第142話 動き出す伝説
プレーヌ王国の会議室に緊急の伝令が入る。
「ペンティスカ王国が魔王の手に落ちました」
「開戦して三日か……持った方なのかもしれんな。被害の方はどうなっておる?」
レクトン王が尋ねると姿勢を正した伝令兵が大きく口を開ける。
「怪我人こそ多数いますが、死者はゼロとのことです」
伝令兵の報告にみなが黙り、自然と視線は聖女セシリアへと向けられる。
「魔王の目的はフォルターへの帰還、そして人間に対して攻撃を仕掛けてくることから、人への復讐の二つだと思われていましたが、この度のマイコニドによる騒動もまた魔王の指示によるもの。かつて人が崩したとされる生態系の修正が目的のようです」
セシリアは自分の言葉に注目が集まっているのを感じながら、慎重かつ丁寧に言葉を選び声に出す。
「魔王は脅威ではあります。ですが今のところ人の命を奪うような行為はしていません、ゆえに下手に刺激をしない方がいいでしょう。魔王の相手は私がしますので、手を直接出すようなことはせず、私のサポートをみなさんには改めてお願いします」
セシリアの静かに、それでいて力強い宣言にアイガイオンから一緒だったボルニアたちはもちろんと頷き、プレーヌ王国のレクトン王たちも大きく頷きセシリアと共に戦うことを誓う意思を見せる。
セシリアの力強い言葉に、ペンティスカ王国を落とした魔王の脅威に対する緊張した空気が僅かだが緩くなる。
せっかく緩んだ空気を吹き飛ばすように走ってやってきた、別の伝令兵の登場に再び緊張感が走る。
「なんだ騒々しい。報告があるなら早うせい」
レクトン王がみけんにしわを寄せ、不機嫌そうな物言いで伝令兵を急かす。
「はっ、フォティア火山に住むフレイムドラゴンの活動を観測いたしました!」
「なっ! なんだと!? 何百年もの間、姿すら見せなかったフレイムドラゴンが動きだしたと言うのか?」
テーブルを叩き、思わず立ち上がったレクトン王が青い顔をして叫ぶ。
そのまま頭を抱え座り込むレクトン王は誰に向かって言うわけでもなく、空虚へ向け言葉を投げかける。
「ああなんてことだ。今でこそプレーヌに潤いをもたらしてくれたかつてのフォティア火山の噴火。だが噴火が起きればもたらされるのは破壊……フレイムドラゴンが動くときそれは噴火の予兆と言われておる」
レクトン王の言葉を黙って聞いていたセシリアが静かに口を開く。
「魔王の脅威もありますが、伝説とまで言われるドラゴンが動き出したとなれば無視するわけにもいきません。なぜ今動き出したのかは分かりませんが、その真意を探るためにも向かいましょう」
セシリアの言葉で暗い表情から一転、レクトン王は希望に満ちた顔でセシリアにすがるようテーブルに両手を置き身を乗り出す。
「おぉ、あの伝説のフレイムドラゴンと言えども聖女様であれば討伐することも可能でしょう!」
レクトン王の物言いにイラっとしつつもそれを表情には出さないセシリアは、優しく諭すように語りかける。
「フレイムドラゴンを討伐すべきかは会って判断いたしましょう。あちらの事情もあるのかもしれませんし、それに邪魔になれば討伐する行動を取り続けることはいずれ自分たちが邪魔な存在だと思われたとき、討伐される行為だと私は思います。それは今すぐでなくとも、自分たちの子孫の代で起こることかもしれません。
全てが話し合いで解決できるとは思っていませんが、人の話を聞く余裕は常に持っておきたいものです」
「おぉぉ、さすが聖女様。未来のことまで考えた広い視野に寛大なお心、感服いたしましたぁ~」
涙を流しながら感動するレクトン王にちょっとドン引きしながら、セシリア目をつぶり微笑む。
「フレイムドラゴンもこちらを待ってはくれないでしょうから、早速ですが出発に向け準備をいたしましょう」
セシリアが立ち上がると周囲に控えていた兵たちが出発の準備に向け迅速に動き始める。
***
フォティア火山、現在でこそ活動していない休火山であるが、五百年ほど前に大噴火を起こし周囲に大きな被害を与えたと記録されている。
噴火によってできた北に岩山であるモンタニャー山脈は人の進行を拒みおよそ人の住める場所ではない。だが、西に豊かな土地プレーヌ平原を南にフルーヴ川を中心とした水の恵みを、そして一番溶岩が多く流れた東に広大な森林ミストラル大森林を生み出した。
大陸のおおよそ中心にあり、東西南北どこからもアクセスできるフォティア火山であるが、人が登ろうとするのならば北の険しいモンタニャー山脈、西のプレーヌ側の絶壁は現実的ではない。
ミストラル大森林からの道が一番緩やかとされるが、ミストラル大森林は別名迷いの森とも呼ばれさらに太古から住むエルフたちに人の侵入は拒まれこちらも不可能となる。
そのような理由から、プレーヌ王国から船を使いフルーヴ川を下りシュトラーゼ王国を横切りそのまま、ペイザーニュ国に入り南からフォティア火山を登ることになる。
セシリアはフルーヴ川を下る船に乗りフォティア火山を見上げる。
「フォティア火山と言えばコカトリスのピエトラの住処を直してたよね。今回のフレイムドラゴンが動いたことで工事が止まってないといいんだけど」
心配そうにフォティア火山を見上げるセシリアの横には、川から見る珍しい風景を必死に描くアメリーが座っており、その正面にはラベリが座る。
「魔王だけでなく、ドラゴンも相手にすることになるなんて思いませんでした。しかも討伐でなく、伝説のドラゴンに対し正面から対等に相手をすると宣言したセシリア様の噂でプレーヌ国内は持ち切りでしたよ!」
「なんか凄いことになってるけど、資料によるとドラゴンは人語を理解してるらしいし、もし対話ができるなら何があったのかを聞いて、それで解決できないかなぁ~って感じなんだけど。対等にとかは大袈裟だよ」
興奮気味に話すラベリにセシリアは首を横に振りながら否定するが、ラベリは前のめりになって首を横に振ってさらに否定する。
「そもそも、ドラゴンと対話しようって考えにならないんですよ。それはセシリア様だから言えることで、普通の人たちはドラゴンをどう討伐するのか、被害をどう軽減するかを考えて右往左往するのです」
セシリアの隣で風景を描いていたアメリーが手を止め、セシリアを見て会話に入ってくる。
「そうそう、それにさ。その辺の冒険者とかがドラゴンと対話するんだーって言っても誰も相手にしないはずよ。普通に考えて何言ってんのこの人ってなるもの。
でもね、セシリアが言うとやってくれる! って思えちゃうわけ」
「本当に無茶苦茶言うよ……」
セシリアの凄さを熱弁する二人を見て、セシリアはため息混じりにボヤいてしまう。
「まあ、どうにかするしかないんだけど」
セシリアは胸に抱く聖剣シャルルに触れ、不安が少し和らぐのを感じると、船から見えるフォティア火山を見つめる。
(世の中の勇者とか聖女って呼ばれる人たちって、こういうときどんな気持ちなんだろ? 私はまだ身近に支えてくれる人が沢山いるから恵まれてるんだろうなぁ)
胸に抱く聖剣シャルル、膝に寄り添うグランツと足の影に潜むアトラから温もりを感じ静かに目をつぶるセシリアは、目的地に着くまでの間しばし眠ることにする。