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第133話 混沌に現る希望

 ララムは髪を乱し、涙の粒を飛ばしながら猛スピードで走るティグールに必死に掴まる。やがて王都プレーヌの城壁が見えてくると、ティグールは鋭い爪を出し壁の隙間に引っ掛け上り始める。


 本来ならティグールが上りきれる高さではないが、アトラのアシストにより城壁のてっぺんまで一気に駆け上がると歩廊(ほろう)に着地する。

 そこで防衛にあたっていたと思われる兵のキノコゾンビが寄って来るが、集まってくる前にティグールは地面を蹴り町の方へ飛び降りる。


「うえひえあぁぁっーーー!?」


 全速力で上ったかと思えば今度は高所から落下するティグールの上で、言葉にならない声で叫ぶララムを無視し、城壁の壁に爪を立てブレーキかけながら滑り落ちるティグールは壁を蹴ると、民家の屋根に飛び降り豪快かつしなやかに民家の屋根の上を飛び移りつつプレーヌ城へと向かう。


 そのまま城の壁を駆け上がりセシリアの眠る階に飛び込んだティグールは、誰もいない廊下を音も立てずに歩く。


「はうぅぅー」


 影の中から出て来たアトラとが、ティグールの上で目を回し気絶するララムの上にいるグランツと目を合わせ同時に頷くと、適当な部屋を開けてベッドに寝かせる。


「ここまでご苦労じゃったな。もう一つ頼んですまんが、こやつを見守っておくのじゃ」


 アトラの魅了に操られているティグールは素直に頷くと、目を回すララムの眠るベッドの傍で丸くなって休憩をする。

 それを見たアトラは風呂敷を手に持ちグランツと一緒にセシリアの眠る部屋へ向かう。



 ***



『なるほど、分かった。そのデヒュミの葉を我の上に置いてくれないか』


 アトラたちの姿を見ると結界を解いた聖剣シャルルに言われ、アトラは聖剣シャルルの上にデヒュミの葉を置くと鞘が紫色に光輝き始める。


『ふむ、微弱な魔力に反応する葉の中にある毒素を持ってカビやキノコ類の菌を滅する効果がある。つまりは人の体内に取り込ませれば体内から菌を消すことが出来るはずだ』


『体内へ取り込ませると言うことは液状にして飲ませたりするということですか?』


「それはちと骨が折れるのじゃ」


 聖剣シャルルがカタカタと鞘を鳴らす。


『いいや、粉末状にして吸わせればいい。マイコニドに寄生されている者は死んでいるわけではない。呼吸をしているはずだから吸わせるのは可能であろう。それらの状況を考慮し、そして微弱な魔力に反応する特製を持つデヒュミの粉を広域に振りまく必要があることを合わせると……つまり』


『なるほど、これほど我々に有利な条件はないと』


「セシリアを酷い目に合わせたのじゃ、この状況を利用させてもらうくらいバチは当たらんのじゃ」


 カタカタ、グワグワ、ニョロロと笑う三人がベッドで眠るセシリアの顔を覗き込む。アトラたちが出るまでは穏やかに眠っていたが、可愛い声で唸りながら今にも目を覚ましそうなセシリアを見て目を細め見守る。



 ***



 キノコゾンビの集団が頑丈な門に体ごとぶつけ叩く音が城内まで鳴り響く。その低く体の奥底までに響く重い音は城内に隠れる人々の心の底にまで恐怖として染みわたっていく。


 レクトン王とキャレ女王は座り込んで耳を塞ぎ震え、エルブ王子は両膝で立ったまま放心状態で視点は定まっていない。

 そんな王たちをよそに兵や執事、メイドや料理人までもが城内にキノコゾンビが入らないようにバリケードを作ったり、文献からこの状況を打破する方法を探すため走り回っている。


 彼らは今三階にあるホールを拠点に動いている。ここは壁に囲まれておらず、二・四階への階段があり、左右に逃げれば三階のどこへでも逃げることが可能である。

 またキノコゾンビが壁を這って上から攻めてこないこと、万が一キノコゾンビが城内に向けて入って来ても逃げ道が多いこと。


 そして感染方法がくしゃみであることは観察から周知しているので密閉されていない空間であることがこの場所が選ばれた主な理由である。


 だが、逆を言えば相手にとってもどこからでも攻めやすいという、欠点も持っている。

 およそ籠城(ろうじょう)と言うには開放的なこの場所は頼りなく不安を募らせてしまうが、人の動きが見えるので部屋にこもるよりも安心できるという一面もある。


 不安と周囲に人がいる安心感、そんなギリギリの緊張感で対処する人々を嘲笑うかのように恐れていたことが遂に起きてしまう。


 門を守る一人の兵が大きなくしゃみをすると頭にキノコが生えてくる。驚く周囲の兵が逃げ出す間もなく次々くしゃみをすると、キノコを頭に生やしてすぐに目をぐるぐるさせるキノコゾンビへと変貌(へんぼう)する。


 そうなればあとは感染広がるだけである。瞬く間にキノコゾンビは増えていく。


「ちぃっ、マイコニドとやらに寄生されている人間だけに命を奪うわけにもいかねえし。おい、距離を取りつつ気絶させれないか試してみるぞ」


 ロックと複数の兵がキノコゾンビたちを食い止めるため、城内の二階から飛び降りる。

 彼らの持つ武器は真剣ではなく木刀や長い棒である。これは相手の命を奪わない意味もあるが、万が一自分たちがキノコゾンビになってしまった場合に殺傷能力高い武器を持っていると正常な人への危険にさらすことが考えれるためである。


 棒を持つロックが一人のキノコゾンビ兵の胸元を軽く突きよろけさせると、首筋目掛けて棒を振り下ろす。

 頭が大きく揺れるキノコゾンビ兵だが倒れることなく、ぐるぐるの目をロックに向けて、両手を垂らしたまま向かって来る。


「マジかよ、本人の意志と関係なく動かされてるってことか」


 怯む様子のないキノコゾンビを見てロックは棒で突き距離を取る。


「数がどんどん増えてくるし倒せねえし、ジリ貧じゃねえかよ」


「弱音を吐くとは情けないな! 要は距離を取って感染しなければいいわけだ」


 ロックの真横に飛び降りて来たミルコが拳を勢いよく突き出す。太い腕から放たれる高速の突きは空気を豪快に押し退ける。


 ブンブンと音を立て突き出す拳の連撃を警戒してかキノコゾンビたちはゆらゆら揺れながらミルコを見つめている。


「で? それになんの意味があるんだ?」


「拳の風圧で感染の原因となる菌を押しのけてる」


「いつまで続けるつもりだ?」


「あまり長く持ちそうにないな」


 二人は言葉を交わしたあと、しばしの沈黙を経てわなわなと震え始めたロックがミルコの首を掴んで引っ張ってキノコゾンビの群れから走って逃げ出す。


「これだから筋肉バカは!!」


「よせや、照れるだろ」


「褒めてねえよ!」


 既に一緒に降りた兵たちは感染してキノコゾンビの仲間入りを果たしているなかで、文句を言い合いながらもキノコゾンビの群れを引き付け、なんとか感染せずに戦えているのはさすが五大冒険者といったところかもしれない。


 庭園を走りながらキノコゾンビたち相手に大立ち回りをする二人を見たボルニアは、みけんのしわを深くする。


「あの二人でもそう長くは持たないだろうな。そうなるとバリケードが突破されるのは時間の問題だ」


 既に城は囲まれているのであろう、キノコゾンビたちがバリケードをした窓を叩く音が聞こえてくる。そんななか、一人呟くいたボルニアは腰にさしてある剣に触れる。


「最悪の場合、寄生された者を斬るしかないな。それをセシリア様は望まないだろうがそれでもやるしかあるまい……」


 鎮痛(ちんつう)な面持ちをするボルニアは、部屋の端で振るえるレクトン王たちを見て舌打ちをする。

 この状況を作ったわけではないが、セシリアが眠っていなければ自体は解決していたかもしれないと思うと、理不尽だとは思いつつもどうしようもない苛立ちと怒りが湧いて来る。


 ボルニアの奥底に湧く黒い感情を見透かしたように、ペタペタと足音を立てグランツがやって来て羽を大きく広げるとくちばしを天に向け大きな声で一鳴きする。


 突然鳴いたグランツの声にみなが注目し、そしていつも聖女セシリアに付き添うグワッチの注目を集める行動に誰しもがある予感を感じる。


 城に押し寄せるキノコゾンビの群れに対処するため多くの者が一階に集まり、戦えぬ者たちは三階の広間に集まっており、それより上にはセシリアを守るために残る数人の兵しかいない。

 その人があまりいないはず上の階から階段を静かに下りてくる人物に誰しもが釘付けになってしまう。


「セシリア様!」


 ボルニアたちセシリアをよく知る者は歓喜の声を。そしてプレーヌの兵や城に勤める者たちは絶望的な状況で、凛として現れた聖女セシリアを見て希望を抱いてしまう。

 最後に階段を下りるセシリアににらまれエルブ王子たちが、座り込んだまま後退りしてしまう。


(うぅ〜頭が痛い……)


 無理矢理寝かされ挙句、聖剣シャルルたちの契約により魔力や毒に対する抵抗力が高くなったことで、やや強引に覚醒してしまったので寝起き最悪な聖女セシリアの眼光はいつもよりも二割増しである。

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