第13話 この寝顔を守るためにできること
「この服は私が一番初めにデザインして形にしたものなの。売り物ってわけじゃなくてお店の象徴的なものとして飾ってたんだけど、セシリアに言われて気づかされたわ」
エノアが鏡台を前にして椅子に座るセシリアの後ろに立ち、髪を櫛でときながら語る。
「服は着てこそ服になるの。マネキンに飾られているときよりもセシリアに着てもらえて今この服は輝いてるのもの」
(そんなものなのか? 全然変わってない気がするんだけど)
そんな疑問を持ちつつ目線を下にして服を見てみるが、飾っているときとの違いが分からない。そもそもこの服は男である自分が着て喜んでいるのだろうか?
「はい、おしまい。冒険者として忙しいんだろうけど髪はちゃんと整えた方がいいと思うわ。そうそう、仕事がら服が多少傷付くのは仕方ないけど破れたままにしたらダメよ。すぐに補修するから持ってきて」
エノアがセシリアの肩をポンと叩き鏡台に目線を向けさせる。もともと母譲りの綺麗な銀髪だったが櫛にとかれ、サラサラと光の玉を宿し揺れている。
櫛でといただけでこうも髪の見え方が変わるものなのかと感心してしまう。
じっと鏡を見るセシリアを現実に戻したのは駆けて来たソーヤのパタパタとした足音だった。
緑のワンピースのスカートを摘まんで嬉しそうにパタパタと振ってみせるソーヤの頭を撫でると満面の笑みで答える。
「可愛いね」
「へへへぇ~」
セシリアが誉めると嬉しそうに笑うソーヤ。その後ろでもじもじするヒックに気付き手招きすると、恥ずかしそうに近付いてくる。
「ヒックも似合ってる。カッコいいよ」
顔を真っ赤にして下を向いたヒックの頭を撫でる。
「あ、そうだ。お金払います」
ポシェットから金貨を取り出しエノアへ手渡す。
「ちょ、ちょっといくらなんでも多いわよ」
二枚の金貨を見て驚き返そうとするエノアの手をセシリアは拒み金貨を握らせる。
「三人の服代と今後の補修費、後は新しい服を作る資金にしてもらって、もっと素敵な服を作れたらいいかなって思うんです」
「セシリア……」
エノアはセシリアの言葉の意味を店を始めたばかりで固定客もおらず、資金もない自分への慈悲。そしてセシリアの「私に今よりもっと似合う服を作ってみなさい」という挑戦を含んだ激励と捉えた。
もちろんセシリアはそんなことは思ってはおらず、純粋にもっと沢山の服を作る資金源になればいいなと、それで喜ぶ人が増えたら良いなと、ヒックやソーヤが喜ぶ姿を見ながら言っただけである。
お金を握りしめやる気に満ち溢れるエノアにセシリアが笑いかけると、力強い笑みを返してくれたのでお互い同時に頷き合う。
「分かったわ、このお金は大事に使わせてもらうから。セシリアの言う素敵な服を作って見せるから!」
「ええ、楽しみにしてます」
微妙にズレた解釈をしたままお互いに微笑み合った後、セシリアはエノアに見送られ店を後にする。
「それじゃあ、早速ご飯食べに行こうか」
新調した服を着た3人はそのまま歩いて商店街にある店の中からご飯屋を探す。
ご飯屋と言っても基本は飲み屋であり、夕食を子供だけで食べに行くことは一般的に滅多にない。
まだ日も昇っており夕食には早い時刻だからか閑散とした飲み屋街を歩き、たまたま看板の上に明かりが灯り開いてそうな店を見つけた3人は扉を開くと中へと入っていく。
「あい、いらっしゃい……ん? 子供かい? 珍しいね。まあいいさ、念のため聞くけどお金は持ってるんだろうね?」
「はい、持っています」
セシリアが返事をすると、カウンターの奥に座っていた恰幅のいいおばさんはセシリアたちにカウンターの席を指差し迎えてくれる。
「子供が食べるにはちっとばかし味が濃いかも知れないけど勘弁しとくれよ」
そう言って手際よく骨についた肉を削ぎ落とし、肉を棒で叩いて柔らかくする。
その手際のよい作業の様子を今にもヨダレを垂らしそうな開きっぱなしの口と、感激の目で見るヒックとソーヤが可笑しくて笑みをこぼしてしまう。
「母ちゃん、夜に狩りの依頼があるから起こして……!? あれ!? もしかしてセシリアちゃん!?」
突如店の奥から出てきた男がセシリアを見て驚きの声を上げる。王都に出てきたばかりで知り合いも少ないセシリアは、目の前で嬉しそうに話しかけてくる男が誰だか分からず首を傾げる。
「あれ? その感じ、もしかして覚えてない? ほら、セシリアちゃんのスキルで傷を治してもらったデトリオだって!」
「デトリオだって!」と親しげに言われて、傷を治した記憶はあるけど名乗られ記憶なく、さらに首を捻って考えてしまう。
そもそもセシリアはあのとき、治した人の顔すらも覚えていない。変な効能を訴え、挙げ句「力が湧いてきたぞ!」と叫び出す男たちのせいで人の顔や名前を覚える余裕はなかったのである。
「いきなり出てきてなんだいあんたは。こちらはあたしのお客さんだからね、失礼ないようにしなよ。それに親しそうに話してるけどあんたが一方的に知ってるだけじゃないのかい? あんたにこんな可愛い知り合いがいるわけないだろ」
「ひでえな、昨日シュトラウスの群れの襲撃があったとき俺の傷を治してくれて、周りの奴らに力を与えてくれた凄い子がいるって話したろ?」
「あぁ~、そういや言ってたね。等級ブロンズスタートの女の子がいるって冒険者の連中が噂してる子だね。その子がこのお客さんなのかい?」
盛り上がるおばさんと会話に置いてきぼりになっていたセシリアにおばさんは目を向けると肩を勢いよくパンと叩く。
「うちの息子が世話になったみたいだね。礼には安いかもしれないけど今日のお代はいいよ」
「あ、いえちゃんと払います」
「礼だって言ってるだろ。こういうときは素直に受け取っておくもんだよ」
そう言って口ごもるセシリアの肩をまた叩くと豪快に笑う。
「いいって言ってるだろ。それにタダにするのは今回だけさ。また来てくれたらいいってことさね。ほら、子供たちはお腹空いてるんじゃないかい? もう待ちきれないって顔してるよ」
おばさんに言われて隣にいる2人が目の前の料理に飛び付きそうなほど前のめりになって料理風景を見ていることに気付いたセシリアは観念して頷く。
「ほら、食べな。まだ熱いから火傷しないようにおしよ」
出された食事を、おばさんに注意されたことも構わずに口の中に頬張りガッツく2人をなだめながら、水を飲ませたりして世話を焼くセシリアを目を細くし見ていたデトリオだったが突如目を見開きカウンターに手を付き身を乗り出す。
「ちょっと待て。その子たちはどこの子だ? もしかしてセシリアちゃんの子?」
「ちっ、違います! この子たちは今朝出会って」
デトリオの問いにとっさに答えたセシリアの言葉に興味があると、おばさんがカウンターの裏にある椅子に座り目で訴えてくる。
嘘を言っても仕方ないと、ヒックとソーヤのことを掻い摘んで話す。
「で、あんたはどうするんだい? 一緒に冒険者やるって年でもないだろ?」
セシリアは肉をお代わりして食べるヒックとお腹を満足そうに擦るソーヤを見てからおばさんの方へと視線を戻す。
「この間知り合った教会で預かってもらえないか聞いてみようと思います」
「教会が分け隔てない救済を行う場所だとしてもどこの教会も国の支援も厳しく経営難だって聞くけどね。新しい子を受け入れる余裕なんてあるのかね?」
「一先ずは持っているお金を寄付してお願いしよう思います。ちょうど先のシュトラウス襲撃でもらった報酬金がありますから」
「ギルドからもらったお金を子供の為に使うってのか?」
会話に割り込んできたデトリオにおばさんが一瞬不機嫌な表情をするが、質問の内容の答えをおばさんも聞きたかったのか、すぐにセシリアに目線を戻す。
「で、どうなんだい?」
「今回私は活躍してませんし、お金をもらうには相応しくないと思ってます。ですが辞退するのも出来ない状況なので使い方としてはこれが一番なのかなと、そう考えてます」
そう言って笑みを見せるセシリアにおばさんは体を後ろに反らし、息子であるデトリオを見てため息をつく。
「はあ、なんか凄い子だね。うちの子にも聞かせてやりたいよ。本人の前じゃ言えないけど金さえあればすぐ酒を飲むバカ息子でね」
「おい、ここにいるって。全部聞いてるっての」
「なんだい、いたのかい。それならセシリアにお金の使い方を聞いてごらんよ。あんたが考え付かないようなこと言ってくれるはずだよ」
「っせなー、俺はまともだっての。一応聞くけどセシリアちゃんの思うお金の使い方教えてよ。俺酒飲むくらいしか思い付かないんだけどさ」
おばさんにとんでもなくハードルを上げられてからの、デトリオの質問にセシリアは目を泳がせてしまうが、偶然調理道具を掛けてある壁にあったおたまに視線が泳ぎ着く。
「たとえばですけど……壁に掛かっているおたま、あれを買ってお母さんに渡すとかどうですか?」
「おたまぁ?」
デトリオが怪訝な顔をして壁に掛かっているおたまを見る。見てもなんでおたまなのか分かっていないようで何度も首を捻っている。
「柄のところ、補修してますけど厚さが変わって少し握りにくそうですし、すくうところの底が大分削れてます。
長年使って愛着はあるとは思いますけど、そろそろ買い換えてもいいかなって。買ってプレゼントしてみるとかどうですか?」
「おたまねぇ~俺がそんなの買って母ちゃん喜ぶかぁ?」
腕を組んで目を瞑ったまま天を仰いだ後、うっすらと開けた片目でセシリアを見る。
「喜ぶと思いますよ。息子さんが買ってくれたものならお母さんは嬉しいと思います。まして実用的なものなら尚更」
「う、うん……そうか、そうなのかなぁ」
セシリアに満面の笑みを向けられ直視出来なくなったデトリオは思わず顔を下に向け呟くように答える。
「ほらみなよ! セシリアはあんたが考えつかないことを言ってくれるだろ?
あんた毎日ここに来てなーんにも気付かないってのにセシリアはさっき来たばかりで、こんな細かいとことまで見てくれ私のことまで気に掛けてくれる。
セシリアの爪先ほどでもいいから見習いな!」
「あ、うん、まあな」
デトリオはおばさんに背中を何度も叩かれ、歯切れの悪い返事を返す。
***
「ごちそうさまでした」
セシリアに続きヒックとソーヤがおばさんに頭を下げる。
「あいよ、辛くなかったかい?」
「ううん大丈夫! おいしかったっ! ごちそうさまでした!」
ソーヤは両手を上げ笑顔で答えると、ヒックはチラッとセシリアを見る。
セシリアが頷くとヒックはおばさんの方を見てモジモジと恥ずかしそうに体を動かす。
「おいしかったです。ごちそうさま……です」
小さな声でお礼を述べる。
「そうかい、そうかい、それは良かった。また今度来るといいさ」
そう言って豪快に笑うおばさんに見送られ3人は店を後にする。
3人が店から出て扉が閉まるのを見送った後おばさんは、さっきから黙っている息子を見てニヤリと笑いながら、肘で脇腹を突っつく。
「あんた、あの子に惚れたね? やめときな、あんたじゃあの子の足を引っ張るだけだよ」
「べ、別に惚れてねえよ。それに勝手に決めんなって、俺が足を引っ張るとかさ……」
語尾になればなるほど尻窄みになっていくデトリオにおばさんは大きなため息をつく。
「あれはあんたの器でどうこうできる子じゃないよ。多くの冒険者を見てきたあたしの勘だけどとてつもなく凄いことをする、そんな気がするね」
遠い目をしてセシリアが出ていった扉を見つめるおばさんは、隣でぶつぶつと文句を呟くデトリオの脇腹を突っつく。
***
「う~ん、なんだか寒気がする」
自分の体を両腕で抱きしめ震える仕草を見せるセシリアを不思議そうに2人が見るので、なんでもないと笑って誤魔化しながら背中を押して自分の泊まっている宿へと連れて行く。
宿の主人に2人を泊める許可をもらいお風呂へ入れ洗った後、ベッドへ寝かせる。最初は自分たちがベッドを使うことを戸惑っていたが、横になるとすぐに寝息を立てて寝てしまう。
セシリアは2人の寝顔を目を細めて見つめる。
「俺の弟や妹よりも小さいのに必死に頑張って生きてるんだよな……」
ヒックとソーヤに村にいる兄妹たちの姿を重ねてしまう。
「明日ケッター牧師のところへ行って預けれないか聞いてみよう。この子たちだけしか助けれないかもしれない、それでもこの子たちすら助けれないなら冒険者である俺の意味なんてないし」
自分の目指す冒険者としての理想像を胸に描き、ヒックとソーヤの2人を教会へと連れて行くことを決めるのだった。