第132話 薬草を求めてグワッチは走る飛ぶ泳ぐ
空で翼を羽ばたかせ滑空の距離を稼ぎつつ、モワールの森へと一直線に向かうグランツは、目の前に見えて来たうっそうと茂る森の薄暗さを見て僅かにくちばしを上げニンマリとする。
『アトラの説明だとデヒュミはコケやキノコと同じ場所に生息すると言ってましたね。この森はキノコがよく生えてそうで期待ができそうですね』
『なのじゃ』
二人は期待を膨らませながら滑空し森の中腹辺りに降りていく。
本来なら着地が下手なグワッチであるが、アトラのサポートが入りつつ華麗に着地したグランツはうっそうしげる森の中をペタペタ音を立て歩き周囲を見渡す。
移動を始めてすぐにガサガサと茂みが揺れ勢いよく飛び出したのはスコルと呼ばれる狼の魔物二匹である。
弱肉強食の森のなかで真っ白な美味しそうな鳥がお尻を振りながら歩いていたら、それはもう「カモがネギをしょってやってきたぜ」と悪役でなくても言いたくなる状況である。
「いただきます!」そんな感じで一吠えしたスコルが大きく口を開けグランツに飛び掛かる。微動だにしないグランツを見て死を覚悟した獲物だとほくそ笑んだ瞬間、スコルの横っ面を大きな拳を握った影が殴る。
吹っ飛んでいき木にぶつかってキャンと鳴いて気絶する仲間を見たスコルに、影が巻き付き宙へ持ち上げるとぽーいっと遠くへ投げてしまう。
『私たちは急いでいるのです。あなた方の相手をしている暇はないのです』
周囲にデヒュミらしきものが無いと判断したグランツは羽を広げ足を影に乗せると、地面を滑り高速移動を始める。道中、トラっぽい魔物やカニューの亜種である森カニューなんかが出てくるが華麗に避けつつ森を移動しては、デヒュミが生息してそうな場所を探索する。
『グランツ先輩、森の半分はほぼ調べ終えたのじゃ。シュトラーゼ側から探してみたのじゃが、今度はフォルティア火山の岩山地帯側へ近づいて探してみようと思うがいいかえ?』
『岩山方面か、湿気とは離れそうなイメージもありますが、固定概念にとらわれては身を亡ぼしますね。よし、行きましょう』
再び影に乗り地面を滑っていくグランツ。森の中を飛ばずに滑って高速で移動する白い鳥の姿は異様な光景で目立つが、一通りちょっかいを掛け手を出すと謎の力で攻撃されるのを知った魔物たちは手を出すどころか目で追うこともしなくなる。
快適に森を移動するグランツたちの前に森の中を流れる小川が現れる。小川に入ると優雅に泳ぎ始めたグランツは流れに逆らって進む。
進む度に段々と薄暗くなっていくと小川を取り巻く環境も変化していき、生息する木々や草も湿気を好むであろう姿をしたものが幅をきかせ始める。
小川から顔を出している石や岸辺に苔が生え、斜めに生えた背の低い木から垂れる蔦がグランツの頭を撫でる。
『グランツ先輩! もうちょっと右に寄って欲しいのじゃ』
アトラの声に従いグランツが右に舵を切り岸に寄せる。
『小さいけどこれで間違いないのじゃ!』
岸辺に生えるとげとげの葉っぱが特徴的な地面を這って生えている植物をグランツは凝視する。ジメジメとした小川の中にあってデヒュミと思われる植物の周りだけコケが生えておらず、尚且つ湿気が薄いのが土の湿り具合からもくちばしで突っついたグランツは感じ取る。
首を伸ばしデヒュミの蔦が森の奥の方へ向かって生えているのを確認したグランツは小川から飛び出し、体を大きく振って水を飛ばすと蔦を辿って奥へと向かって行く。
じめっとした森の中でそこだけ木々が生えておらず、ぽっかりと空いた空間には他の場所と違いコケやキノコ類はなく、デヒュミが地面を這いその隙間を草花が所狭しと咲き、上空からの日の光を浴びている。
『これは期待出来そうですね。うん?』
グランツが首を伸ばした先に見えたのは、デヒュミと花の咲く端っこで倒れている一人の少女であった。
頭上に白くふわふわの耳、ふさふさの立派な尻尾を生やした少女は目を回して気絶しており、勢いよくこけてデヒュミの尖った葉で切ったのかあちらこちらに擦り傷が目立つ。
『魔族ですね。獣人系、狼でしょうか』
グランツが狼少女の額を突っつくと、苦しそうに目をぎゅっとつぶり首を振りやがてゆっくり目を開く。
ぼんやりとした目で自分を突っつくグランツを見た狼少女が目を見開き飛び起きると、周囲を見渡し始める。
そして目の前にいるグランツを見つめ首を傾げると、一緒に首を傾げるグランツを見てなんとなく落ち着いたのか話し掛ける。
「グワッチさん、こ、ここはどこなんだもん? ララムと同じ狼の獣人見てないもん?」
首を傾げるグランツを見てララムは苦笑いをする。
「グワッチが答えてくれるわけないもんね。んーここどこなんだろ? あ、そう言えば!?」
なにかを思い出したララムは自分の頭に恐る恐るふれ何かを確かめるように撫でる。やがて嬉しそうに笑顔を浮かべると大きく安堵のため息をつく。
「頭に生えてたキノコがなくなってるもん! キノコ! そうだマイコニドどこへいったのだもん! あぁどうしようだもん。メッルウ様のために頑張ったのにぃ~失敗しちゃったもん……」
ララムがガックシと肩を落とした瞬間、グランツの影が伸びララムの右手首を掴むと強引に引っ張りデヒュミ畑の外にある木の幹に叩きつけると体を黒い影が這いララムにとぐろを巻き拘束していくと、その影が人に近い形を作る。
「詳しく聞かせてもらえるかえ? なぜお前の口からマイコニドとメッルウの名がでるのじゃ?」
「はわわわっ!? へび!? 蛇の魔族なんだもん?」
体は強く締め付けられ身動きの取れないララムは、右の頬に触れんばかりに近づくアトラに問い詰められ涙目になる。
「動くでないぞ。わらわが噛めば毒でお前は一瞬で天に昇るのじゃ。
それにわらわはメッルウとやらに個人的恨みがあるのじゃが、お前がその仲間であると言うのなら今宵の晩御飯の材料にするのしかないのじゃ。じゃが、マイコニドのことを話せば命乞いを聞いてやらんこともないのじゃ」
ニタリと笑うアトラが締め付けを強くして、さらに肩にあごを置くとララムは顔を青くして首を勢いよく縦に振る。
「は、話しますもん! マイコニドのこと話しますもん! だ、だからララムを晩御飯にしないで欲しいんだもん!」
アトラに脅されこれまでの経緯を震えながらララムは話し始める。
「ほう、つまりララムとやらはメッルウの命に従いマイコニドを開放した、だが頭からキノコが生えて焦ってるうちに意識を失って気づいたらここにいた……と言うわけじゃな?」
アトラに締め付けられたままのララムは、必死に首を縦に振って全力で肯定の意識を見せる。
『アトラ、この獣人が言っていることが本当であればマイコニドが生やしたキノコは、このデヒュミで取り除くことが出来る可能性が高いですね』
グランツの言葉にアトラは頷くと、ララムに巻き付けている体をグッと強くし締めつける。
「あいたたっ!? ちゃ、ちゃんと話したのにっ、た、食べないって言ったもんに!?」
涙目で訴えるララムの頬にアトラが自分の頬を当てると、ララムは顔を真っ青にして直立不動する。
「約束通り食べはしないのじゃ。ただもう一つここに生えているデヒュミと呼ばれる植物を運ぶのを手伝うのじゃ」
「は、運んで……ど、どうなるんだもん?」
「マイコニドのキノコを取り除くことが出来るのじゃ。お前の仲間もついでに開放してやるのじゃ、悪い話ではないとは思わないかえ?」
「な、なんでへびさんはキノコを取り除きたいのだもん?」
ギリギリと音を立てさらにララムを締め付けると、ララムの頬に指をぐりぐりと押し付ける。
「お前のせいで仲間がキノコに寄生され困っておるのじゃ。なんでもマイコニドのキノコに寄生された者は新たなマイコニドを生む苗床となるそうなのじゃ。
それを防ぐのにこのデヒュミを使って、薬が作れることまでは分かったのじゃが、面倒なことに作れるのはの人間だけなのじゃ。人の手を借りるのは魔族として好まないのじゃが致し方ないのじゃ。だから原因を作ったお前が責任を持ってデヒュミを運んで人間に頼むのが筋だとは思わないかえ? それともなんぞ、人の手を借りるくらいなら晩御飯になる方がましかえ?」
「やりますもん、晩御飯いやだもん! なによりもミモルをマイコニドにするわけにはいかないもん!」
そう言った途端ララムはアトラから解放され反動でこけてしまう。
「早くデヒュミの葉を集めるのじゃ。マイコニドの力がどれくらいか分からないゆえ時間はかけておれんのじゃ」
アトラは腰に巻き付けていた風呂敷を広げるとララムと一緒にデヒュミの葉を集め始める。デヒュミの葉いっぱいになった風呂敷をララムが抱えると頭の上にグランツが飛び乗る。
驚くララムをよそにアトラが影に入り込むと、影を藪の方へと伸ばす。一瞬悲鳴めいた鳴き声が聞こえたかと思うと瞳のピントが定まらないトラ型の魔物ティグールが藪から姿を現す。
「ひえっ!? ラ、ララムは美味しくないんだもん」
再び涙目でぶるぶる震え始めるララムだが、ティグールの影から現れたアトラがティグールの背中を叩く。
「こいつは速そうなのじゃ、ララムとやら早う乗るのじゃ」
びくびくしながらララムがティグールの背に乗るとアトラは影に入り込み、ティグールは全速力で走り始める。
「うぎゃああっ、は、速い、ひいいっ。怖い怖いもん」
「ああ~うるさいのじゃ。もっと加速するからしっかり掴まっておるのじゃ!」
「ひえええっ~」
ララムの悲鳴を残し、アトラの操るティグールは全速力でプレーヌ城へと戻るのである。