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第124話 膝を付く鬼は「いいね」を聖女に送る

 二人の鬼と二人のオーク、そしてゴブリン三人。数で言えば圧倒的に囚人たちの方が多いが囚人たちが振るう武器は魔力をまとう魔族の前では無力であり、当たったところでダメージは与えられず逆に武器が壊れてしまう。


 勢いよく飛び出したものの手に持った武器が壊れたことに、やはり魔物には敵わないと心も砕けそうになる囚人たちの耳に声が響く。


「倒さなくていいんです! 武器は倒すのではなく自分の身を守るために使って下さい!」


 自分たちを導く女神、セシリアの声に囚人たちが本来の目的を思い出す。

 怒りや負の感情に任せて目の前の相手を叩くのではなく、セシリアを守り自らも守る戦いであったことを思い出す。


「ちっ、あれほど言い聞かせて戦い前は分かってたのに、本番になると血が上っていけねえ」


 パシパシと顔を叩いて気合を入れ直す囚人の一人が囚人たちの間を縫ってセシリアに向かうゴブリンの前に立ちはだかり、体でぶつかって止める。


 それに反応した他の囚人たちも鬼の攻撃を避けつつ両足にしがみつく。

 切ることも打撃を与えることも敵わないが触れることはできる。触れれば押さえ押し、ときには引くことだって出来る。

 一人の力で足りなければ二人、それでも足りなければみんなで向えば強大な魔族といえども動きを押さえることが出来る。


 凄く当たり前だけども、忘れていた本当のこと。数人が吹き飛ばされようとも、次の数人が再びしがみつき、倒れた仲間を別の仲間たちが庇いつつ安全圏内へ連れて行く。


 向かう力がなくとも出来ることはある。それぞれが得意分野を発揮し始め、そして噛み合っていく。


「ラファーさん、お願い」


『任された』


 セシリアの側で守るラファーがゴブリンを押さえていた囚人のもとへ掛けると首を横に振り角でゴブリンを叩き、浮いたゴブリンを前足で蹴り飛ばす。


 魔力で守られている魔族と魔族がぶつかればダメージは入るゆえ、飛んでくるゴブリンは弾丸と同じでありオークは腹にめり込むゴブリンの衝撃でわずかだが体が宙に浮き口からは胃液を吐く。

 血走るオークの目に映るのは翼を広げたセシリアの姿。その手に握られた聖剣シャルルは紫の光を放ち弾けるとオークをゴブリンごと闘技場の壁まで吹き飛ばし叩きつける。

 衝撃でヒビが入る壁からずり落ちて、白目でがっくりと頭を垂らし気絶するオークとゴブリンを見て囚人たちは雄叫びを上げセシリアを称える。


「ありがとうございます。次の攻撃まで申し訳ないですけど頑張ってください」


 この日まで傷一つ、いや触れることすら出来なかった相手が目の前で倒される。しかもやったセシリア本人は自分たちにお礼を述べ、さらにはお願いする姿に手応えを感じ俄然やる気を出す。


「おいおい、なんだこれは。この監獄にはへっぴり腰の野郎しかいなかったのに同じ人間か? こいつは面白いじゃねえか、オルダーが言ってたことがやっと実感できたぜ。あの聖女は危険だ、絶対俺らの障害となる」


 ザブンヌは続けざまに聖女セシリアと囚人たちの連携の前に崩れ落ちる鬼とオークを見て、体を震わせ喜びに満ちた表情で両手の拳同士を打ち付けると観客席から闘技場へ飛び降りる。


「おい、お前らは気絶してる奴らを抱えて下がれ。ここは俺がやる」


 オークや鬼も巨漢であったがそれよりもさらに大きく凄まじい魔力の圧を放つザブンヌの登場に囚人たちが一瞬腰を引いてしまう。


「やっと出てきましたね。私の名前はセシリア・ミルワード、どなたかは知りませんがここの魔族の(おさ)と判断しお願いします。ここから出て行っていただけませんか」


 臆することなく自分たちの前に立つセシリアを見て、囚人たちは引けていた自分を叱咤(しった)しザブンヌを正面に見据える。


「俺の名は魔王軍三天皇が一人『暴食』のザブンヌ! 聖女さんよ、悪いがそのお願いは聞けないな」


「では、やるしかありませんね」


「ああ、それしかないな」


 互いにニヤリと笑みを浮かべ放つセシリアの剣閃とザブンヌの拳がぶつかる。弾ける紫の光と衝撃波が飛び散るのを合図に囚人たちがザブンヌに飛び掛かる。


 ザブンヌがホコリでもはたくように腕を振るっただけで囚人たちは遠くへ飛ばされるが、それでも負けじと次々とザブンヌの動きを制限しようと飛び掛かっていく。


「そんな目ができるなんて驚きだぜ。闘技場に連れてこられ震えていた連中とは思えねえな!」


 振り下ろされる拳を喰らえば怪我では済まない、最悪死に至るであろう一撃をラファーの角が受け流しつ頭突きをお見舞いする。


『お前の相手は俺が引き受ける』


「誇り高きユニコーンが一人の女の配下に下るというのか。まったくおもしれえことばかりだなおい」


『配下に下るだ? 魔族はこうも頭が悪いヤツしかいないのか。俺はセシリアお嬢さんの配下ではない。聖女セシリア様ファンクラブの誇り高き四号よ!!』


 角を振るい下ろし、それを避けらるが前のめりになった体重を前足に掛け、そこを軸に体を回転させザブンヌに向かった後ろ足を振り下ろす。

 固い(ひづめ)を腕でガードするザブンヌだが、背を丸め反動をつけたラファーの後ろ足の蹴りがガードする腕に決まるとザブンヌが後ろへ僅かによろける。


 その隙を見て囚人たちが一斉に飛び掛かり足や腰にしがみつく。なんてことない重りしかならないちっぽけな存在も数が増えればそれなりに邪魔になる。

 ザブンヌが両腕を振るい体を捻ってまとわりつく囚人たちをあっさり吹き飛ばすが、本来ならしなくていい行動は隙を生む。

 吹き飛ばされる人の隙間を抜け突き抜けてくるラファーの角を喉元に寸前で受け止めたザブンヌが僅かに眉を動かす。


「その角へし折ってやる」


『ほう、鬼ごときが俺の角を折るとは笑わせてくれる』


 角を握る腕に力を込めるザブンヌに、角に魔力を集中させ白く発光させるラファーのぶつかり合い。その最中、吹き飛ばされ散った囚人たちの影と影をぴょんぴょんと跳ねながら伸びるセシリアの影がザブンヌの腕に絡みつく。


「なっ、なんだこれは」


 自分の手に巻き付く黒い影に驚くザブンヌの目に次に映ったのは、縮む影の反動を利用し翼を広げ一直線に突っ込んで来るセシリアの姿である。


 手に持つ聖剣シャルルは膨大な魔力の渦をまとい、それが膨大な魔力をまとめ塊にしていることをザブンヌが理解する。


「おもしれえ、真っ向から向かって来るとはな。いいぜ来いよ!!」


 ザブンヌが角を持っていた角から手を離しラファーを拳で殴り真横に吹き飛ばすと、真っ直ぐ向かって来るセシリアのため腕を出し影が縮みやすいように誘導しつつ、もう一方の腕で拳を作り構える。


 真っ直ぐ紫の軌跡を引くセシリアと、それを真正面から砕いてやると迎えるザブンヌのぶつかり合う瞬間をその場にいる全員が見守る。


 衝突まで秒もないであろう距離に差し掛かった瞬間、倒れていたラファーが頭の角を光らせる。目くらまし、誰しもがそう思ったラファーの攻撃はザブンヌには効いておらず目と拳は真っ直ぐとセシリアを捉える。


 だが次の瞬間、セシリアは真上に急上昇する。


「なにっ!?」


 鳥が急上昇する動きではなく、伸びたゴムが縮んで一気に真上に引っ張るこの世界にはないが逆バンジーのようなセシリアの動きにザブンヌの拳は空を切る。


 ザブンヌは自分の腕に巻き付いていた影が、ラファーが放った光で天井にできた影に移っているとは気付かず、真上に飛んだセシリアの振り下ろす聖剣シャルルの一撃を両腕を交差させ受け止める。


「ぐおおおおおおっ!!??」


 凄まじい魔力の重圧に必死に耐え叫ぶザブンヌ。足もとの地面が割れヒビが走り、足がめり込み始め、力を込め震える両腕の上にいるセシリアを血走った目で仰ぎ見る。


「さすが三天皇と呼ばれる方です。ですが、私の勝ちです」


 聖剣シャルルの刀身にまとわりつく魔力は打撃を加える役目もあるが、かき集めた魔力を周囲にまとわせ聖剣シャルルの体内に取り込んだ魔力とは別に、さらに威力を放出させるためのいわゆる追加燃料。

 凝縮された魔力塊を解きそれを聖剣シャルルが取り込み自身の魔力へと変換し放出する。


「なんだとぉぉぉぉっ!!」


 とてつもない魔力の重圧にザブンヌの両腕が激しく上下に震える。耐えてみせると奮闘するザブンヌだがそんなことなど無意味だと言わんばかりの魔力の放出は激しさを増し、紫の光の柱を生み出しザブンヌを光の中へと取り込んでいく。


 そして目を開けていられないくらいの眩い紫の光と耳をつんざく爆発音のあとには、緑の皮膚を焦がし両手をだらんと垂らし膝で立つザブンヌの姿があった。


 カチンと聖剣シャルルを鞘に納めたセシリアにザブンヌが目だけを動かし、ダメージで振るえる瞳にセシリアを映す。


「いいね、とんでもない魔力だ……今回は完全に俺の負けだな」


 震える唇を動かしセシリアを褒めるザブンヌに、黙ったまま聖剣シャルルの柄に手を掛けるセシリアを見て、誰しもがとどめを刺すのだと思ったとき、ラビリント監獄の壁の一部が真っ赤に変色し溶けるとスパイラル状に飛び込んで来る物体の攻撃をセシリアが聖剣シャルルで受け止める。


「やってくれたね聖女!」


「メッルウさんですか。本当にいいタイミングでやってきますね」


 尖った犬歯をむき出しにし怒りをあらわに、炎の剣でセシリアを押すメッルウは横目でザブンヌを見ると舌打ちをし、翼の後ろに生み出した炎の玉をセシリア目掛け放つ。


 セシリアが大きく後ろに跳躍し炎の玉を避けると、メッルウは更に多くの炎の玉を生み出して自分の周囲に漂わせる。ザブンヌを両脇から抱える二人に鬼とメッルウの炎の玉を見てセシリアは聖剣シャルルに魔力を集め始める。


「下がってください」


 セシリアの鋭い声に従い囚人たちが後退りするとメッルウの放つ無数の炎の玉と、セシリアの放つ斬撃が空中でぶつかり空中で派手な爆発を起きる。


 多くの者が腕を上げ爆風と衝撃から身を守ると、やがて開けた視界には壁に空いた大きな穴が映り、そして魔族たちがいなくなっていることに気づく。


「逃げられてしまいましたね。ですが、私たちの勝利です! この勝利はみなさんの力があってこそです! ありがとうございます!!」


 セシリアが聖剣シャルルを鞘に納め微笑むと囚人たちが一旦顔を見合わせ、拳や腕をを上げ勝利の雄叫びを上げる。

 そして巻き起こるセシリアを称える声がラビリント監獄内だけでなく外にまで響き渡る。



 ***



「ちっ、うっとうしい声だ」


 船上にいても聞こえてくる勝利の雄叫びを聞いたメッルウが長い耳をぴくぴく動かしながら、舌打ちをし眉間にしわを寄せ不快感をあらわにする。


「まあ、言いうな。俺は負けたから何も言えねえし」


 甲板で横になるザブンヌを見たメッルウが表情を曇らせ心配そうに近付く。


「大丈夫か?」


「うーむ、あんまり大丈夫じゃないな。ダメージが大きすぎて鍛え抜いた大胸筋が上手く動かせなくなってしまった。それにしてもとんでもない魔力だったぜあれは。気持ちいいくらいやられちまった。フハハハッ!」


「そのような減らず口が聞けるなら大丈夫だな。まったく、私がたまたまフォルティア火山にいたから駆け付つけれものの、後少し遅れていたらかなり危なかったぞ」


 笑うザブンヌを呆れた顔で見るメッルウがため息混じりにザブンヌの頭を叩く。


「ああ、助かったぜ。本当にありがとうな」


「れ、礼には及ばん。三天皇が一人欠けたとあっては魔王様がお怒りになるからなっ」


 面と向かってお礼を言われ照れるメッルウを見てザブンヌは笑みを浮かべたあと空を仰ぐ。


「マジで強え、あんなヤツが人間にいるとは世のなか広いもんだぜ。帰って魔王様に報告しないとな。聖女セシリアは間違いなく俺等の脅威になる……」


 そこまで呟いたザブンヌは目を閉じる。


「あぁ魔王様怒るだろうなぁ。やべーな……」


 その言葉を最後にザブンヌはイビキを搔き始めてしまう。そんなザブンヌをメッルウは呆れた顔で見たあと、仲間の無事を喜び笑みを浮かべ青い海をに反射する光の瞬きに目を細める。

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