第134話 カッコイイと思います
セシリアが階段から降りてくるとボルニアたちが駆け寄ってくる。
「セシリア様、お体の具合は?」
「まだ本調子ではありませんが大丈夫です。それよりも現状を教えてくれませんか?」
ボルニアが報告する内容を静かに聞いていたセシリアは、報告が終わると小さく頷きそっと目をつぶる。しばしの沈黙を挟んだあとゆっくりと目を開ける。
「眠っている間にこの子が情報を集め私に教えてくれましたが、ボルニアさんの話と合わせてもマイコニドが原因で間違いはなさそうですね」
セシリアがしゃがんで足元に寄りそうグランツの頭を撫でる。
「ええ、過去にこの地に現れたマイコニドを通りすがりの術者を名乗る者が、モワールの森の奥に封印したと記録が残っていました。そのときの症状と今回の騒動は酷似していることから間違いないと思われます」
そこまで言うとボルニアは口ごもってしまう。
「マイコニドの胞子を吸った者をどうすればいいのか? 過去の文献には載っていなかったのですか?」
「え、ええ。その、詳しい内容はなく……ただ個人的手記に悲痛な心情が書いてましたからそこから察するに……」
苦しそうに話すボルニアに、グランツを抱きかかえたセシリアが微笑む。
「マイコニドの対処方法もこの子が見つけてくれたみたいです」
「なんと!? そのグワッチがですか?」
驚くボルニアを見てセシリアが微笑むとグランツを右手に乗せ立ち上がる。
「この子はただのグワッチではありませんよ。聖剣が結んでくれた霊鳥と言ったところでしょうか」
セシリアは右手に乗せたグランツが優しく撫でる。するとグランツは光輝き始め、一際眩く輝くと光の粒になってセシリアの腕の上を跳ねながら進み胸元に吸い込まれて消えてしまう。
セシリアの背中に光が集まり始めたかと思うと、純白の翼へと変わる。
背中に生えた翼を広げたセシリアの姿に初めて見る者たちは度肝を抜かれ、何度も見ている者たちもその美しさに息を呑んでしまう。
「この子の名前は、グランツ。輝きの名を持つ霊鳥は私が寝ている間にマイコニドに対抗するものを見つけて運んでくれたみたいです」
セシリアが階段の上を見上げると、みなもつられ視線を上に向ける。
そこには寝ている間セシリアを守るために兵が風呂敷を持って待機していた。
セシリアが頷くと、それを合図に兵は風呂敷を大切に抱え階段を降りてくる。そして兵が風呂敷を広げその中に入っているトゲトゲの葉っぱが姿を表すと、みなは少し困惑した微妙な顔をする。
風呂敷を開ける前は期待に満ちた目をしていたが、開けて出てきたのが緑色のトゲトゲの葉っぱなので、みなリアクションに戸惑ってしまったのである。
だが、聖女セシリアの前なのでとりあえず喜ぶべきなのか、それとも尋ねた方が良いのかその迷いがさらなる混乱を生んでしまう。
困惑するみなを見てクスクス笑いだすセシリアに視線が集まる。
「笑ってごめんなさい、これを見たらそんな顔になりますよね。私も説明されて葉っぱを見て微妙な気持ちになりましたから」
そう言って微笑むセシリアにつられて、緊迫した状況に引きつっていたみなの顔にも笑みが宿る。
「でも大丈夫です。グランツが試して効果は実証済みですから信じて下さい。この葉っぱの名前はデヒュミ。水や湿度のある場所を好み自らの生息域を広げるため、生息域が被るカビやキノコなどを葉にある毒素を使用し駆除する性質を持つ植物です」
そう言ってセシリアはデヒュミの葉を一枚取る。
「胞子を植え付けられた人の体からマイコニドのキノコを取り除くため、この葉を乾燥させ石臼で粉にする必要があります。そこで」
セシリアが振り返ったとき、目を覚ましたとき外で見張りをしていた兵たちに頼んで手配してもらっていた道具が運び込まれてくる。
葉を乾燥させるための鉄の入れ物に熱した炭などを入れ服のしわを伸ばす異世界で言うアイロンと石臼やすり鉢&すりこ木が次々と並べられていく。
「みなさんに手分けしてもらいデヒュミを粉にしてほしいのです。手順は料理人や薬師の方々が詳しく教えてくれますから」
セシリアに先導され道具の横に並ぶ数人の料理人や薬師のもとへ人々は思い思いの場所へと別れていく。
そして周囲に誰もいなくった場所で、レクトン王たち三人が座り込んだまま佇んでいる。そんな三人を見たセシリアがゆっくりと歩いて近づくと、三人は怯えた表情で体を後ろに反らしてしまう。
「御三方も手を貸してもらえませんか?」
「なっ、わしにやれと言うのか!」
セシリアが声を掛けると、怯えてた目に光を取り戻し憤慨するレクトン王をセシリアは澄ました表情で見返す。
「ええ、頭にキノコが生えたら王も平民も関係ありませんから。そうならないためにもみんなが出来ることしないと。それになによりもです」
そこで言葉を切ったセシリアはキャレ女王とエルブ王子を見る。
「民のために自ら率先してやるって王様ってカッコイイと思いません?」
そう言ってウインクするセシリアを見てエルブ王子がゆっくりと立ち上がる。
「やりましょう。お父様、お母様。これは我が国の一大事、国を治める者がただ座って見ていては立つ瀬がありません」
「ええそうよ、あなたやりましょうよ。すり鉢で粉にするくらい私にだってできるもの」
立ち上がった二人を見たレクトン王は視線を床に落とし強く目をつぶってしばらく唸るが、やがて立てた膝を叩いて立ち上がる。
「国を守れず何が王であろうか。この危機を乗り越えるため、わしもやれることをやるぞ」
気合を入れたレクトン王たちもそれぞれ別れ、乾燥した葉をちぎるエルブ王子にそれをすり鉢で粉にするキャレ女王。粉になったものを布の袋へ詰めるレクトン王の姿を見てセシリアは微笑み、デヒュミの葉を粉にしたものが入った袋を手に取る。
「行かれるのですか? すぐに護衛の準備をいたします!」
外へ向かって歩き始めるセシリアに駆け寄ったボルニアだが、セシリアは首を横に振る。
「多くの人数で行くと犠牲者が増えるだけです。下にはロックさんとミルコさんがいると聞いています。護衛の方は彼らにお願いします。それよりもデヒュミの粉を届けるための人員の手配をお願いします」
「はっ!」
セシリアのお願いに急ぎ後ろに下がるボルニアを置き、セシリアは先へと進み三階にあるバルコニーの柵から下を見下ろす。マイコニドに寄生されたキノコゾンビたちが大量に歩き回る庭園を瞳に映したセシリアが肩を落とす。
「はぁ~」
『いつになく深いため息だな』
胸に抱えた聖剣シャルルの言葉にセシリアの表情が曇る。
「深くもなるよ。なんで一国の王子に襲われそうになって眠らされた挙句、この国を救うためとは言えウインクまでしなきゃならないんだろって考えたらさ」
『ですが、あのウインクはとても魅力的で可愛らしかったですよ』
『のじゃ、のじゃ。王子だけでなく、王も見惚れておったのじゃ』
グランツとアトラの讃える声にセシリアは上を向いて大きく息を吐く。
「可愛いかは分からないけど、段々と普通にやってしまう自分が怖くなってきたんだ……」
『ふむ、男の娘への道を確実に歩んでいるようでなによりだ。我が保障しよう、セシリアは初めのころよりも格段に可愛いくなっているぞ』
呆れた表情のセシリアは黙って胸に抱く聖剣シャルルを見て小さくため息をつく。
「嬉しくないけど、一応お礼を言っておくよ」
聖剣シャルルを鞘から抜き、鞘を腰へ引っ付けるとバルコニーの柵の上に立って大きく翼を広げる。
『セシリア、思い切って飛ぶのじゃ。着地はわらわが受け止めるし、スカートはほどよくふんわりさせつつ、中は見えないように影で隠すから安心するのじゃ!』
「そんな細かな配慮までされてたなんてびっくりだよ」
ここに来てアトラのやっている意外な事実を知り、驚くセシリアはキノコゾンビの群れに飛び込むのである。