第135話 広域化の本領発揮
キノコゾンビの群れの隙間に降りたったセシリアの存在に気づいたキノコゾンビたちが群がってくるが、周囲に聖剣シャルルが放った魔力の電撃が走り吹き飛ばす。
『くしゃみによる飛沫感染。腕の届く範囲以上の距離を取ったとして我の魔力で強力な攻撃は防げないが、感染者くらいなら退けれる。
加えて我が魔力を集め変換する際、周囲の空気を取り込みろ過することも可能。これとセシリアの魔力攻撃に対する抵抗力が加わればある程度の接近をしても感染の危険は限りなく低くなる』
「理屈は分かるけど、いざこの人数に囲まれると尻込みしてしまうよ」
自分の周囲を囲むキノコゾンビを前にして、聖剣シャルルを持つセシリアの手に力が入ってしまう。
『我の鑑定によると、デヒュミの葉による滅菌は問題なく作用する。そして離れた場所から広範囲に振りまけるセシリアはこの度の戦いに打って付けだ』
「本当に今日ほど自分のスキルが『広域化』で良かったと思った日はないよ」
そう言うとセシリアは袋に手を入れデヒュミの粉を手に握る。少しだけ力を入れて握りしめると手の中が光輝き始め、そのままそっと手を広げるとキラキラと光るデヒュミの粉が姿を現す。
『広域化』スキルがかけられたデヒュミの粉は、セシリアの手のひらから風に乗って周囲へ広がる。キラキラと空気中で光るデヒュミの粉はキノコゾンビたちの口や鼻から体内へと入る。
そして始まるくしゃみの嵐。あちこちでくしゃみをするキノコゾンビたちの頭に生えるキノコが白く色を変えるとボロボロと崩れ始める。
「あれ? 俺何を?」
「たしか買い物へ行く途中だったはず……」
頭のキノコが崩れた途端、正気を取り戻す人々。
『む、意識を取り戻したまま元に戻るとは嬉しい誤算だ。セシリア! 混乱を治める意味でも呼びかけ協力を仰ぐのだ』
聖剣シャルルの言葉にセシリアは頷くと混乱する人々に向け叫ぶ。
「みなさん聞いてください! 今王都は奇病の脅威にさらされています。ですが私なら奇病を治すことが可能です! 薬をまくためにも奇病に侵された人たちが私に近づかないように防いでもらえませんか!!」
セシリアにみなが注目する、そして次に自分たちに向かってくるキノコゾンビたちを見て慌てふためく。
「落ちついてください。今のあなたたちは薬の影響で感染はしないはずです。私の周りに集まって向かってくる人たちを押えてくれるだけでいいのです」
まだわけも分からないが、バラバラに散らばって人たちがセシリアのもとに集まり始めると、自然と迫ってくるキノコゾンビたちを外側の人たちが押える形となる。
感染を拡大させようとくしゃみをするキノコゾンビたちに、セシリアがデヒュミの粉をまくと頭のキノコが枯れ正気を取り戻す人。
聖女セシリアが起こした奇跡を見た人たちは歓喜の声を上げる。
「体力的に不安のある人や怪我をしている人、子供は後方へ下がってください。あと城から届けられる袋を私のもとへ届ける人たちで別れてくれませんか。お願いします」
セシリアの呼びかけに後方へと下がる人たち、城へ向かって行く人たちに分かれる。
「ぬわぁ~!!」
「これくらいが防げないとは、まだまだ筋トレが足らんな」
丁度そのときキノコゾンビの群れを引きつれ叫びながらセシリアのもとへ走って来るロックとミルコの姿があった。
「みなさん、力を貸してください!」
「「おおおっ!!」」
数十人の人たちと共に走るセシリアはロックとミルコを後方へと逃がすと、キノコゾンビたちを体当たりで押さえ込む。すぐさまセシリアがデヒュミの粉をまくことでキノコゾンビは正気を取り戻していく。
「セシリア様! こちらを!」
城の中で作られたデヒュミの粉が入った袋が、バケツリレーでセシリアのもとへ届けられる。
正気を取り戻した人たちを介抱し事情を説明し落ち着かせる人。怪我人を運ぶ人や子供などを避難させる人と、段々と役割分担ができ始めセシリアを中心に人々が動きだす。
やるべきことが分かれば、統率もとれ効率的にキノコゾンビの群れに対抗し始める。
もともと攻撃的ではなく、くしゃみしかしない相手であるのも大きく、戦闘経験のない町民でも対抗出来たこと。そしてなにより時の人である聖女セシリアが側にいて自分たちが役に立っていることで勢いづき、攻めの姿勢でキノコゾンビたちに対抗し元へ戻していく。
疲れたら後ろに下がって、新たに正気に戻った人たちがセシリアを守る隊に入りローテンションをすることで常に万全の体制でセシリアをサポートしていく。
王都全体に湧いていたキノコゾンビたちは次々と元の姿に戻っていき、やがて人の数の方が多くなってくる。そうなれば積極的にキノコゾンビたちを囲みセシリアがデヒュミの粉をまいて元に戻すと言う作業的流れになっていく。
「終わりが見えてきましたね」
セシリアの隣にいるロックが辺りを見回し、キノコゾンビが減ってきた町並みを見て話し掛けてくる。
「ええ、あとは原因となったマイコニドがみつけれれば完全に終えることが出来るのですが」
セシリアが目で辺りを見渡しながら、頭のなかでグランツの答えを待つ。
『寄生された人たちが減ったので数か所に絞れてきましたが、マイコニド自体の魔力が微弱なのか押えているのか探りづらい状況です。ただ、そこまで強くはありませんが王都内に魔族が混ざっています。私たちを観察するように移動していましたが、今は一か所に留まっているようです』
『強い者に自分を守らせるのは自然な流れであろう。そこを狙って行くのが一番効率的であろうな』
二人の言葉を聞いて小さく頷いたセシリアは前を向いたまま叫ぶ。
「みなさん、このまま南西の方向へと向かいます。おそらくそこに諸悪の根源であるマイコニド、そして魔族がいると思われます。決して油断せず進んでください!」
王都の内の民と兵が入り混じった混合チームによる雄叫びに近い返事が返って来ると、セシリアを囲む隊は南西へ向け進軍を開始する。




