第125話 聖女はファディクト王国を導く
ラビリント監獄のある島へ渡ったユーリス王は目に前で起きている光景が信じられず膝から崩れそうになる。
囚人たちを監獄送りしたのはユーリス王の判決あってのことなので報復などの可能性もあり、安全を考慮し遠く離れた場所から望遠鏡を使用しての視察となる。
この度のザブンヌたち魔族襲来により破壊されたラビリント監獄の修復を、囚人たちが協力している姿はユーリス王でなくとも驚きを隠しきれないのである。
もちろん牢などのセキュリティ上重要な部分には関わらせてもらえないが、瓦礫の撤去や荷物を運んだりと囚人たちは誰もが真面目に作業をこなしている。
それだけでも驚きなのだが、セシリアが視察に来たことを知るとみなが挨拶をしにやって来て、談笑しては作業に戻って行く。
自分たちを閉じ込めるための牢獄を自分たちで修復する。その理解しがたい行為を進んでしかも楽しそうに行う姿が理解出来ないユーリス王は目を見開き呟く。
「馬鹿な……囚人たちの心までも掴み支持されているだと。いいやそんなわけがあるか、囚人どもはどいつもこいつもクズのような連中だぞ」
「お言葉ですがユーリス王、現に囚人どもはあんなにも真面目に働き、聖女セシリアへの忠誠に満ちた目をしております」
隣にいる大臣に言われ、返す言葉が見つからず黙ってしまったユーリス王はただじっと囚人たちの様子を見る。
「お待たせして申し訳ありません」
背後から聞こえてくる声に反応して振り返ると、ユーリス王の前に両隣にロックとミルコ、そして数名の兵を従え聖剣シャルルを抱いて歩くセシリアの姿があった。
「囚人さんたちも手伝ってくれるので予定よりも早く修復できそうです。ラビリント監獄は囚人を囚える意味もありますが、元は魔族と人間との争いの跡。その歴史を忘れないためにも迷宮の修復は無駄にならないと思います」
黙ってセシリアの話を聞くユーリス王だったが、やがて意を決したように唇を噛みそして静かに口を開く。
「それで聖女は私をどうするつもりなのだ。ここへ連れて来たということは囚えるのか?」
真剣な眼差しでセシリアを見るユーリス王をしばらくの間じっと見つめていたセシリアだが、首をゆっくり横に振ると微笑む。
「私はただの人。誰も裁くことができません。もしもユーリス王が自身のことで思うことがあるのでしたら、自身で裁けば良いのではないでしょうか」
ユーリス王はセシリアの言葉を唇を締め黙って聞く。
「囚人の方々はこの度の騒動で自分の犯した罪と向き合う機会を得ました。そして多くの人が変わろうとしている。その行為を周りが笑うことができるでしょうか?」
「ファディクト王国はユーリス王の治める国。王の行動一つで変わるとすればそれは、王と国民双方にとってとても幸せなことだと思います。」
ここまでセシリアの言葉を黙って聞いていたユーリス王が小さく口を開き言葉をこぼす。
「私は何をすればいいであろうか?」
「まずはルーティア王子と一度ゆっくりお話されてはいかがでしょうか。ユーリス王にとってルーティア王子も大切なご子息なのですから、此度のことちゃんと話しておいた方がいいですよ」
微笑むセシリアに掛けられた言葉にユーリス王は目を見開き、頭のなかでルーティア王子が生まれた日のことがフラッシュバックすると、頬に涙を伝わせたまま両膝をついてそのまま泣き崩れる。
「私はなんてことを……ルーティアが生まれたあの日、あんなにも喜び心を踊らせた私の心はここにまだあったというのにぃぃ」
泣き崩れるユーリス王にセシリアがそっと近づき屈むとハンカチを差し出す。
「魔王による脅威は私が払ってみせます。だからどうか安心して王としてファディクトの民を導き、そして一人の人間として愛する人へ優しさを向けてあげて下さい」
顔を上げ涙があふれる目をセシリアに向けるユーリス王が、唇を震わせ揺れる声をこぼす。
「で、できるであろうか」
「ええ、ユーリス王はやろうとしているのでしょう。でしたら一歩踏み出しているではないですか、既に出来てますよ」
微笑むセシリアがハンカチを手渡しながら優しく掛けた言葉に、ユーリス王は声を上げ泣き始める。
涙を流すユーリス王を見てセシリアは静かに立ち上がると、大臣へと視線を向ける。
「大臣さんにも期待しています。大変でしょうけど頑張ってください。では、先に船に戻っています」
「え、ええ、はい」
自分にも向けられた微笑みに心臓が跳ねてしまい、言葉を詰まらせた大臣は去って行くセシリアの背中を見送る。
(あぁ……また名乗るタイミング失ってしまった)
誰も自分の名前を呼んでくれず、聖女セシリアに至っては伝えることも出来ていないことにドギマギする大臣さんであった。
***
ファディクトの王都へ帰り専用の馬車に揺られ町を移動すれば、多くの人たちがセシリアへ国を救ってくれたことの感謝と称賛の声を伝えるため街道に集まる。
お祭り騒ぎのような歓声に手を振り応えると更に歓声が大きくなるのが馬車に乗っていても伝わってくる。
「セシリア様、この後の予定ですが」
馬車の中にて向かい側に座るファディクト国内でのお世話役の男性が今後の予定をセシリアに伝え始める。
それを静かに聞いているセシリアだが、心中は穏やかではない。そもそも魔王討伐を目的としていて、ファディクトを救ったのはその過程で起きた結果でしかなく、自分がこうして国内の秩序を調整するために駆け回るのは違うのではないかと。
そしてなによりも自分がここにいつまでも滞在していてはいけないのではないかと、魔王討伐へ向け進むべきではないかと葛藤する気持ちが心をソワソワさせるのである。
『今後の予定は我が全部記憶しているから安心して、公務の多さにうんざりしているといい。それに早く出発したいのであろうが、ここはきっちりとファディクトの混乱を防ぐ為にもセシリアはしばらく滞在すべきだ。
この国は一旦導き手である王を失いかけている。その王がもう一度再起をかけ立ち上がろうとしている瞬間とは国全体が不安定なもの。それを支えるためにももうしばらく滞在するといい』
心を読まれたことに、むっとしたセシリアが胸に抱える聖剣シャルルをにらむ。
『面倒だがしっかりと後始末まですることは決して無駄にはならない。魔王討伐を焦り進んで行くと足元をすくわれる……かもしれん。まあ、年寄りのお節介だと思って聞いてくれると助かる』
(シャルルってときどき変に真面目になるんだからやりづらい。そもそもシャルルの過去を聞いても前の持ち主と冒険をして男の娘の素晴らしさを学んだとしか教えてくれないし)
小さく頬を膨らませ、抗議すると聖剣シャルルはカタリと音を立て揺れる。
『なによりもこうしてセシリアの魅力がこうして広がっていく様子を見て我は大変満足だ。男の娘であることを公言出来ないのが残念ではあるが、ファンクラブなるものも設立できたし満足、満足』
いつもの調子で物言いにセシリアはペチンと聖剣シャルルを叩き、自分を称えるファディクトの民衆の声に応え手を振る。
セシリアが反応したことにより一層大きくなる歓声を上げる人たちが嬉しそうにしているのを見て、何となくだが聖剣シャルルの言葉の意味を考える。
(三天皇のザブンヌはファディクトを従属国にして、最北端のグラシアールからファディクトまでを挟むことで魔王軍の進軍を有利にしつつ、前線を得ることで南からの進軍を妨げることが出来る……と考えていたとすれば結果的にはそれを防げたんだし、国が不安定だと今後再び狙われたらひとたまりもないだろうから、そう考えれば確かに無駄ではないよね)
「最後にセシリア様、リンゲンブルーメの訪問の日程調整はいかがいたしましょうか?」
「!?」
目を見開くセシリアにお世話役の男は答えをじっと待っている。
(忘れてたぁー。今回ユーリス王との対談のため協力してくれたクレマティ王が是非リンゲンブルーメに来て欲しいって言ってたんだぁ~)
この度お世話になったクレマティ王からのお願い、と言ってもほぼ「お世話をしたんだから来てくれるよね?」くらいの圧を帯びた誘いがあったことを多忙な毎日のなか忘れていたことに焦ってしまう。
「すぐに手配してもらえますか?」
冷静を装って予定を立てるのが面倒なので丸投げする。
「でしたら明日の午前中は対談が二つ……では終わり次第午後から出発いたしましょう」
「ええ」
セシリアは冷静に答えているが、明日もハードな一日になりそうだと、丸投げしなければよかったと心の中で涙を流すのである。