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第139話 聖女(剣)と魔王(剣)

 プレーヌの市場街で夕方に行われる市で買い物をしているセシリアは、アイガイオンにはない野菜の食べ方を店主のおばちゃんに聞きながら過ごしていた。


「見たことのない物を使うよりは、使い慣れた物の方が間違いはないですが、個人的に新しい食材を使ってみたいのも確かです」


 ラベリが緑色の瓜にトゲが沢山あるサボテンのような植物を見ながら唸っている。


「一応買ってみて、宿屋の人にも聞いてみたらどう? 別の使い方も知っているかもしれないし」


「そうですね、どのような味と食感なのか気になりますし、買いましょう!」


 プレーヌに滞在して五日目、それなりにこの国の勝手が分かってきたセシリアたちは、遊戯語(ゆうぎご)の解読をしつつ次の国に向かう準備をしていた。


 マイコニドによる被害、混乱もひと段落しプレーヌ城に行く機会も減ったことで、時間の空いたセシリアは夕方近くに護衛付きだがラベリとアメリーと買い物へ行くのが日課になっていた。


「ねえねえ、これってどんな味がするのかしら?」


「へぇ、なんて植物だろうね」


 アメリーが持ってきた丸いジャガイモのような植物を手にしたセシリアの動きが止まる。


「どうかしたの?」


 突然動きを止め目を見開いたセシリアを心配そうに覗くアメリーの質問には答えず、セシリアは足もとにいるグランツを見る。いつもより緊張した表情のグランツがセシリアを見返してきて小さく頷く。


『とてつもない魔力を今感じ取りました。そしてこちらへ向かって来ています』


 セシリアは手に持っていた植物をアメリーに渡すとラベリとアメリーを見て、護衛の兵を見て口を開こうとしたときセシリアの背後から声が聞こえる。


「とても賑やかな町ですね」


 慌てて振り返ったセシリアの目の前に真っ黒なドレスを着た赤い瞳の少女が、金色の髪を風に揺らしら微笑む。


 胸に抱える漆黒の剣を持つ少女は、スカートを摘まむとセシリアに挨拶をする。


「わたくし、ドルテと申します。あなたが聖女セシリア様ですよね?」


「ええ、私がセシリアですが、なにか御用でしょうか?」


 警戒を崩さないセシリアが胸に抱いた聖剣シャルルをぎゅっと抱きしめ、緊張の色を見せつつ尋ねるとドルテはホッと胸を撫でおろす。


「やっぱり合ってましたわ。異質な魔力をお持ちになり、そして何より噂以上にとても綺麗なお姿、絶対聖女セシリア様だと思いましたもの。それに、タルタロスさんが間違いないって言っくれましたから自信を持ってお声を掛けたんですよ」


 ドルテが胸に抱いていた剣の柄を持ち鞘ごと地面に立てると黒く輝き始める。その動きに警戒をしたセシリアも紫に輝く聖剣シャルルを地面に立て同じく柄を持ち抜ける体制を取る。


『久しぶりだなタルタロス』


『やっぱシャルルか。相変わらず変態そうでなによりだぜ』


 二本の剣が喋る声が頭に響き、セシリアは目を丸くして驚く。


『なぜお前がそっちにいるのか……色々と聞きたいことはあるが、先ずはここでことを構えるのは止めないか』


『久しぶりの再会だってのにそんなに殺気立つなんてシャルルらしくねえぜ。智剣(ちけん)の名が泣くってもんだぜ』


 いつもの口調で話す聖剣シャルルだが、その冷静な口調とは裏腹にタルタロスよりも先に魔力を集め始め臨戦態勢の様子を見せる。


 そしてそれは相手も同じで、おちゃらけた口調でありながら魔力を集め臨戦態勢を取るタルタロスにセシリアも身構えてしまう。


「タルタロスさん、今日は聖女セシリア様にご挨拶に来たのですわ。懐かしい親友に出会えはしゃぐ気持ちは分かりますが、落ち着いてください」


 ドルテにたしなめられ、タルタロスは魔力を集めるのを止めるが、鞘からはここまで集めた魔力が黒い光となってあふれ周囲に威圧感を放つ。


「ドルテさんでしたよね? 私に何か用があるのではないですか?」


「ドルテとお呼びください。そうですわ! 聖女セシリア様は、セシリアお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 セシリアとしてはドルテとことを構える気はさらさらないが、本人の気持ちとは相反してタルタロスと聖剣シャルルが一触即発の雰囲気を見せているゆえ、話を逸らそうとするがドルテは明後日の方向に話を持っていってしまう。


「お姉様なんて柄ではないですけど、好きなように呼んで構いません」


 ドルテの考えていることが読めないセシリアは、刺激をしないように呼び方を了承するとドルテはパンと手を叩き頬を赤く染め目を潤ませる。


「本当のお姉様ができたようで嬉しいですわ」


 セシリアの手を取り満面の笑みで喜びをあらわにするドルテに、ますます何を考えているのか分からなくなったセシリアは警戒を緩めないようにドルテの動きに注視する。


「魔族のなかでもかなり強いオルダーさんや、メッルウさん、ザブンヌさんを倒したセシリアお姉様にぜひお会いしてみたいと思っていましたの。今日こうしてお会いできてわたくしは幸せですわ」


「……その言い方だとドルテは三人よりも立場が上ってことなんですかね?」


 緊張した面持ちになるセシリアが尋ねると、ドルテは自分の唇に指を当て考える素振りを見せたあと、小さく頷いてセシリアの方を見る。


「んー、そうなりますわ。三人ともわたくしの部下ということになりますわね」


「君はいったい……」


 セシリアが警戒の色を強めたとき、ドルテが目を大きく開きハッとし表情で右耳をお押さえる。


「どうかしました? 宣戦布告? えぇ分かりましたすぐに向かいます」


 一人で呟いたかと思うと、ドルテは残念そうな顔でセシリアを見つめる。


「せっかくお会いできたのに残念ですが、用事ができましたの。今度またゆっくりとお話してもらえますか?」


「そうですね。ただ今度は突然でなく事前に知らせてくれると嬉しいんですけど」


「まあ、嬉しいお言葉をありがとうございます。次はちゃんとお手紙をお送りアポをお取りいたしますわ」


 微笑むドルテの遥か上空で黒い光が輝いたかと思うと、空気を押しのけながらとてつもない質量の物体が高速で落下して来る。


 地面を大きくへこませた黒い物体は地面を揺らし暴風を周囲にまき散らし、市場や人に大きな被害をもたらす。


 空から落ちて来た漆黒の鎧の騎士は人の五倍はあろうかという巨大な体でありながら、背中から黒い光を噴射し体を宙に浮かせると大きな手を差し出す。

 ドルテがその手に腰を掛けると、漆黒の鎧は手を自身の胸元に上げる。


「セシリアお姉様、またゆっくりお話しいたしましょう」


 微笑んだドルテがふと、セシリアから離れた場所へ視線を移動させる。セシリアもつられてその視線の先を追うと遠くで解読の作業をしていたニャオトの姿があった。


「あら、ニャオト様。帰る前に迎えに行こうと思ってましたが、来ていただけて助かりましたわ。それでは、わたくし急ぎますので」


「待って!?」


 セシリアの声を掻き消し背中から一際ま眩しい光を放った漆黒の騎士は爆風とともにニャオトのもとへ飛ぶと、彼を摘まみそのまま上空へと消え去ってしまう。


『しまった、やつらの目的はニャオトなのか!?』


 聖剣シャルルの声を聞きながらセシリアが集めた魔力を放とうと構えるが、もう何も見えない空を見て歯ぎしりをして悔しさをにじませる。



 ***



 遥か上空を飛ぶ漆黒の鎧の手の上で気持ち良さそうに目を細めるドルテは、抱えている魔剣タルタロスを見てほほえむ。


「と~ても綺麗で素敵な方でしたわ。それでいて強いだなんてわたくし、セシリアお姉様のこと好きになりましたわ。上手にご挨拶できましたか?」


『あぁ完璧な宣戦布告だったと思うぜ。俺っち太鼓判押しちゃうね』


「宣戦布告? わたくしはセシリアお姉様にご挨拶しただけですわ」


 魔剣タルタロスはカタンと鞘を鳴らし、しばしの沈黙を経たのちに唸り始める。


『いや、魔力で圧かけて目の前で人をさらったら、これすなわち完璧な宣戦布告だろ』


「え〜でもセシリアお姉様呼びも許してくれましたし、仲良くなれたと手応えを感じていますわ」


『う、うーんそうか? ドルテお嬢ちゃんがそう言うならまあ良いけどよ。それにしても遊技人(ゆうぎびと)そのものが存在していたなんてびっくりだぜ。異世界渡りはもう出来ないと思ってたが、自然に流れて来たヤツなのか?』


 魔剣タルタロスが漆黒の鎧の手のなかで気絶しているニャオトへ意識を向ける。


「ニャオト様に会えたのは幸運でしたわ。これで文献の解読が進み、フォルータの場所と行き方が分かるようになりますわね」


『う~ん、遊技人(ゆうぎびと)の多くが薄い本を作ることに命かけてたからな、城にある文献に当たりがあると良いんだけど』


「ええ、きっとありますわ。それよりも今はオルダーさんのところへ急ぎましょう。ベンティスカ国からわたくしたちへの宣戦布告とのことですから」


 ドルテを乗せた漆黒の鎧は北へと向かって飛んでいく。

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