第143話 ドラゴンのお膝元
フルーヴ川でペイサージュ領に入り岸に付け、船から降りたセシリアたちを迎えてくれたのはペイサージュ王国の外務大臣とその兵たちであった。
「聖女セシリア様! ようこそ我が国ペイサージュ王国にいらっしゃいました。我々一同歓迎いたします!」
「手厚い歓迎、感謝いたします。有事の際でなければゆっくりお話ししたいところなのですが、今日はドラゴンについての対処を優先したいと思います。事前に送った手紙に書いていた通り、まずはドラゴンとここ最近の動向の記録を拝見したいのですが」
「ええ、もちろんご用意しておりますとも。我々としても突然動き始めたドラゴンに民の不安が募る一方で、ほとほと困ったおりました。そこに聖女セシリア様が来ていただけるとご一報が入りましてもう感激いたしました! こうして実際に聖女セシリア様にお会いして、希望は確信へと変わりました。聖女セシリア様ならどうにかして頂けると言う確信に!」
なにかとセシリアを褒めにかかる外務大臣にうんざりしつつ、資料の用意してあるテントの張った簡易基地に案内される。
まとめられた資料が広げられた机を囲んで、ペイサージュ王国の担当兵による説明がなされる。
「姿が確認できたのが三日前ということで、実際には以前から動いている兆候はありました。ご存知と思いますが、シュトラーゼ王国側に起きた崖崩れはその兆候の一部と考えて間違いありません」
兵の話を聞きながら、コカトリスのピエトラが言っていたフレイムドラゴンが動いて住処が岩で埋まった話を思い出す。
(あのときはフレイムドラゴンが寝がえりを打ったんじゃないか、みたいな話だったけどこうも頻繁に動き出したと言うことは別の理由があるってことかな。獣人の女の子が言ったことを考慮すれば魔族が関わっている可能性もあるのかな?)
「五百年前噴火の際はフレイムドラゴンが火を吐き、それに合わせ火山が爆発し、周囲の多くの村や町が火に包まれたと記録されています。それ以来ドラゴンを聖なるものとして崇め、怒りを買わないようにして今日まで過ごしてきましたがこのようなことになるとは思いませんでした」
説明した兵がセシリアを見て、目で言葉を求めてくる。
「ドラゴンは人語を話すとも聞いていますが、ペイサージュ王国の記録ではどうなっていますか?」
セシリアに質問をされた兵は慌てて、資料を手に取りいくつか挟んでいるしおりのページ何ヶ所かを順に開くと目を止め確信の頷きをして、セシリアに目を向ける。
「聖女様がおっしゃる通り過去の記録にはドラゴンと対話をしたと言う記述が多数あります。このことからおそらく対話は可能であると思われます」
「ありがとうございます。聞けばドラゴンは人の手に負える存在ではないとのこと、なるべくなら対話によってこの問題を解決したいと考えています」
説明をしてくれた兵にお礼を述べたセシリアは、そこで言葉を区切って間を置くとペイサージュ王国の大臣や兵を見渡す。
「ですが万が一戦闘になった場合、被害がどこまで及ぶのか想像もつきません。念のため国王や国民の避難をお願いいたします」
「聖女様はもう出発なさるのですか?」
「ええ、なにかが起きてからでは遅いですから。それにフォティア火山を登るにも時間がかかるでしょうから早めに動きたいと思います」
そう言ってセシリアはボルニアたちアイガイオン兵と冒険者たちの方を向く。
「みなさん長時間の移動でお疲れのところ申しわけありませんが、これよりドラゴンの住むフォティア火山を登頂いたします。後方で支援する方、怪我や体調の悪い方は残ってください。登頂する部隊の方々の役割分担の方を、ボルニアさんよろしくお願いいたします」
セシリアの指示にテキパキと動き始める兵と冒険者の混合部隊の統率力を見て、感心したように頷く外務大臣の側で兵が呟くと、手を一回叩き慌てて兵に指示を出し始める。
「聖女セシリア様、我が国からガイドの兵たちと、食料と簡易テント等を積んだヤックを提供いたします」
「お心遣い感謝いたします」
体に長い毛を生やした牛に似た動物、ヤックに積まれた沢山の荷と案内役の兵を見てセシリアはお礼を言って、先頭にいるヤックの頬を撫でる。
「聖女セシリア様はヤックに乗って登頂なさいますか? そうであれば鞍を用意させます」
外務大臣の言葉にセシリアが微笑みながら首を横に振る。
そのとき、荷を背中に載せてのんびりと地面に生えている草を食べていたヤックたちが、一斉に顔を上げソワソワし始める。
何事かと慌てる外務大臣や兵たちをよそに、静かにそして上品な足取りで、悠々と歩いてやって来たユニコーンにみなが驚き釘付けになる。
「この子が乗せて行ってくれるので大丈夫です」
気高く人間を見ると攻撃をしてくる人間嫌いで有名なユニコーンが、セシリアに顔を擦り甘える姿を見てさらに驚き、言葉も出ない外務大臣や兵たちは聖女とユニコーンの戯れる美しい姿から目を離せなくなってしまう。
「忙しいのに何度も呼んでごめんなさい。ラファーさんはドラゴンのこと知っている感じだったので尋ねるのですけど、対話ってできそうですか?」
『セシリアお嬢さんのためなら何処へでも駆けつける。それが俺! まったく気にする必要はない。そしてドラゴンは人語が話せるから俺のスキルを介さなくても問題なく対話は可能だ』
ドラゴンとの対話をするのに念のため、シュトラーゼのトリクル女王に頼み呼んだラファーの言葉を聞いたセシリアはホッと胸をなでおろす。
「もう一つ聞きたいのですけど、ラファーさんはドラゴンとは仲がいいですか? 争いは避ける方向で行きたいので知り合いでしたら、ラファーさんに先頭に立って話しをしてほしいんですけど」
『ふっ、フレイムドラゴンであるフォスのおっさんと俺はすこぶる仲が悪いぞ。だが安心してほしい、俺はおっさんに何発か蹴りを喰らわせたことがある』
「人選ミスったかもしれない……」
ユニコーンと戯れる聖女の美しい姿に周囲が見惚れるなか、自慢気に語るラファーの話を聞くセシリアは、一気に先行きが不安になってしまうのである。