第146話 守るために必要なもの
空中でもうもうと上がった煙の隙間から赤い光りが漏れると一気に煙が吹き飛ぶ。
逆立てた鱗を煌々輝かせ、頭とあごから伸びる角と尻尾を真っ赤に光らせるフォスが広げる翼からは火の粉が舞い落ちる。
「魔族だけでなく、人間、魔物までもがわしに喧嘩を売るか」
フォスが、メッルウ、セシリア、そしてラファーとピエトラを見て怒りをあらわにし吠える。
「違う! 喧嘩は売っていない。あたしらは魔族は竜族であるフレイムドラゴンがかつての戦いで、このような場所に追いやられていることを危惧して、この現状を打破するために力を貸してほしいと言っている」
「危惧してだぁ? 貴様ら魔族がなぜ竜族であるわしのことを気遣う必要がある? わしに魔王とやら力を貸せと言うのが本音であろう」
空に浮かんで声を張り上げるメッルウをフォスがにらむ。
「それにだ、お前は竜人であろう。しかもフレイムドラゴンの血を引いているな」
「ああ、あたしはフレイムドラゴンの血を引く竜人の末裔だ。同じ血が流れる者として話を聞いて欲しい」
「くっくっくっく、同じ血が流れるだと? 無知もここまでくると笑えてしまうな」
笑い出すフォスをメッルウは眉間にしわを寄せ不機嫌そうな表情で見る。
「大方お前はその血に誇りを持っているのであろう? だが疑問に思ったことはないか。わしらフレイムドラゴンと魔族がどこで交わる? わしらは卵から生まれる存在、腹に子を宿す魔族や人とは根本的に違うのだぞ」
フォスに指を差されたメッルウの顔が青くなる。
「お前ら竜人はわしら竜族の卵や子を食べ体に血肉を取り込んだ者たちよ。罪人の末裔がわしと同じ血が流れているから話を聞けだと? 同族にでもなったつもりか? 笑わせるな」
フォスの手が真っ赤に燃え上がると、巨大な火球を生み出しメッルウに向け投げる。空気を焼きながら高速で飛んでくる火球ではなく、メッルウの目は明後日の方向を映す。
「メッルウ様!!」
地上にいるララムたちが悲痛な声で叫び、それに反応こそして目の前に迫る火球にピントを合わせるが、メッルウの瞳は小刻みに揺れてただ火球を映すだけである。
瞳に火球が納まらなくなり真っ赤に染まったとき、紫の光が弧を描き目前に迫っていた火球を粉砕する。
「その言い方。私は好きじゃありません」
火の粉が舞い散るなか真っ白な翼を広げ聖剣シャルルを振り、紫の軌跡を引いたセシリアがフォスをにらむ。
「同族を殺められたあなたからすれば竜人を憎むのは理解できます。ですが事実を知らず生まれ育ってきたメッルウさんにその罪を背負わせ、憎しみをぶつけるのは間違っていると思います」
「人間がわしに意見するか」
「それにです。さっきからあなたのその言い方も気に食わないです。まるで自分が一番上のような物言いは傲慢に感じます」
地上から駆けて来たらラフアーの背に降り立ったセシリアが剣先をフォスに向ける。
『そうだ、セシリアお嬢さんが一番上なんだ! おっさんが調子に乗るなよ!』
『うん、そうそう! セシリアが一番なんだ! 僕はそんな聖女セシリアファンクラブ五号なんだからね。凄い? 凄いでしょ! だからドラゴンの旦那は僕より下だ。そう、下!』
「あ、いやそうじゃなくて……」
セシリアの言葉にラフアーとピエトラが続くが、セシリアは「誰が上とかではないんだ」的なことを言おうとしたのに、まるでセシリアの方がフォスよりも上だと言っているような煽りにしかなってない。
慌てて否定しようとするが、それより先にフォスが体から炎の魔力を噴出し怒りをあらわにする。
「ほう、面白い。聖女を名乗る人間よ。わしよりもお前の方が上だとのたまうか。人間ごときがうぬ惚れるなよ!!」
鱗を真っ赤にし炎を噴出させるフォスを見てセシリアが額を押さえる。
「あぁ……これじゃ話し合いどころじゃないよ、まったく」
ボヤいたセシリアが顔を上げフォスをにらみ聖剣シャルルを握る。
「でもまあ、ごときなんて言う相手と対等に話をするためには分からせるしかないってことか」
『そうじゃそうじゃ! セシリアが一番なのじゃ!』
『セシリア様が一番! 私が保証します!』
『いまこそ男の娘が一番であり最高であることを教えるのだ!』
頭のなかで好き勝手騒ぐ三人の声を聞いて、この緊迫した状況でもセシリアは笑みを浮かべてしまう。その姿を見てバカにされたと勘違いし激しく怒るフォスが口を大きく広げ魔力を溜める。
「ほら、そんなとこで突っ立っていたら巻き込まれますよ」
まだぼんやりしているメッルウを見て、ため息をついたセシリアが。
「いつまでボーっといるのです。あなたが巻き込まれるのは勝手ですけど地上にいる仲間はどうするのです! あなたが守らなくてどうするのですか! 仲間を守るために生まれや血が関係ありますか?」
セシリアがメッルウに訴えかけたところで、ラファーがいななき、セシリアは聖剣シャルルを構え宙を駆ける。宙で熱線を避けつつ駆けるラファーの背を蹴って空中に身を委ねたセシリアを援護するのは、ピエトラが土を掴んで石化させた岩による投石。
一直線に飛んでくる岩を避けつつ、セシリアに熱線を吐こうとするフォスのあごをラファーの角が突き軌道をずらしたところをセシリアの斬撃が放たれる。
真っ赤に燃えた手で斬撃を砕くフォスの顔面に岩がヒットし、顔を歪めるフォスに向かって突っ込んで行くラファーの背から飛んだセシリアが聖剣シャルルを振り下ろす。
両方の翼にある手で受け止めたフォスは、体から生える両腕の拳に炎を宿しセシリアを狙う。だがそれをラフアーが体当たりをし邪魔をする。
『僕をなめるなよ。うん、なめるな!』
地面を蹴り真っ直ぐ真上に飛び上がったピエトラが空中で翼を広げると、自分の足に『石化』をかける。翼を羽ばたかせ真上に上げると、そのまま急降下し硬く、そして重くなった足による飛び蹴りをフォスの顔面に喰らわせる。
ピエトラの蹴りを喰らい体がのけぞるフォスにラフアーが突撃し追撃を加えると、セシリアがもう一度聖剣シャルルを振り下ろす。
燃える口で斬撃を受け止めたフォスが、紫の斬撃を噛み砕くとそのまま炎を溜める。
『急ごしらえで溜めた魔力じゃ押し切れんか!』
「これは、避ける一択だけどアトラ間に合う?」
ブレスを避けるため、アトラが伸ばした影が遠くにいるラフアーを掴んだ瞬間、フォスの口から炎が放たれる。
「速っ!?」
セシリアが叫んだと同時にフォティア火山が揺れ地鳴りが鳴ったかと思うと、頂上から勢いよく火口に飛び出してきた巨体が宙を舞いフォス目掛け落下する。
『おまえらーうるさーい!!』
のんびりとした口調で怒鳴るのは大きく口を開けたバジリスクのウーファー。一気に山を駆け上がってきた勢いそのままフォス目掛け突っ込んで来る。
炎をウーファーに向け放つフォスだが、ウーファーも口から水を吐き対抗する。ぶつかる炎と水が凄まじい蒸気を上げ爆発する。そのままフォスに噛みついたウーファーが体を絡め二人が地上へ落下する。
凄まじい衝撃が地面を揺らし土煙が上がる。煙が晴れるよりも先に怒号と鈍い音が響き始める。
「このヘビがっぁぁ!!」
『うっさーい! とかげー!!』
巨体なフォスとウーファーの二体が落下した地上で激しくぶつかる。拳を振るい炎を放つフォスと、尻尾と鋭い牙に体内に保有している水を吐くウーファーとの人知を超えた戦いはぶつかった衝撃だけで空気が大きく震える。
その様子を遠くから見ていたセシリアが、自分の目の前で炎の盾を持ったメッルウの後ろ姿を見て声を掛ける。
「メッルウさん、助けてくれてありがとうございます」
「べ、別に、聖女を助けたわけじゃない。逃げるときにいたから、その……たまたま翼に引っ掛かっただけだ」
セシリアがお礼を言うと頬を赤くしたメッルウが顔を逸らす。
「そうですか。たまたま引っ掛かっただけかもしれませんが、助かったのは本当なのでお礼は言わせてもらいますね。ありがとうございます」
改めてお礼を言われて照れるメッルウのもとに獣人たちが駆け寄り、それと同時にセシリアの元にも兵や冒険者たちが駆け寄って来る。
セシリア、メッルウ、それぞれの陣営がお互いのトップに声を掛けるなか一人の兵が手を上げると、セシリアが発言を促す。
「我々の弓矢ではドラゴンには効果がありません。有効な攻撃手段がなければ落とし穴など罠を張りつつドラゴンの動きを制限するような行動をすることを進言します」
固い言葉で発言する真面目そうな兵の顔を見たセシリアが少しの間目をつぶり、周囲を見渡す。
「落とし穴ですか……」
周囲を見渡すセシリアはここまでの戦いで折れた木やピエトラに投げた岩、フォスやウーファーが暴れへこんだ地面を瞳に映していく。
「提案ありがとうございます。その案使わせていただきます。それに加えてやって欲しいことがあるんですが」
セシリアに笑みを向けられ、胸に手を当て返事をする真面目そうな兵は上を向いて喜びの涙を流す。その兵から、メッルウに視線を移したセシリアが微笑む。
「メッルウさん、ちょっとだけ手伝ってくれませんか?」
「なっ!? なんであたしが!」
即否定しにらむメッルウを微笑んだままセシリアは見つめる。
「一応伝えておきますねユニコーン、コカトリス、バジリスクの助けを得て、人間による落とし穴による足止め、投石による攻撃を加えたいと思います。その間に私は全力で魔力を溜ます。そこで、魔族の皆さんに落とし穴や投石する道具を作る手伝いをお願いしたいのです。そしてメッルウさんは私を守ってほしいんです」
「は? なんであたしが聖女を守らなければならんのだ!」
目つきをさらに鋭くしにらむメッルウを見て、セシリアはじっとメッルウを見つめる。静かにだけどもどこまでも深い紫の瞳に映るメッルウが唇を噛み、額に汗がにじむ。
「この場を治めるのにここにいるみなさんの力が必要なんです。メッルウさんたち魔族としては人間と協力するなんて嫌かもしれませんが、ドラゴンを落ち着かせここにいるみなさんが怪我をしたり命を落としたりしないように、今だけ力を合わせてみませんか?」
セシリアの問いかけに黙ってにらみ続ける、メッルウを見てセシリアは静かに微笑む。
「さきほどドラゴンとバジリスクの衝突の前、ドラゴンが炎を放とうしたとき私に向かって飛んできてくれたメッルウさんだからこその提案です。無理強いするつもりはありません。でもっ、」
そう言って言葉を切ったセシリアは満面の笑みをメッルウに向ける。
「私個人的な希望ですけど、一度でいいからメッルウさんたちと一緒に協力してみたいなって思います」
それだけ言うと、兵や冒険者に向け指示を出し始めるセシリアの背をにらむメッルウのそばに獣人のミモルが恐る恐るやって来て、何か言いたそうにもじもじする。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
セシリアをにらんだままの目で見られたミモルは、尻尾と耳の毛をギザギザに立て怯えを見せるが自分の胸元の服をぎゅっと握りメッルウを見返す。
「め、メッルウ様。そ、その私は前の作戦のとき聖女セシリアに情けを掛けられ、それどころかララムまで助けてもらって……。だからその、人間は嫌いですけどあの聖女セシリアは信頼できると言うか、その、この場だけ力を合わせても……いいかなって」
怯えながら進言するミモルの横にララムがコッレレを連れて寄り添う。
「め、メッルウ様。ララムも怪我まで直してもらって、人間の城から逃げるためコッレレまで置いててくれてたみたいで、だからそのそんなに悪いヤツじゃないと思うんですもん」
必死に訴えるララムの横で、何を言っているかは分からないがコッレレも肉球を見せた手をパタパタさせ、がうがうと言いながらメッルウに訴え掛ける。
二人と一匹を見たメッルウが、セシリアに指示を出されきびきびと動く人間たちをじっとみつめる。
「仲間を守るために血や生まれは関係ないか……」
セシリアに言われた言葉を呟くメッルウの背中に、ミモルが訴えかける。
「あ、あの。責任は全部私が取ります! 魔王様には私が勝手に動いたって言ってください」
「ララムもだもん! ララムもメッルウ様の言うこと聞かずにみんなをそそのかしたって言っていいですもん」
訴えかける二人の言葉を背中で受けたメッルウが大きく息を吐き、ミモルやララムたち獣人の隊の方を向く。
「責任を取るのは三天皇であるあたしの役目だ。いいか、よく聞いてくれ。このままではドラゴンを説得するどころか、あたしらの命も危ない。今後の作戦にドラゴンの力を得ることは魅力的が、命を落とす必要はない。それになによりもあたしはお前たちに死んでほしくない。だから今だけ人間に協力することにする。人間に対し思う所はあるだろうが我慢してくれ」
メッルウの言葉に獣人たちは大きく頷く。