第149話 対話は会話へと
ミルコたちが木を引っ張って来て、投石機を作る作業するみなの場所へ運んだ時、別の方向から蔦を運んできた獣人たちがやってくる。
「おい、お前」
ミルコが声を掛けたのは、獣人たちのなかにいた蔦を手に持ったミモルである。
「だれ?」
首を傾げるミルモに、ミルコが自分の顔を指差しニカッと笑う。
「マイコニドの騒動のとき俺を殴る蹴るしてくれたじゃないか。いい蹴りだった、もっと喰らいたいぐらいだったぞ。どうだ、もう一度蹴ってみるか? あのときよりも俺は強くなったはずだからもっと多くの蹴りを受け止めてみせるぞ!」
「え、なにこの人。ヤバイヤツじゃ……」
顔をしかめドン引きするミモルとその周りの獣人たちにお構いなく、胸をドンと叩き「さあ蹴ってこい」と言って手を広げるミルコの頭をロックが叩く。
「バカかお前。この子はマイコニドに操られていて俺らのことは覚えてないっての。悪いなコイツ頭まで筋肉でできてるから」
頭を叩かれ「頭まで筋肉って、そんなに褒めるな」と照れるミルコに更にドン引きするミモルたちだが、ロックに頭まで筋肉でできている発言され喜ぶ姿を見て納得し、気にしないことにする。
「ところで人間の男、私のことを知っているみたいだが、マイコニドのときに会ったのだろうか? なら聖女セシリアに伝えて欲しい。あのとき助けてくれてありがとうと」
ミモルの言葉をじっと聞いていたロックが、口角を上げ笑みを見せると頷く。
「分かった、伝えておく。だが、直接言った方がセシリア様は喜ぶと思うけどな」
「聖女セシリアはお前たちの姫なのだろ? 敵である私が近づいて問題ないのか?」
「問題ない。そういう人だ」
ロックに断言され、視線を下に落とし少し考えたミモルは顔を上げると微かに笑顔をみせる。
「確かにそうかもしれない。タイミングが会ったら声を掛けてみる」
そう言ってミモルは仲間たちと一緒に作業に戻って行く。その後ろ姿を見送ったロックは一旦目を閉じ、やがてゆっくり目を開く。そして自分の周りで人間と獣人が一緒に力を合わせ作業をする様子を見て笑みを浮かべる。
「セシリア様はここまで見越して行動されているのか。やっぱ凄い人だぜ……。っておい! いつまで照れてる。作業に戻るぞ!」
まだ照れてるミルコの頭を叩き、ロックは作業へと戻って行く。
***
『ウーファー、次は西の方向だ』
『りょーかーい!』
ラファーは走りながら人間の声を聞き、ピエトラとウーファーに指示を出していく。
『あっちの投石機が完成しそうだな。ピエトラを呼んで岩を設置しないとな。ピエトラは戦闘中か』
フォスと戦うピエトラを呼びに走るラファーは、トラ型の魔物ティグールに乗った獣人、ララムの姿を見つける。仲間の獣人に声を掛けどこに素材があるのかを教えつつ、伝言を頼まれ別の場所へ向かって駆け始めたときだった。
『あっ』
ラファーが短く声を上げると、フォスの吐いた炎の欠片が飛んできて、走るコッレレとララムが爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ。
落ちてくるララムを背で受け、コッレレを前足で器用に受け止め地面に降ろす。
「びっ、びっくりしたんだもん!? ってあれ? なんでコッレレがそこにいるんだもん? じゃあララムが乗ってるのって……」
自分の下にある白い毛並みを撫でながら首を傾げるララムの頭に声が飛び込んでくる。
『あまり撫でるな。俺の背中はセシリアお嬢さん専用。乗り心地が変わってしまう』
「はえっ!? な、なんなのだもん!? ララムの頭に声が聞こえる? 打ち所が悪かったんだもん?」
混乱するララムに対し、ラファーが蹄を地面で叩きアピールしつつ話掛ける。
『落ち着け。俺の声だ』
顔を後に向けたラファーと目が合ったララムがじっと見返す。
「賢い馬さんなんだもん?」
『馬ではない。ユニコーンだ。この立派な角が見えないか?』
馬と言われて怒るラファーをララムが目を大きく見開きクリクリさせて見つめる。
『俺のスキルである『対話』を使用してお前と会話をしている。知能がある者なら大体の生き物と話せるスキルだ。それゆえセシリアお嬢さんから指揮の伝達を任されている。見たところお前も伝令を任されているようだが』
「その通りだもん! ララムもコッレレと一緒に指示の伝達を任されているんだもん。ララムもユニコーンさんみたいに直接本人と会話できる便利なスキル持っていれば、もっと楽できそうだもんね」
胸を張って答えたララムの言葉にラファーは首を横に振る。
『近づかなくてもある程度の距離を置いて会話は可能だが、基本一対一でしか会話出来ない。俺の角を持てば持っている者たちは会話に加わることができるがそのためには近づかなければいけない。結局走って伝えることになるわけだ』
「便利そうなスキルなのに色々と制約があって難しいもんね。ララムも『効果向上』とか他人のスキルを強化するスキルもってるもんだけど、ララムと密着してないと効果がないし使いどころが限られるスキルなんだもん」
そこまでララムが言ったところで二人は目を合わせる。
『まて、もしかしてそのスキル……』
「ララムのスキルをユニコーンさんのと合わせたら……」
***
聖剣シャルルに魔力を溜めるセシリアは、目の前で広げられるフォスとピエトラ、ウーファー、そしてセシリアを守りながら牽制をするメッルウの戦いを見守る。
『魔力の量はフォスの方が上だが、あの二人が戦えているのは戦闘センスによるものが大きいな。伊達に長生きして伝説化した魔物ではないということだ。それに人間と魔物による罠の効果が大きい』
ときどき落とし穴に足を取られフォスがバランスを崩すと、ピエトラとウーファーが全力で攻撃を叩きこんでいく。
空を飛ぼうとするフォスには水でコーティングしダメージ軽減をした尻尾でウーファーが足を掴み引きずり落とし阻止する。
「これだけやっても、あまりダメージが与えられていない感じなのが恐ろしいところだね」
『あくまでもこの戦いを決めるのはセシリアだからな。みながそれを理解しているから時間を稼ぐことに徹することが出来る』
「責任重大だ」
聖剣シャルルと会話を交わすセシリアの頭に声が飛び込んでくる。
『セシリアお嬢さん、聞こえるか?』
「ラファーさん? 聞こえるけど」
聖剣シャルルを構えたままのセシリアは頷きながら返事をする。
『よし。じゃあ、グループで繋げる』
ラファーの発するグループなる言葉に疑問を感じる間もなく、頭に声が飛び込んで来る。
『なにこれ? 声が聞こえる? 不思議、不思議』
『鳥やろーの声がー聞こえるー。他もーいるー?』
『なんだ、なんだ? あたしの頭のなかが騒がしい!?』
次々と飛び込んで来る声にセシリアも目を丸くして驚く。
『上手くいったな。こっちはセシリアお嬢さん中心としたグループとして繋げた。お互いに会話ができるはずだから、上手く利用してくれ』
ラファーの説明を聞いたセシリアが顔を上げるとピエトラとウーファー、メッルウとそれぞれ目が合う。
フォスの力は強大で会話ができたところで戦況が一転するとは思えないが、それよりも会話ができなかった者たちが繋がって声を掛け合える状況に、セシリアは世界の広がりを感じ、希望に似た感情の高ぶりに紫の瞳に宿る光を強める