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第126話 魔王は聖女にお会いになりたいようです

 傷がまだ癒えない体を引きずりザブンヌが歩くのはネーヴェと呼ばれる国の王都。ファーゴから西に位置するこの国は、土地のほとんどが森林に覆われている。


 グラシアールからは南に位置することもあり、過去の魔族と人の戦いにおいては多くの魔族が逃げ隠れた場所であり、逆に深い森林に阻まれグラシアールから南下出来ずにフィーネ島へ逃げなければならなくなった、魔族にとって最後の分岐点となった場所である。


 大きな国土に比べ小さな王都と点在する村で成り立ち、広大な森林の恵みを周囲の国へ輸出することで生きてきたネーヴェに戦力なるものはほぼなく、グラシアール、ファーゴが魔王の手に落ちた今、その魔王が自国に現れたら無条件国を明け渡すのは致し方のないことなのかもしれない。


 出発したときとは違う国へ帰ってくると言う、違和感を感じながらもザブンヌはネーヴェ城内へと入る。


 つい先日まではネーヴェの王、ネジュウ王がいたであろう王座の間に玉座が小さくて座れないため、玉座の横に膝を曲げて抱え座る魔王がいた。


 真っ赤に光る目を向けられたザブンヌは、その圧に押され一瞬立ちすくむが慌ててひざまずこうとする。だが魔王を護衛する二人のリザードマンに遮られ、彼らが持ってきた椅子に座るように促される。


「ザブンヌさん、あなたは三日三晩も寝ていたのですよ。怪我人は椅子に座ってください」


 相変わらず地の底から響く恐ろしいまでの魔力を含んだ声で、優しく椅子に座るように命じられる。


 命に従い椅子に座るザブンヌだが、玉座の横に体育座りする魔王と目線の高さが近くなる。


「こ、これは流石にマズイです。失礼にもほどがあります」


 魔王の方が大きいので椅子に座ったところで視線が上にいくことはないが、魔王床に座って自分が椅子に座る事実を再認識したザブンヌは慌てて椅子から降りようとする。


「わがはいの言うこと聞いてくれないんですか?」


 慌てて椅子から降りようとするザブンヌだったが、魔力の圧がこもった魔王の拗ねた声に押され立つことすら出来なくなってしまう。


 立たなかったことで、言うことを聞いてくれたと機嫌を直した魔王が満足そうに頷く。


「怪我をしてるんですから安静にして下さい。本当はわがはいがザブンヌさんのところに行ってお見舞いをするつもりだったんですよ」


 自分たちの支配者であり導いてくれる存在である魔王が、失態を犯した挙句怪我までした部下の病室にお見舞いに来る。

 考えただけで失礼にもほどがありすぎて身震いしそうになったザブンヌは大人しく椅子に座り魔王への報告を始める。



「え、はい──」


 今後の進軍を円滑にするザブンヌはファディクトを支配下に置くことまでは順調であったこと。ラビリント監獄を掌握し自軍の訓練を兼ね人間の脅威を見極めることも計画通り進んでいたことまでを説明し終える。


 そして聖女セシリアの話になったとき、それまで頷きながら聞いていた魔王が僅かに前のめりになりザブンヌの話に耳を傾むける。


「──以上、聖女セシリアの報告となります。戦闘でしか接触していませんので偏った情報になるかもしれませんが」


「いいえ、十分です。ザブンヌさんが楽しそうに話すくらい心を揺るがすほどの相手だと言うことも伝わってきました」


 キラリと即死級の圧の込もった赤く光る目のウインクに、ザブンヌは慌てて自分の顔に触れる。


「う~ん、わがはいたちを敵視している人間の代表である聖女セシリアと接触したくなくて、防衛線を張る意味もあってファディクト王国に協力してもらおうと思ったんですけど上手くいきませんね」


「やはり私が本国に控えておくべきでした」


「いいえ、もとはファディクトを制しておけば聖女セシリアが武力行使に出ると踏んだわがはいのミスです。衝突が起きたところでザブンヌさんを向かわせれば問題ないと思ったのですが、まさか誰一人傷をつけずそれどころが国を混乱させることなくファディクトを落としてしまうとは完全にわがはいの負けです」


 膝を抱え体を揺らしながら、どこか悔しそうに言う魔王を見てザブンヌが恐る恐る手を上げる。


「今からでも北へ位置するプレーヌを落としてはどうでしょうか?」


「出発前にも説明しましたが、あそこは位置だけで見れば魅力的ですが、遮蔽物のない平原が広がる国と聞いています。それゆえ過去に魔族と人の衝突こそ度々起きていたようですが、わがはいたちが探している文献に関してはおそらく(とぼ)しい国ですし、ラビリント監獄があり海路も押えれるファディクトほどの重要性がある国ではありません」


 魔王の説明を感心しながら聞くザブンヌは、魔王の赤い目が横に動いた後を追い視線を自分の右に移動させる。そこには文献である本や資料を束ねたものから()までが綺麗に整理され並んでいる。


「魔族を捕らえ投獄したラビリント監獄、そして魔族が北へ逃げることになった歴史あるファディクト。あそこを一瞬でも押されたことは無駄ではありません。本来の目的である、わがはいたちの求めるフォルータへの道を探すため必要な遊戯語(ゆうぎご)の文献は大量に手に入りましたから成功と言えるでしょう」


 魔王はゆっくりと立ちがるとザブンヌの肩をポンと叩く。


「今回の作戦は成功です。ザブンヌさんは怪我を治すため治療に専念してください」


 そう言って横切るとそのまま王座の間を出て行く。残されたザブンヌは目に涙を浮かべ出て行った魔王へ深々と頭を下げる。

 それを見ていたリザードマンの兵たちも魔王の寛大さに感激してもらい泣きするのである。



 ***



 王座の間を出て、ネーヴェでの私室へと入った魔王は誰もいないことを確認すると魔剣タルタロスをベッドに立て掛ける。

 魔王が片膝をつき腕を下ろすと胸部に筋が入り左右にゆっくり開くと中からドルチェが姿を現し、自分を囲う操縦席が収納されたあとドルテが折れた膝を足場にして床へ降り立つ。


 後ろに束ねてお団子にしている髪をとき金色の髪を垂らし両手で髪を撫でると、真っ赤な瞳を魔剣タルタロスへ向ける。


「見ました! 見ました! 最後さりげなくザブンヌさんの肩をポンっ! ってできましたわ! 頼れる上司って感じじゃありませんか」


『ああ見てたぜ! あのさりげなさは最高だぜ! 成長したなドルテお嬢ちゃん!』


「これもタルタロスさんの指導のおかげですわ!」


 ドルテは魔剣タルタロスのガード部分を両手で握り上下に揺らし、カタカタ音を鳴らし喜ぶ。


『嬉しいこと言ってくれるじゃねえか! それにしてもここ最近成長著しいな。俺っちもびっくりだぜ!』


 ドルテに揺さぶられながら魔剣タルタロスが褒めると、ドルテは手を離し腰に両手を当て胸を張りふふ~んと自慢気に鼻を上げる。


「お父様の代わりにみなさんを導く者としては勉学に励むのは当然なんですの! グラシアール、ファーゴには歴史とサトゥルノ大陸の現状を学ぶには最適な資料が沢山ありましたから頑張りましたの! ただ……」


 張っていた胸を戻しドルテは部屋のテーブルの上に重ねて並んでいる資料を見て肩を落とす。


「この遊戯語(ゆうぎご)だけが読めないのですの。お父様なら読めたのでしょうけど魔族のなかで読める人もいませんし困りましたわ」


『前も言ったけどよ、大昔に遊戯語(ゆうぎご)を翻訳するための本をまとめたヤツがいたからどっかにそれがあるはずだぜ。それまでは資料を集め、あからさまに役に立ちそうにないヤツとそれっぽいヤツを分けとけばいいと思うぜ。あぁ~こんなことなら俺っちも遊戯語(ゆうぎご)覚えとけばよかったぜ』


「分かりましたわ。こちらは今まで通り進めて行くとして、聖女セシリアさんに関してなんですけど」


 ドルテが魔剣タルタロスを見ると、カチンと魔剣タルタロスが音を立てる。


『どーせ直接会ってみたいとか言うんだろ。分かるぜ、これでもそこそこ長い付き合いだしな』


「さすがタルタロスさんです! わたくし一度聖女セシリアさんにお会いしてみたいですの。バラバラである国を渡り歩きながら行く先で人を惹きつけ、果ては罪を犯した囚人たちをもまとめる魅力あふれるお方。どんなに考えても考えてもどんな方か想像付きませんの。なら直接会ってみるしかありませんわ!」


 手をパンと一つ叩き嬉しそうに宣言するドルテに魔剣タルタロスはため息を一つつく。


『まあ、止めても行くんだろうし付き合ってやるけどよ。一つ注意があるから聞いてくれ』


 いつものおどけた感じで喋る魔剣タルタロスの言葉が、僅かだが重みがあることを感じたドルテが黙って頷き真っ直ぐ魔剣タルタロスを見つめる。


『聖女セシリアとやらが持つ剣はおそらく俺っちの仲間。六本ある剣……そうだな俺っちを除き、使っている剣が一本であることを考えたら残り四本のうちの誰かだ。どいつも強えから十分気をつけるんだぜ』


 魔剣タルタロスの忠告にドルテは大きく頷く。


(報告にあった剣の形状からすれば俺っちと最後まで戦ったムカつくカシェのヤロウか、自称変態紳士のシャルルだな。どっちもめんどくせえってもんだ)


 面倒だと心で文句をたらたら言いつつも、どこかワクワクする魔剣タルタロスはカタカタと鞘を鳴らす。

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