第144話 火口に広がる世界
フォティア火山は登山をするための山ではないので、おのずと道は険しくなる。だがそんな道でもヤックたちは荷物を背負ったまま力強く山道を登って、セシリアたち一行を手助けしてくれる。
そしてユニコーンであるラファーも、荒れた道であることを感じさせない優雅な歩きでセシリアを乗せて進んでいく。
兵や冒険者たちは徒歩で登山するなか、ラファ―に揺られるセシリアは自分だけ楽して申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、周りの人たちはセシリアを気遣うのでさらに申し訳なくなってしまう。
セシリアが話し掛けてくる人に気遣う言葉を掛けることで、相手も気を遣ってさらにやる気を出すと言う好循環を生み出す。
誰であっても別け隔てなく接する聖女セシリアの姿を見て、ペイサージュ王国の兵たちも噂に違わぬ聖女だと感心する。
セシリア自身は気遣っているのは本心だが、それは自分も冒険者なのにラファーに乗って楽して申し訳ないと言う気持ちからくるところの方が大きいので、みなが思う心優しい聖女的心遣いとは少しズレていたりする。
だがそんなことは知らない周囲の人々は、セシリアの優しさに包まれることで、疲れを感じさせない笑顔での登山を可能とする。およそ伝説のドラゴンのもとへ向かっているとは思えない、和やかな雰囲気で進むセシリア一行は、ペイサージュ王国のガイドの助けもあり順調にフォティア火山を登っていく。
「フォティア火山の頂上はカルデラと呼ばれるすり鉢の構造となっています。これは五百年前に起きた噴火で、三角形であった先端部分のマグマが無くなったことで支えが無くなり、空洞化した部分が崩れ陥没したからだと言われています」
モールドの話をセシリアは目を輝かせ真剣に聞いている。
これはモールドに限ったことではなく、誰でも魔物や歴史、武器の知識などをセシリアに話すといつもの高貴な雰囲気ではなく、無邪気で純粋な表情を見せてくれる。
そんなセシリアが見たくてアイガイオンの兵や冒険者たちはこぞって知識を披露するわけだが、生半可な知識では聖女セシリアは喜んでくれないのでみなが猛勉強中である。
そして、この度のフォティア火山の歴史も勉強してきた者たちは、先に知識が披露されて涙するのである。
笑ったり泣いたりと忙しいセシリア一行は、数回のキャンプを経て頂上へとたどり着く。
「火山って煙がモクモク出ているイメージでしたけど、湖や木まで生えてまるで森みたいです!」
頂上から火口を見下ろした先に広がる風景を見たセシリアは感激の声をあげる。
険しい岩肌の山の中心にすり鉢状に広がる火口の中心には大きな湖があり、そこを中心に草木が生い茂る光景は火口の中であることを忘れさせる。
下を覗いた兵や冒険者たちの多くがその美しい光景に感激の声を漏らし、ドラゴンと接触しにきたことを忘れそうになる。
グォォォォーーーン!!
地面を揺するような唸り声が上がり、驚いた鳥たちが一斉に木から飛び立ってしまう。
その声に再び緊張感が走り、ドラゴンと言う伝説の存在に対する恐怖がみなを襲う。
「あちらも私たちに気が付いたのかもしれませんね。ところでどこから降りればいいのでしょう?」
だが、聖剣シャルルを抱いたセシリアがいつもの口調で尋ねる姿に冷静さを取り戻したみなは、火口へと下りる道を探し足場を作りながら下りていく。
足場の広い場所を探しながらときには山肌にアンカーを打ち込み鎖を垂らし下へ下へと向かって行く。
ちなみにセシリアはラファ―とアトラの力を使い宙を駆け一足先に火口下へと一気に下りていく。
「うぅ~、いざドラゴンの声とか聞いてしまうと怖くて震えそうになるんだけど」
先に下りたセシリアはラファ―の背中で胸を押え、本音を吐き出す。
『フォスのおっさん強面で声がでかいだけで、全然怖くないから大丈夫』
「いや、ドラゴンで強面で声が大きいってだけで十分怖いよね」
ラファ―の励ましになっていない言葉に、すぐさま突っ込みを入れるセシリアの前に座グランツが首を上げ鼻をスンスンさせる。
『ドラゴンの魔力が濃すぎて分かりづらかったですが、この森のなかに魔族がいます』
「魔族? この森に住んでいる魔族とか?」
『いえ、おそらくこの感じはメッルウ……と他、多数いると思われます』
セシリアもグランツが見つめる森の奥の方に目をやる。
「今回も三天皇のメッルウが原因ってこと? 魔物の生態系を元に戻す一環なのかな」
『うむ、そうだと考えるのが妥当であろうな。そして……』
『森が騒がしいのじゃ。おそらく一波乱起きる前触れなのじゃ』
『対話をするにはちょっとタイミングが悪かったかもしれませんね』
三人の声を聞いてセシリアは額を押さえ大きなため息をつく。
「こうも上手くいかないものなのかな……」
セシリアがボヤいたタイミングで木々から鳥が飛び立ち、小さな動物たちが森から飛び出してくる。
続いて飛び出して来るのは傷だらけの獣人の男女たち。彼、彼女たちは四方に散り
そして最後に飛び出して来た二人が叫びながらセシリアたちの方に向かって来る。
「やばい〜あれはやばいんだもん!」
「ラ、ララム! メッルウ様は!?」
狼系の獣人の女性二人は頭や尻尾に枝葉を突き刺し、耳に蜘蛛の巣が絡んだ状態で、涙目で走ってきて目の前に人がいることに気づき急ブレーキを掛ける。
「お前たちは何者……!? うそ!? せ、聖女!?」
尻尾をピンと上に上げ、全身の毛を逆立てて驚くのは黒い毛並みをした狼系獣人のミモル。
「え? この人聖女なんだもん? なんでミモルは聖女のこと知ってる……あっそのグワッチさんってもしかしてあのときのなんだもん?」
やや灰色の毛並みをしたララムがグランツを見て驚くと、グランツが羽を振って応える。
「がううっ!?」
セシリア一行に驚くララムとミモル背後の茂みが揺れるとトラ型の魔物ティグールが飛び出し、ララムの足にしがみついてガチガチ歯を鳴らし震えている。
「コッレレ無事だったんだもん!」
コッレレと呼ばれたティグールは「がうがう」と涙目で頷きながらララムに擦り寄る。
「コッレレ、メッルウ様を見なかったもん?」
「がう! がう!」
ララムの問いかけにお座りをした涙目のコッレレは肉球の手で器用に後方を必死に指さす。その瞬間コッレレが指さす遠くの方で渦を巻いた炎の柱が天に向け昇る。
それがドラゴンとメッルウの戦闘であることをグランツから聞いたセシリアは、胸を押え大きく息を吐くと頂上から下り後方に集まってきた兵や冒険者たちに向き直る。
「みなさん、状況は最悪です。ここでドラゴンを止めれなければ周囲の国への被害は計り知れません。ですが幸運なことに、ここにはこの大陸で唯一ドラゴンを止めれる私とみなさんがいます。私に力を貸してください!!」
セシリアの声に兵や冒険者たちがそれぞれの武器を掲げ雄叫びを上げる。
人間の見せる迫力に圧倒されたミモルとララムは、尻尾の毛をギザギザに逆立て、耳をペタンと後ろに倒してしまう。