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第136話 諸悪の根源を断つ一撃はチクッとね

 王都の南西へと向かって走る一行(いっこう)に対抗するように現れるキノコゾンビの群れ。今までのように道に沿って向かってくる集団だけでなく、民家と民家の間や庭にある塀を越えてきたりとあちこちから湧いてくるのは、なりふり構っていられない、そんな相手の焦りが透けて見えるようでもある。


 雄叫びを上げキノコゾンビたちを押える混合チームだが、屋根の上から飛び降りて来た突然の来訪者によって吹き飛ばされる。


「ぐるるるっ!」


 右手を地面につけ姿勢を低くして狼の耳と中央のキノコをピンと立て、尻尾の毛を逆立て威嚇(いかく)してくる獣人の少女、ミモルの登場に混合チームは怯んでしまう。


「魔族も寄生されるのか? まあいい、こいつは俺らが押えます。セシリア様は民を下げてください」


 ロックが前に出ると同時に、ミモルが地面を蹴って爪を出した右手を真横に振るう。


「っと重いが、受けれないほどじゃねえな!?」


 ロックの棒に阻まれた攻撃だが、ミモルは棒を握るとその手を中心に鉄棒のごとく回転しロックのわき腹に蹴りを入れる。

 大きく吹き飛ばされ宙に浮くロックを追撃しようと地面を蹴ったミモルの前にミルコが割って入ってくる。


 分厚い両腕でガードしミモルを押し切ったミルコが拳を振るうが、あっさりと避け腕の上に着地すると、その場で片足を軸に回転し顔面に蹴りを入れる。


 ぐるぐる目で自分の意志は感じられないミモルだが、手ごたえを感じたのかニンマリと口角を上げる。


「ふっふっふっ、いい蹴りだ」


 だが蹴った足の裏から聞こえる笑い声に何かを感じ取ったのかミモルが足をそっと下げると、鼻血を出したミルコの笑顔が姿を現す。


 絶対にダメージを受けているのに笑うミルコの姿にマイコニドに操られてはいるが、野性的な危機感を感じたのか一旦引いたミモルは再び地面を蹴って、蹴りの連撃をミルコへと浴びせる。


「フハハハハハ、いいぞ、いい蹴りだ! めちゃくちゃ痛いがそれが俺の糧となるのだ!!」


(うわぁ……あいつのスキルが蓄積(ちくせき)返しって知っててもこの状況は変態にしか見えないや)


 デヒュミの粉をまきキノコゾンビの群れを元に戻したあと、聖剣シャルルに力を溜めるセシリアは獣人の女の子に蹴られながら笑うミルコの姿にドン引きする。


 そんなことを思われているなどとは微塵も、いやむしろカッコイイところを見せていると確信しているミルコが拳を握ると上半身の服が弾け飛ぶ。


「痛みを耐え抜いた先にある一撃はセシリア様に捧げる聖なる一撃」


(変な解釈されそうなセリフをはくのやめてくれないかな)


 そんなセシリアの気持ちを乗せたミルコの拳が放たれる。人間の放つ攻撃とはいえ、それまでミモル自身が放っていた攻撃をまとめて返した一撃の威力は凄まじく、ミモルはガードこそするが衝撃波によって大きく後ろに後退させられる。


 強烈な一撃を放ったミルコの横を翼を広げたセシリアが駆け抜ける。


 聖剣シャルルから推進力として放たれる魔力が紫の軌跡を引き、一直線に向かうセシリアが地面に爪を立て踏ん張るミモルを掴むと、そのまま民家の壁を突き破り床へと叩きつける。


 素早く伸びる影がミモルの四肢を掴み床へ押さえつけると、セシリアは聖剣シャルルをミモルの首から少し離れた場所に突き立てデヒュミの粉をふりまく。


「くしゅっ!」


 大きなくしゃみをしたと同時に頭のキノコが白く枯れて崩れると、我に返ったミモルが突然目の前にいるセシリアを前にして目を大きく見開く。


「え? あの、ここどこ? というかあなたは誰?」


「私の名前はセシリア」


「セシリア? ……!? うっ! うそ! ちょっと、待って!」


 目の前にいる人物が誰だか分かった瞬間慌てふためくミモルだが、自分の手足が床に押さえつけられていて動けないことに気づきさらにあせって必死にもがく。


 だが自分の首の近くにとんでもない魔力量を放つ聖剣シャルルがあることに気づき、もがくのをやめ涙目で首を横に振る。


「命は取りません。ただ答えて下さい。あなた方はいたずらに魔物を刺激して生態系を乱しているように見えますが何が目的なのです?」


 セシリアの質問に合わせ聖剣シャルルから溢れる魔力が一瞬激しく燃え上がる。ミモルが首を必死に縦に振りながら涙目でセシリアを見つめてくる。


「ひぃぃ、言います。む、むかしに人間どもが私たち魔族とともに追いやった魔物たちを元の場所に戻すのです。み、乱してるのではなく元に戻しているのです。だ、だから、マイコニドも人間によって封印されて、か、解放するために私たちは来たんです」


「魔物を元の場所に戻す?」


「に、人間どもが崩した生態系を元に戻すのが魔王様のお考えなんです」


 セシリアが尋ねるとミモルは神妙な面持ちで答える。


『セシリア様、おそらくマイコニドです。一番強い個体であるこの魔族が使えなくなったことで動き始めたようです』


 グランツの声にセシリアは小さく頷く。


「分かりました。魔物の問題は今ここで私たちが話し合ってどうこう出来ることではなさそうですね」


 そう言ったセシリアが勢いよく聖剣シャルルを床から引き抜くと、未だアトラの影によって床に貼り付けになっているミモルは、トドメをさされると思ったのかイヤイヤと首を横に振る。


「あなたの仲間が城の四階で眠っています。四階まで行けば案内役がいるはずですから、人に気付かれないように忍び込んで逃げてください」


 聖剣シャルルを鞘に納めた途端、アトラの拘束から解放されたミモルがよろけながら体を起こし座り込んだままセシリアの背中を見つめる。

 ミモルのなにか言いたげな視線を残し、セシリアは建物を飛び出すと、ロックとミルコ、その他大勢の人たちが集まって来る。


「セシリア様、ヤツは?」


「彼女は無力化しました。それよりも本体が動き出したようです。さらなる被害が出ることも予想されますので急ぎましょう!」


 セシリアがロックの問いに答えたとき、少し離れた場所で真っ黄色な煙が天に向かって上がる。


「ぐわわっっ!?」


「くしゅっ!」


 周囲の人々の阿鼻叫喚な叫びと、くしゃみが上がりデヒュミの粉で一度戻った人が再びキノコゾンビへと変えられてしまう。


『セシリア待て。ここで無駄にデヒュミの粉を使用すると足らなくなる可能性がある。マイコニドを討つのが先だ! デヒュミの粉を摂取した者が感染者からの感染は防げるのであれば、一旦全員下げて体勢を立て直すのだ』


 デヒュミの粉が入った袋に手を入れたセシリアが、唇を噛み悔しさを滲ませながら聖剣シャルルの声に頷く。


「みなさん、落ち着いてマイコニドから離れてください。感染者からうつされることはありませんから、マイコニドだけに注意してなるべく遠くに離れてください」


 セシリアの呼び掛けにパニックになっていた人たちが冷静さを取り戻し、黄色い粉が舞い上がる場所から走って離れていく。

 だが、黄色い粉が引いてマイコニドが姿を現したかと思うと傘から粉を振りまき自身の前に集め球体にすると、体から生える触手を絡ませ球体に突っ込む。


『セシリア、まずいぞ! 我の集めた魔力を解放しヤツの攻撃を防ぐ。地面に向け放て!!』


 聖剣シャルルの焦った声が頭に響きアトラが影を畳んだかと思うと、セシリアを一気に真上に跳ね上げる。


「ちょっと、いきなり過ぎるって!?」


 空中に投げ出されたセシリアだが、グランツがバランスを取り体勢を保たせていることに安心感を感じ、聖剣シャルルを大きく振り上げるとそのまま振り下ろし地面に向け魔力を放つ。


 マイコニドが放つのは絡めた触手を解くときに出来る魔力の渦を利用した、胞子によるビーム。ビームと言ってもそれ自体に攻撃力はないが、吸ってしまうとキノコゾンビになってしまうので驚異的な技である。


 だが、セシリアが放った魔力は地面を抉りつつ、爆風の盾を生み出すと胞子ビームを風に巻き込んで上空へと舞い上がらせる。


 突然のマイコニドの胞子ビームにセシリアの魔力の斬撃による激しいぶつかり合いに度肝を抜かれる人々だが、次の瞬間には地面を滑りながら聖剣シャルルを振りマイコニドの触手と斬り合うセシリアの姿に釘づけになる。


「これ、攻めきれるの? 魔力集めて遠方から放った方がいいんじゃない?」


『いいや、コイツを破壊したときどれだけの胞子がバラまかれるか想像がつかない。安全かつ確実にコイツを倒すためにもデヒュミの粉をヤツ本体に注入し内部から破壊したい』


『マイコニドの気はこちらに向いています。万が一、人質を取られたりすると厄介です。このまま引きつけておくのが得策かと』


 三人の補佐を受けながらマイコニドの触手をさばいていくセシリアの華麗な剣技にみなが見惚れるが、セシリア本人はそれどころではない。


「もー、これ死角からも来るんだけど。こんなんじゃ、あんまり長く持ちそうにないかも」


 縦横無尽に襲い来る触手を聖剣シャルルと、さりげなくアトラが受け止めつつ攻めあぐねるセシリア。そんな姿を見て、飛び込もうとするロックをミルコが肩を掴んで押える。


「なんだよ、セシリア様を助けに行くのを邪魔するんじゃねえよ」


「中途半端に行ってもマイコニドに捕らわれセシリア様の邪魔になるかもしれない。今必要なのは、セシリア様がマイコニドへと向かうための道を切り開く強烈な一撃」


 そう言ってミルコは歯をキラリと光らせ、鼻血の跡が残る顔でニカッと笑う。その笑顔に嫌な予感を感じたロックの顔に影が差す。


「ロック、俺を叩け!」


 爽やかに言うミルコにロックがガックシと肩を落とすが、すぐに手に持っている棒を強く握り締めると覚悟を決めた表情でニンマリと笑う。


「やめてくれとか言って泣いて謝ってもやめねえぞ」


 ロックが握りしめた棒を振り抜きミルコを叩き始める。そんなことになっているとは知らないセシリアが、二人の行動に気がついたのはミルコの雄叫びが聞こえてきたからである。


「まだまだ来い! ロックが俺にくれる痛みが力となるのだ。さあもっと、もっとだぁ!! ああいいぞロック、俺にお前の全てをくれ! もっと激しく強く俺にぶつかってこ~い!!」


 ミルコが雄叫びを上げるのはセシリアに気付いて欲しいと言う意図もあるのだろうが、少しゲッソリした感じで「もうやめたいぃ~」と泣き言をボヤキながら叩くロックと、大きな声で笑いながら棒で叩かれるミルコ。


 それに加えそんな二人の姿にドン引きする周囲の人々、そんな光景はなかなかに異様である。


「うわぁぁ……何回見てもあれは引いてしまうね」


『そうは言ってもミルコのおかげでこの現状を突破できそうだぞ』


 ドン引きしながらもセシリアは、ミルコが放つであろう渾身の一撃にタイミングを合わせるべく触手をさばきながら位置を調整していく。


 そしてミルコの行動は、マイコニドにも危険を感じ取れるものがあったらしく、セシリアを近付けさせまいとしながらも、体を上下に揺らし胞子を放出し始める。


 やけくそ気味のロックが放つ打撃を受け体内にダメージを蓄積させ、筋肉を震わせたミルコがマイコニドに向かって走り始める。それと同時にマイコニドも胞子を集め魔力を込めた触手を絡め一気に解き放つ。


「これはセシリア様の道を切り開く一撃! ロックと俺の愛が重なった一撃だぁ!!」


 誤解されそうな言い方で放たれた衝撃波は胞子ビームとぶつかる。


「うおおおおおっ!!」


 さらに拳を連続で突き出し衝撃波に勢いを追加で与えるミルコの瞳に、白い翼を広げるセシリアの姿が映ると目の前で紫の光が弾け、胞子ビームを消し去りつつ触手を引きちぎっていく。


 ちぎれ宙を舞う触手の影が一瞬で繋がり一本の線になると、影はマイコニドの足を掴みセシリアを引き寄せる。


 マイコニドの彫刻で彫られたような堀の深い顔の表情が変わることはないが、一瞬の隙に目の前に現れたセシリアに表情が歪んだようにも見えてしまう。


 翼を広げ空中で静止するセシリアがそっと聖剣シャルルの先端をプスリとマイコニドの体に突き刺す。


 そして、袋から取り出したデヒュミの粉をまくとセシリアのスキル『広域化』のかかった魔力を含む粉を、聖剣シャルルが周囲の魔力と共に集め先端からマイコニドの体内へと送り込む。


 途端にマイコニドの動きは止まり、全身が真っ白になったかと思うとボロボロと崩れて風化してしまう。


 跡形もなくなったマイコニドを背にしてセシリアが聖剣シャルルを鞘に納めた瞬間、勝利を確信した人たちが歓声をあげる。

 それは瞬く間に王都中に広がりプレーヌ城のなかにいる人たちまで勝利が伝わり、王都中が喜びであふれるのだった。

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