第128話 プレーヌ平原を越えて
大きく手を上げて伸びをするセシリアを見てラベリが微笑む。
「セシリア様、随分と顔色よくなりましたね」
「んー二日連続でお昼過ぎまで寝たからね。おかげで疲れも取れて体が軽くなった気がする」
今度は両手を組んで前に伸びをして、目をぎゅっとつぶりながらセシリアは答える。
「文献の解読時間があるとは言え、セシリア様はこの国のことに尽くし過ぎですよ。元々は私たちを捕えた挙げ句、周囲にも色々とやろうと目論んでいたのですから、少しは苦労すればいいんです」
「まあそうは言うけど、この国に住む人まで困らせる必要はないでしょ。ユーリス王も信頼を失ってから苦労しながらも奮闘してるから、十分じゃない?」
二人の話を足をパタパタさせながら聞いていたアメリーが口を開く。
「難しい話は分からないけど、セシリアは優しいわよね。今の状況だったらファディクトを乗っ取ってセシリア王国にするのも簡単そうだけど」
「まだそんなことを言う。そもそもセシリア王国だなんて恥ずかしい名前、誰も住まないって」
「そう? 結構希望者多そうだけどなぁ。少なくとも私は住むし」
「私も住みますよ」
「うっ、二人だけじゃ国として成り立たないし。もうセシリア王国の話はお終い」
二人の言葉を否定しつつも、心の奥底では聖女としての今の自分なら建国出来てしまいそうな気がして、セシリアはどこか引きつった笑みを浮かべてしまう。
馬車が小石を踏んで車輪に弾き飛ばされる音と、僅かに縦に揺れたときセシリアの視界に大きく広がる平原が映る。
三人は馬車の窓に張り付き、どこまでも続いていそうな平原に感激の声を上げる。
「アイガイオンにも平原はありますがこんなにも大きなものは初めて見ました」
「これが旅の醍醐味ってやつね。そうだ!」
アメリーは自分の絵日記帳を取り出すと、平原を見ながらサラサラと目に映る風景を描いていく。
鮮やかなスケッチの様子に感心しながらセシリアはだだっ広い平原を見つめ、この先にある王都プレーヌへ思いを寄せる。
(人と魔族が激しく争ったこの場所は未だに戦いの跡が残っているとか。プレーヌのヴィーゼ王も私が来ることに好意的な感じだし……ただめんどくさいのは)
セシリアはファディクト在住中に次の目的地であるプレーヌ王国とのやり取りも進めていた。
魔王がいる北へ向かうにはプレーヌ王国を必ず経由しなければいけないこともあり、聖女セシリアの訪問を快く思うみなが伝わってくる手紙の内容に胸を撫でおろし、遊戯語の文献も少ないながらもあるとのことで、難航している魔族の目指すフォルータへの場所が分かればいいなと思っていた矢先、何度目かの手紙に書いてあった内容。
『聖女セシリアに我が国の第一王子であるエルブ王子と顔合わせを願いたい』
その一文を思い出しセシリアは大きなため息をついてしまう。ファディクトでもルーティア王子の猛烈な求婚を受け必死に断っているのに、今回は王自ら関わってくるのと思うと頭が痛くなってしまい頭を押える。
(まあ、いつも通り断れば問題ないんだろうけど。こうも男から求婚され続けることになるんて、自分の人生はいったいどこへ向かって行くんだろう)
将来への不安を感じて体が震えてくる。
「あ、あれってプレーヌ王国じゃない?」
アメリーの声で現実に帰ったセシリアは、アメリーの指がさす方を見ると真っ直ぐな地平線の中に一箇所だけポッコリと突き出ている黒い影が見える。
「まだ随分と遠そうだけど、ここから確認できるなんてプレーヌ平原て本当に遮るものがないんだね」
だだっ広いプレーヌ平原がどこまでも平らなことにセシリアは感激し目を輝かせる。
今だけは深く考えずにこの景色を楽しもうと心に決め、ラベリとアメリーの三人でプレーヌ王国への道中を楽しむのである。
***
頭の上に生える二つの獣耳と後ろに生える尻尾をペタンと閉じ、二人の少女の獣人は低い木の生える森の中を恐る恐る歩く。
ここは王都プレーヌから東に位置するモワールの森と呼ばれる場所。
中央に位置するフォティア火山の噴火によってもたらされた森は、うっそうと茂り昼間でも日の光をあまり通さず薄暗い。
黒い耳とふさふさの尻尾を持つ獣人とやや灰色の耳と尻尾を持つ獣人の二人は狼系の獣人である。暗くジメジメした森をお互いに抱き合い恐怖を抑えながら前に進む。
「こ、これほんとに合ってるララム?」
黒い耳の獣人の少女が尋ねると、もう一人の獣人の少女は灰色の耳だけ傾け不安そうな目で辺りを見回す。
「ララムもここ来たの初めてだから知らないもん。でもメッルウ様からもらった地図だとこの辺りなんだもん」
ララムと呼ばれた獣人が地図を広げると、持った地図を左や右に傾けて体ごと首を傾げる。
「ちょっとララム。あなたも地図と一緒に傾いてどうするの!」
「もーミモルは怒りん坊なんだからぁ。私の方が地図読めるんだから任せてほしいんだもん!」
「いいや、もう任せてらんない。私がやる!」
先程まで抱き合って怯えていたた二人が、今度は地図を握り引っ張り合う。
「がるるう」
「がるる」
互いに地図を挟んで向かい合って犬歯を見せ唸り合うが、全く迫力のない二人の争いは地図が真っ二つに避けてあっさりと終わりを迎える。
「ふぎゃ!」
「ふにっ!」
お互い半分になった地図を持って尻もちを付き、勢いそのまま左右に転がって薮に突っ込んで行ってしまう。
二人の姿が消えた森に訪れたしばしの静寂のあと、薮の向こうからララムが叫ぶ声が響く。
「見つけたぁ! ミモルいたよ!」
その声に反応して片方の藪からミモルが顔を出すと、葉っぱが沢山刺さった頭のままララムの声がする方へと走る。
ミモルが枝葉を掻き分けララムの姿を発見すると急いで隣に並ぶ。
二人が目の前にいる物体を見て互いの手を握り合って満面の笑みで喜びを分かち合う。
その物体とは大きさにして一メートルはあろうかという巨大なキノコ。真っ赤な傘に黒い斑点が毒々しいキノコの柄にはつぶったままの目、高い鼻、閉じた口があり表情の変わらない彫刻のような顔がある。大きな木に寄りかかって座っているように見えるキノコには光る青い糸のようなものが巻いてあり、木の幹には青く淡い光を放つクサビが刺さっていて、幹に縛り付けてあるように見える。
「ララムやったね! 私たちメッルウ様の命令達成できたよ!」
「うん! ララムね、ミモルと一緒だから出来たんだもん!」
向き合ってぴょんぴょん跳ねながらハイタッチをして喜ぶ二人を巨大なキノコは、目を開くこともなくミモルとララムに顔を向ける。
「えーと後はこのマイコニドを開放してあげて、元の生息地へ帰してあげればいいだけだよ。え~とこの封印のクサビを抜けばいいんだっけ」
「そうそう、それにしても人間て残酷なヤツらだもんね。こんなかわいいキノコちゃんを封印するなんて信じられないだもん!」
「酷いってのは同意するけど、可愛いかな……」
「可愛いもん。それよりも早く封印解くんだもん」
マイコニドを前にしてミモルが手を上げると、黄色く光る玉が出て手のひらの上で浮遊し始める。
「私のスキル『解呪』と」
「ララムのスキル『効果向上』があれば」
手を上げたミモルの背中にララムが飛びつきおんぶされると、ミモルの手の上の黄色の玉が一際眩い輝きを放ち始める。
「「解けない封印はないんだ(もん!)」」
声を合わせた二人が黄色の玉をマイコニドへ向かって投げると空中で弾け小さな玉になると、幹に刺さるクサビにへと飛んでいく。黄色の玉が当たったクサビはガラスのように砕け空中に破片を散らすがやがて消えて行く。
体を縛る糸も砕け散ったことで身動きが取れるようになったマイコニドは柄から手のような触手を生やし、石づきの部分にも無数の脚のような触手は生やし動き始める。
「見て見て! うねうねしてるもん! 可愛いんだもん!」
「いや、可愛いかな? でもとりあえず任務完了だね!」
手を叩いて喜ぶ二人の前にマイコニドが近付いてくると柄の部分を折り曲げ
傘を向ける、それはまるでお辞儀をしているようでそれを見たララムが手を叩いて喜ぶ。
「ねえねえ、お礼を言ってるよ! やっぱ可愛いもん!」
「へぇ~お礼を言いに来るんだ。そう言われれば可愛いかもしれない」
ぼふっ
マイコニドが大きく体を揺らすと傘から黄色の胞子が放出される。
「くしゅん!」
「は、はぁ、はくしゅっ!」
胞子を吸い込んだ二人が同時にくしゃみをして、互いが苦笑いをしつつ見つめ合うが段々と二人の目が大きく開いて行く。
「ララムの頭にキノコ生えてる!?」
「ミモルの頭にキノコがいるのだもん!」
互いに指を差して驚き叫ぶ二人の頭には獣の耳と耳の間に生える黒い斑点のある赤いキノコが生えていた。
「なにこれー!」
「と、取れないんだもん!!」
叫ぶ二人の横でバフバフと笑うように胞子をまき散らしながらマイコニドはうにゅうにょと脚の触手を動かしながら森を進み始める。