなりピエトラを包んでしまう。
ピエトラが熱線に焼かれ、体を焦がし地面に倒れる。二人が倒れたのを唇を噛み表情を歪めるセシリアの頭上を各方面から次々と岩が飛んでくる。
「石ころしか飛ばせない人間と魔族が全員まとめて焼き払ってくれる!」
体から噴き出した炎で岩を弾き返そうとしたとき、フォスの体にウーファーの長い体が巻き付き、飛んできた岩がフォスの燃える体にめり込んでいく。
『あちちちちっー!?』
体を焦がしながら黒い煙を上げながらもウーファーが口を大きく開くと鋭い牙をフォスの脳天に打ち付ける。
間髪入れず空を飛んだピエトラが石に変化させたくちばしを下にして急降下して、ウーファーが牙を当てた場所へ突撃する。そして、ピエトラの背に乗ったメッルウが巨大な炎の槍を突き立てる。
「ぐぬぅ!?」
顔を歪めるフォスが体を一回転させ、炎の渦を作りつつ三人を強引に引きはがす。三方向に飛んでいく三人を置いてフォスが翼を広げ一気に空へと上る。
「貴様ら全員まとめて消し去ってくれる」
大きく息を吸ったフォスの口にこれまでよりも大きな赤い光が集まると、その光は地上を煌々と照らす。
大きく口開いたフォスの目に、地上から紫に光る斬撃が飛んでくるのが映る。構わず吐いた熱線と斬撃が空中でぶつかり爆発する。
黒い煙が上がり、紫と赤の光の粒がキラキラと輝きながら地上へ降りそそぐ。
その煙を地上から走ってきた白い光が切り裂きフォス目掛け突っ込んで来る。
魔力を全身にまといキラキラ光るのは、目が痛くなるほどの強い光を放ち輝く聖剣シャルルを持って背に立つセシリアと、目を回しながらも必死に背にしがみつくララムを乗せたラファーである。
『予定通りいく。タイミングを合わせれるか?』
「いけるよ! アトラとグランツがやってくれるから大丈夫」
フォスを目前にしてラファーが宙を前足で叩き急ブレーキをかけ、後ろ足を天にむけ逆立ちの恰好になると後ろ足の蹄にセシリアが乗る。
そして前足と体をグッと縮めたラファーが勢いよく跳ね、セシリアをさらに高く打ち上げる。
太陽を背にしたセシリアが大きく翼を広げると、翼から落ちた羽根が空に舞う。
その美しい光景を地上の人間や、獣人たち、倒れたまま目だけ向けるピエトラとウーファーが見守る。
「わしより上だと! あくまでもわしを愚弄するか!!」
自分より高く飛んだセシリアにキレるフォスが熱線をセシリア目掛け放つ。
「その傲慢な態度が気に食わないね!!」
セシリア目掛け放たれた熱線を、メッルウが炎の盾で受け止める。
「ったく、結局聖女を守る羽目になるなんて最悪だよ。だが、一応約束したんでね。嫌だけど筋は通させてもらわないと魔王様が許してもあたしが許せないんでね!!」
凄まじい勢いの熱線の前に押されながら叫ぶメッルウの背をラファーが押える。
『いいこと言うじゃないか。メッルウとやら、そのままセシリアのファンクラブに入らないか?』
「はん、あたしは魔王様に仕えてるんでね、聖女のファンクラブなんかに興味はないさ!」
『それは残念だ。おい、ララム、メッルウを手伝うんだ』
ラファーに声を掛けられ、背中で目を回していたララムが意識を取り戻し目の前の光景を見て目を丸くする。
『ララムのスキルがあればメッルウを手伝えるだろ』
「ほえ? ……は!? 分かったもん!」
置かれた状況を理解したララムがラフアーの背中を這って前に出るとメッルウの背中に抱きつく。
「メッルウ様、ララムのスキルを使いますもん」
「頼む」
ララムの体が淡い光に包まれ、そのままメッルウをも包む。瞬間メッルウの炎の盾が勢いを増し熱線を受け止める。
「そんなちんけな炎など吹きとばしてくれる!!」
さらに勢いを増した熱線に顔を歪めるメッルウたちだが、視界に入った白い羽根に気づいたメッルウとラファーが口角上げニンマリと笑う。
フォスとメッルウたちの周りにハラハラと白い羽が舞う。太陽の光に照らされキラキラと輝く羽の裏を黒い影が走る。
「そんなに上に行きたければ、行けばいいじゃないですか」
「なにっ!?」
真上にいたはずのセシリアが自分の背中にいることにフォスが驚きの声を上げる。そして真下から振られるセシリアの一撃は、フォスを巻き込んで天に向かって紫の光の柱を生み出す。
「ぐおおおおっっ!?」
フォスの声をも飲み込んだ巨大な光の柱は、一瞬で細くなり消え去るとフォスが口から黒い煙を吐きながら落下してくる。
落下の最中、白目を向いていたフォスの目に瞳が戻ると、瞳孔を細くした鋭い目で空中に留まるメッルウたちをにらみ、周囲を見渡しセシリアを探す。
「あれでも倒れないなんて流石です。まだ戦う意志があるようなので申しわけないですけどもう一撃いきます」
いつの間にか自分の腹の上に立つセシリアを見て、フォスが目を大きく開き驚きの表情を見せる。
「なんだと……あの威力で手加減してたというのか」
「あっ、いえ。手加減とかではなくて命を奪うつもりはないので、えーっと……あ、ごめんなさい。手加減で合ってます」
「くっ、なっなんたることだ!?」
謝るセシリアにフォスが悔しそうに叫びつつ、体が赤く光らせ炎で自らを包もうするが、それよりも先にセシリアが聖剣シャルルを振り下ろす。
天に上った光が今度は地上目掛け流れ星のごとく走る。
ドラゴンの巨体を小さな体と剣一本で、遥か上空へ飛ばしさらに地面へと叩きつけた聖女の美しくも勇ましい姿に、人間だけでなく魔族も魔物も見惚れ、瞬きも忘れその瞬間を目に焼き付ける。
紫の光が弾けキラキラと地上へ降り注ぐ。それに混じってラファーが『癒やし』をふりまきフォスも含め全ての者たちの怪我を癒やしていく。
聖剣シャルルを掲げ勝利を宣言する聖女セシリア。ドラゴンを倒し、そして人々の傷を癒やすその奇跡の光景に誰一人言葉を発することなく、ただただ奇跡の瞬間に酔いしれる。
***
その日フォティア火山の真上に昇り、続いて落ちた紫の光は遠くアイガイオンでも観測でき、その光に聖女セシリアの活躍を確信したアイガイオン王や人々が湧く。
北の大地では、神々しい紫の光に噂の聖女の存在を感じ、希望を見出す人々が祈りを捧げる。
そして真っ赤な瞳で立ち昇る光を見つめるドルテの姿があった。
「この光、セシリアお姉様なのですね。とても力強くそして優しい光……」
ドルテは目に紫の光を焼き付けたまま、その余韻を閉じ込めるようにそっと瞳を閉じる。
「セシリアお姉様ならこの状況をどうされますか? お会いしてお聞きしたいところですが、時間がありません」
ドルテはテーブルの上に置いてある手紙を握り締め、揺れる真っ赤な瞳に惑いの色を映す。




