第145話 開戦は誰のせい?
翼を生やしたセシリアが聖剣シャルルを鞘から抜き、周囲の魔力を集め刀身を紫の光で輝かせ始める。魔力である紫の光を煌々と天に立ち昇らせ聖剣シャルルを構えるセシリア緊張した面持ちで森をにらむ。
『来ます!』
『我を振り上げろ!』
グランツと聖剣シャルルの声が重なる。同時に森の奥がチカっと光ったかと思うと真っ赤に燃える炎の渦が木々を吹き飛ばしながら向かって来る。
グランツたちの声に反応したセシリアが振り上げ放つ、魔力は岸にぶつかり立ち上る波のように地面から上空へ向け、ぶつかった炎を巻き込んで舞い上がる。
紫と赤い光が混ざった巨大な壁の出現に人も獣人も呆然と見惚れるなか、セシリアは聖剣シャルルを水平に構え急速に魔力を集めると紫も赤も取り込み、刀身に炎を宿すと真横に振り抜く。
巨大な壁を横に一閃、真っ二つに切り裂いた炎の斬撃は、炎の渦に倒された木々の上を高速で駆け抜け飛んでいく。
空気ごと震わせる轟音は巨大な物体が高速で飛んで来る。それは太く鋭い爪を持った四つ足に加え、肩の内側から生える大きな翼には翼角と呼ばれる角の部分にも手がありまるで四本の手と二本の足があるように見える。その足の間には背中から流れるように繋がる長く太い尻尾が伸びる。
体の外皮に赤い鱗を覆い、頭には目の上と、あごのラインからそれぞれ後ろに向かった伸びる四本の角。金色に輝く目に何者も切り裂き噛み砕く歯とあごを持った口から洩れるのは赤い炎。
そして赤い鱗で覆われた外側の硬さとは違い、内側に向け茶色くなる体に手足は人とは構造が違うものの筋肉質で、一目見ただけでその肉体が持つポテンシャルの高さをこれでもかと知らしめてくる。
セシリア放った斬撃を翼に生える手で掴み砕くと、そのまま真っ直ぐセシリアに向かって突っ込んで来る。
軽く振り上げた腕から放たれるのは素早く、そして重い一撃。握った拳はセシリアの身長とほぼ同じで、地面をえぐりセシリアの姿を一瞬で隠してしまう。
拳が放たれる前に影を伸ばし、木の影にしがみついたアトラに引っ張られ上空へ飛んだセシリアが放つ魔力の一撃を、ドラゴンが身を捻り避けたところに宙を駆けたラファーの角が振り下ろされる。
『久しぶりだなフォスのおっさん!』
「貴様……ラファーか。なにゆえ人間とつるんでいる? いや魔族の方か?」
翼生えた手の爪で角を受け止めたドラゴン、フォスが金色の瞳にある縦長の瞳孔を細めラファーをにらむ。
『人間だ魔族だの図体はでかいのに、小さいことに拘るおっさんだな。俺は全てを超越したセシリアお嬢さんのためにここへ来たのだ』
「全てを超越した存在セシリアお嬢さんだと? 意味の分からないことを」
空中から滑空し降り立ったセシリアを、ラファーの角を受けたままのフォスが鋭い目つきで見下ろす。
その隙にラファーが宙を蹴り、空中でバク転をしつつ後ろ足でフォスの翼を蹴る。そしてその隙にセシリアの影がラファーの影を握ると、引き寄せられたセシリアが素早くラファ―の背に乗りつつフォスに向かって聖剣シャルルを振り下ろす。
右の翼と右手で受け止めたフォスの顔が僅かに歪む。
「ちぃっつ!! この剣は面倒だな」
紫と赤の魔力がぶつかり周囲に稲妻のように走り火花を散らす。
「思い出したぞ。遥か昔この剣に似たものを使う奴と戦った記憶があるぞ」
細くなった瞳孔をさらに細くし、怒りをあらわにするフォスと目が合ったセシリアが口を開く。
「私の名前はセシリア・ミルワードと申します。あなたと争いに来たわけではないのです。話をしてもらえませんか?」
「人間ごときががわしと話をするだと? それにこうしてわしに向かって剣を振るったわけだ。そんな奴とまともに言葉を交わすわけがないであろう」
セシリアの呼びかけにフォスが鼻で笑いながら答えたとき、遥か上空で魔力の光がまたたくと巨大な火球が急降下してくる。
「うっとうしい!」
聖剣シャルルを払いつつ、上空から落ちてくる火球をフォスが手を広げ受け止める。攻撃を恥かれたセシリアはラファーの背から吹き飛ばされるが、翼を広げブレーキをかけると、回り込んだラファーの背に影をクッションにして着地する。
フォスが火球を握り潰し、上空に散る火の粉を吹き飛ばしながら突っ込んくるのは背中に生えるドラゴンの翼を広げたメッルウである。
両手に握った炎で作られた剣を連続で振るメッルウの攻撃をフォスが翼でガードする。その間に魔力を溜めるセシリアを見て、フォスの赤い鱗が逆立ち真っ赤に光ると口に炎を宿し一気に噴き出す。
セシリアを乗せたラファーが走る後を、熱線が走り炎が舞い上がり地面を焦がしていく。
「あたしらに力を貸して欲しいと言っただけだろう。聞く耳を持たず攻撃してくるとはフレイムドラゴンとはこうも好戦的な生き物なのか」
怒りをあらわにし怒鳴るメッルウが、炎の双剣を消すと炎の弓を作り炎の矢を放つ。
放たれた一本の矢は途中で弾け、雨のようにフォスに向かって降りそそぐ。それを両方の翼を自身の上で傘のように広げ炎の雨を受け止める。
「撃てぇ!!」
地上で叫ぶボルニアの号令に弓兵たちがフォスに向かって矢を放つ。人の放つ矢など避けるまでもないとフォスは体で受け止める。
実際矢の攻撃力は皆無だが、上空から降りそそぐ炎の矢は光を放ち、そしてそれに照らされた無数の矢が影を作る。
アトラが矢の影を次々と繋げフォスの体を掴むとセシリアを一気に上空へと引き上げる。
間合いを一気に詰めたセシリアが振り抜く聖剣シャルルを手で受け止めるフォスだが、受け止めた瞬間刀身に渦巻いていた魔力を取り込み威力を増す聖剣シャルルの二段階攻撃の前にフォスが後方へと押しやられる。
「メッルウさん、あなたは一体何をやったのですか?」
ラファーの背に着地したセシリアが、上から下りて来たメッルウに話し掛ける。
「聖女には関係ないだろう。それよりもなんでお前がここにいる?」
「ドラゴンが動き出して周囲に住む人たちが困っていると聞いたからですよ。それってメッルウさんが原因なんですよね?」
「ち、違う! あたしは全然、そう全然関係ない!」
全力で否定しながら目を泳がせるメッルウにセシリアがため息をつく。
「嘘つくの下手過ぎでしょ」
「なっ!? あ、あたしのなにが下手だと!」
ボソッと言うセシリアの言葉に反応したメッルウが、空中で地団駄を踏みながら憤慨する。
「さっき自分で叫んでいたじゃないですか。あたしらに力を貸して欲しいと言っただけだろう~って」
目をさらに激しく泳がせるメッルウを見て、ため息をついたセシリアが手を広げ差し出す。
「私はドラゴンに静かにしてほしいだけなんですよね。とりあえず話しがしたいのでここは一先ずお互いに協力しませんか?」
「だっ、だれがっ!?」
広げた手を人差し指だけ残し握ると、立てた人差し指をメッルウの口元に近づけ言葉を遮ったセシリアが微笑む。
「今は答えを聞きません。気が変わったら教えてください」
それだけ言うとセシリアはラファーの背にまたがると、フォスが放った熱線を避けながら聖剣シャルルに魔力を溜めていく。熱線の赤い線と、聖剣シャルルの魔力の紫の線が空中に引かれていく。
『ラファー、後どれくらい空中に滞在できる?』
『持って二分程度だ。俺も一旦魔力を集中させなければこれ以上は空中を駆けれない』
聖剣シャルルの問いに答えるラファーが地上にいて矢を放つ準備をしているものの届かないので見守る兵たちと、指示がないので何をしていいか分からず空を見上げる獣人たちを見て鼻で笑う。
『まったく使えんな。セシリアお嬢さんのために、死ぬ気で空でも飛んで戦うのが戦士だろうが』
「ラファーさん、そう言うことは言ってはいけません。兵法で学んだ言葉で、地形が悪い、人の能力が低いと嘆き、今の現状を生かすことができない指揮官は無能であると言うのがあります。つまりは空中戦に持ち込み彼らを生かせていない私が無能なのです」
『そ、そんなことはないぞ! セシリアお嬢さんは無能なんかではない!』
必死に首を横に振って否定するラファーに乗ったセシリアは下に広がる光景を見て考える。
(とは言ったものの、地上で戦闘をすれば巻き込んで被害が大きくなるし。地上には人と魔族。倒れた木に燃えている木。ところどころへこんだ地面と焦げた土……。湖の近くで戦えば……いや足場の問題があるかな。正直もう少しなにか欲しい)
『セシリア来るぞ! 我を振って迎え撃て!!』
セシリアが心の中で呟きを聖剣シャルルの声が掻き消す。
ラファーにまたがったまま、魔力を溜め光輝く聖剣シャルルをセシリアが振りフォスの放った熱線に正面から斬撃をぶつける。
空中で衝突した魔力の斬撃と熱線は爆発し激しい爆風を生み出す。爆風をセシリアとフォスはお互い翼で遮り耐え凌ぐ。やがて爆風による塵が晴れたとき、地上から二人の姿が見えたとき、紫に輝く聖剣シャルルを構えるセシリアと赤く輝く鱗を逆立て口に炎を溜めるフォスの姿がある。
クケェーーーー!!
セシリアが聖剣シャルルを握る手に力を入れ、フォスの口から燃え盛る炎の勢いが増したとき甲高い鳴き声が響く。
『あああもうぅ~とさかにきたぁ!!! うん間違いない。僕は怒ってる、怒ってる!!』
セシリアの頭に響く声の主、コカトリスのピエトラはフォティア火山の頂上で羽を広げ、頭のとさかを真っ赤にしながら尻尾の蛇をぶんぶん振り回す。
『ドラゴンの旦那、何回僕の住処を壊せばいいのさ! 今日と言う今日は許さない! 覚悟しろ! うん、本気で覚悟しろ!』
ピエトラは鋭い爪を持った足で頂上の一部を鷲掴みし岩を持つと、彼のスキル『石化』をかけ魔力で硬化した岩をフォスに向かってぶん投げる。
炎を口に宿したまま翼で岩をガードするフォスに向かって同時にセシリアの放つ斬撃と、真上から降り注ぐメッルウの放った炎の矢の雨が放たれる。
三つの衝撃がフォスにぶつかり空中で起きる大きな爆発に、この戦闘が始まって以来初の大きな手ごたえを感じた人や魔族たちが拳を握り、爆発の結果を見守る。