第137話 聖女の監視のもとで
マイコニドの脅威がなくなり、キノコゾンビたちや激しい戦いがあった場所に未だ傷跡がまだ残るものの、日常を取り戻しつつあるプレーヌの町をセシリアは数人の護衛と共に歩く。
獣人の少女との戦闘で壊してしまった家にセシリアが謝りに行くと、記念に保存したいなどと言われるが、セシリアは必死に直すように説得することとなる。
なんとか破壊した場所が分かるように色違いのレンガを使用し壁を埋め、床に空けた穴はそのままにしてセシリアのサインを書くことで納得してもらう。
ぐったりしながら歩くセシリアの左右に並ぶ、アメリーとラベリはいつもより口数が少ない。
なぜならば、この度のキノコゾンビ騒動に別々の場所で巻き込まれた二人は意識のあるうちに宿を取っていた部屋、それもなぜか二人同時にセシリアの部屋へ飛び込む。そしてセシリアの私物である服、主に下着を顔に被りゾンビ化して部屋のなかをさ迷っていたところをセシリアに発見され、怒られたからである。
「まったく、今回の騒動に巻き込まれて二人とも無事だったのは良かったけど、どこをどうしたらあんな状況になるかなぁ」
しょんぼりする二人にセシリアが声を掛けると、二人はさらに肩を落とす。
「セシリア様にすがりたい気持ちでその……つい」
「そ、そうなの! セシリアの香りに包まれれば助かるかもって思っちゃって」
言い訳を始める二人をセシリアが無言でにらむと、しゅんと小さくなってしまう。
「パニックになってたんだろうし仕方ないのかもしれないけど、あの姿は恥ずかしいからやめてね」
自分たちが正気を取り戻したときのことを思い出したのか頬を赤くする。そんな二人を見てセシリアはため息交じりに微笑む。
「もう怒ってないから。それよりも体の調子はどう? 今晩は一緒にご飯食べれるから何か食べたいものがあるならリクエストしておいてよ」
「今日はお城で晩餐ではないのですか?」
「それは断ったよ。たまにはゆっくりラベリとアメリーと食べたいって言ったらボルニアさんも許可してくれたし」
プレーヌ城での食事を断ることが出来るのは容易に予想できたが、宿でラベリとアメリーと食事をしたいとの希望もあっさりと許可されたのは予想外だったなと思うセシリアは、自分の両腕に喜んで抱きつくラベリとアメリーに照れてしまう。
セシリアは腕に抱く聖剣シャルルの満足そうな『よき、よき』と言う声を聞きながら、町の通りの影に庶民の服を着て変装してはいるが、同じく庶民の服を着た数人のたくましい男に囲まれ周囲から浮いた存在がチラチラとこっちを見ていることに気づく。
セシリアはその人物の方へと向かって歩いて行くと目の前で止まる。
「少しだけお話しましょうか?」
セシリアに面と向かって言われ目を泳がせる男性を見て、それがエルブ王子だと気づき、事情を知っている数人の護衛の兵は警戒の意思を見せるがセシリアは首を横に振る。
「申し訳ないですけど、ちょっとの間だけ外して二人だけにしてもらえませんか?」
セシリアに言われ警戒態勢を維持したまま護衛の兵たちが後ろに下がると、エルブ王子の護衛も後ろへと下がっていく。
「警戒されてますし、みんなから見える場所にしましょうか」
セシリアに言われ頷くエルブ王子と一緒に二人は歩き出し、少しだけ移動すると共同井戸がある広場の外れにやってくる。
地面に置かれた石のベンチに腰を掛けたセシリアに促され、エルブ王子も緊張気味に石のベンチへと座る。
「私をつけていたみたいですが、何か用事ですか?」
セシリアの問いかけにエルブ王子は素早く立ち上がるとセシリアの前に立ち深々と頭を下げる。
「この度のこと本当に無礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げたもののセシリアからの返事がないのでエルブ王子は恐る恐る顔を上げる。
「ひいっ!?」
座ったままハイライトの消えた深く暗い紫の瞳で見つめるセシリアの圧に、エルブ王子は思わず悲鳴を上げる。
「ゆ、許して……もらえ……」
「許すわけないでしょ」
「ひえっ!?」
キッパリと断言されてエルブ王子は縮こまる。
「自分に睡眠薬を飲ませ襲おうとした人を許す人がどこにいますか」
セシリアに正論を言われ、さらにエルブ王子は肩を落として小さくなってしまう。
「今回の件、国に混乱をもたらさないためにも黙ってますが許したわけではないこと、重々承知してて下さい。ただ……」
小さく息を吐いて言葉を区切ったセシリアは、険しかった表情を緩める。
「混乱のなか人の言葉に耳を傾け率先して行動することが出来た、その姿を見て更生の余地はあると判断しました。私の監視の目があると思い、今後はこの国のために尽くしてみて下さい」
セシリアの口調が優しくなったのを感じたのか、エルブ王子は首をすくめ地面に向いていた視線をセシリアへと向ける。
下から見上げるエルブ王子の視線と、それをじっと見つめ返すセシリアの視線が合わさる。
しばしの沈黙を経てエルブ王子が口をモゴモゴとさせ、やがて意を決したように口をそっと開く。
「あ、あの……噂で聞いたことがある……のですが。聖女に叩かれて気合を入れ直す儀式があると。……その私にも……」
「そういうとこです。人に甘え過ぎず自分で進むクセをつけて下さい」
人差し指を立てた手を突き出してエルブ王子の言葉を厳しめの口調で遮ったセシリアは、立ち上がるとしょんぼりと項垂れるエルブ王子の頬に右手を当てる。
そのままじっと見つめるセシリアと目があったエルブ王子は顔を真っ赤にしてしまう。そしてセシリアが微笑むとエルブ王子は耳まで真っ赤に、さらには肌が露出している手足まで真っ赤になってしまう。
「ですが今回はプレーヌ国のため、将来的にこの国の指導者になるであろうあなたが前へ進めるなら力を貸しましょう。ただし、覚悟して下さいね」
「えっ?」
エルブ王子の戸惑いの声を残して、パーンっと乾いた音が辺りに響く。
驚き目を丸くして自分の頬を押さえるエルブ王子を、真剣な表情をしたセシリアが真っ直ぐに見つめる。
「次に会うときがあれば、そのときは今とは違うあなたであることを期待しています」
セシリアは微笑みエルブ王子に背を向けるとその場から立ち去っていく。聖剣シャルルを抱いて目をつぶって満足そうに微笑むセシリアの頭のなかで声が響く。
『完璧だなセシリア。これでエルブ王子はますますセシリアに夢中だ』
「いっ!? そんなわけないでしょ。しっかりしてくれよってつもりで言ったし、それに結構強めに叩いたもん」
『恋愛初心者のわらわでも今のは勘違いさせている気がするのじゃ』
「えっ、アトラまで言う? キャレ女王の言いなりになってないで自分で考えて動けって意味だよ。そもそも私許してないし、いつでも監視の目があると思って油断するなよって、次に会ったとき変わってなかったら覚悟してろよって意味だよ」
必死に説明するセシリアの肩にグランツが飛び乗る。
『何はともあれ、これでこの国も無事セシリア様の魅力に落ちました。時期指導者に代わってもそれは続くことが約束され、めでたしめでたしです』
「ちょっと待って。魔王討伐の旅だよねこれ? なんで国を落とすみたいな話になってるの?」
護衛の兵に支えられ、赤く腫れた頬の痛みが持つ熱に大切そうに触れるエル王子の熱い視線を背中に受けながら歩くセシリアは、言葉を伝える難しさと自身の恋愛経験のなさを痛感するのである。