第122話 傷を癒し尊厳を与える聖女が監獄に舞い降りた日
かつて迷宮と呼ばれ一度入ったら二度と出ることは叶わないと言われたラビリント監獄に、新たに出来た通路を通り悠々と進んでいくセシリアたち。
「思ったよりも警備する魔族が少ないね」
『そもそも魔族自体数が少ないし、北から遠い道のりをここまで来ることを考えれば大人数での移動は避けるはず。ならば警備の人数が少ないのも説明がつく。お陰でまだ侵入に気づかれてないのではないか?』
『大きな魔力の反応は動いていませんし、この階層の魔力たちの動きも活発化してませんから恐らく気付かれてませんね。ラビリント牢獄が無駄に広いのもこちらに有利に働いているのかもしれません』
グランツの索敵と迷宮ならではの入り組んだ地形も利用し、時々出会う魔族の警備兵を背後から襲い気絶させて進むセシリア一行は、ザブンヌたちがいる五階から二階層下の三階まで到達していた。
『セシリアよ、このまま一気に駆け抜けたいところだが一旦立ち寄りたいところがある』
「うっ……うん。魔族に立ち向かうために協力を得るんだよね」
歯切れの悪い返事をするセシリアはこれからのことを思い大きなため息をつく。
目的地である一番大きな魔力がある場所、つまりはザブンヌのもとへ行く前に牢獄を管理していた警備兵たちのもとへと行く。
魔族に仕事を奪われた挙げ句、ほぼ軟禁状態にされひどい目にあったとボヤく警備兵たちを労りつつ、セシリアは目的のために尋ねる。
「すいません、囚人の方々を一時的に開放したいんですがお願いできますか?」
突然の申し出に驚きを隠せない警備兵たちに、本当は嫌だけど「ユーリス王からの許可は得てますし。責任は私が取ります」と力強くセシリアは宣言する。
どうせラビリント牢獄内は魔族によって無茶苦茶だし、王の許可も出てる上に魔族の支配から逃れるなら力を貸そうと警備兵たちは囚人たちの開放へ向かう。
牢獄から出された囚人たちは全員が一度以上ザブンヌの訓練に駆り出され痛めつけられているので、いつもの元気がないらしく警備兵たちに素直に従いセシリアの前に集められる。
迷宮の中にある広い空間に男女問わず集められた囚人たちはどこか生気のない顔をしているのは、魔族に徹底にやられたためであろうことは腫れた顔や手足にあるアザから初めてあるセシリアにも見て取れた。
ただ元気がないとは言え、強面で体格もよく、派手目なタトゥーが刻まれた人が多く、普段であれば出会うのを遠慮したい人たちであることは間違いない。
だがセシリアは意を決して一人、囚人たちの前に立つ。
生気のない表情でありながらもどこかギラついた目を複数向けられ緊張するセシリアだが、それを打ち消す意味でも聖剣シャルルの先端で地面を叩き付け、大きな音を立てる。
「皆さんにお願いがあります!」
集めらたと思ったら、前に立つ監獄に似つかわしくない高貴な恰好をした少女が叫んだことで向けられる目の数が一気に増える。緊張するセシリアはもっと大きな声を出すため息を吸う。
「みなさんの力を貸してください! そして私と一緒に戦って下さいませんか!!」
突然集められ高貴そうな少女が剣で地面を叩き大きな音を立てつつ突然一緒に戦ってとお願いをしてくる。
ただでさえこれまで毎日のように魔族に痛めつけられ身も心もズタズタにされた上、どこぞの知らないお嬢様が訴えかけてくる内容が気に食わない。
こっちの気も知らないくせにと、数人の囚人が込み上げてくる怒りに生気のなかった顔を赤くする。
血走った目に怒りで歯をむき出しにする囚人たちを見てビビりつつも、セシリアは圧に負けじと胸に手を当て体を囚人たちへ傾ける。
「この世に悲しみと涙をもたらしたあなた方、この牢獄で自分の罪を、人の悲しみを感じたことがありますか! 自分の罪に後悔を、償いを重ねようとしてますか!」
「なんだ説教か! ぬくぬく不自由なく育ったお嬢様に俺等の何が分かるってんだよ。帰れ! 帰れ!」
「説教ではありません。あなた方が忘れているであろう当然の事実を述べただけです」
その物言いにカチンときた囚人たちがさらに敵意を向け、セシリアを見る目の数が増えて行く。敵意を持った視線に内心怯えつつも、自分に目を向ける数が増えたことに手応えを感じたセシリアは言葉を続ける。
「事実と向きあった上で聞いてください。あなた方はこのラビリント牢獄に閉じ込められ不自由に生きている。それなのに今魔族に支配されさらなる不自由と苦痛を受けているはずです。このままで、いいのですか? 魔族を追い出しこの場所を取り戻すためにも力を貸してほしいのです」
「なんだ、その魔族を追い出す手伝いをすれば罪でも軽くしてくれるか? それとも金でもくれるのか?」
「罪は軽くなりませんし、お金もあげません」
「ふざけるなよ! なんの見返りもねえのかよ! 無償で働いてくれると思うなよ、世の中なめんな! ガキが甘えんな!」
即答するセシリアに質問をした囚人はキレて唾を飛ばしながら怒鳴る。
「そうだそうだ! 金も払わねえ、罪も軽くならねえ! そんなの誰がやるかってんだ!」
「お嬢ちゃんさ、あたしらをバカにすんなよ。報酬もなしに働くわけないだろう。社会に出たらギブ・アンド・テイクってやつが大事なわけよ。まあ、お嬢ちゃんが脱いで裸で男どもに奉仕するってんなら男は働いてくれるかもね」
顔の左半分にタトゥーを入れた一人の女性の囚人がニヤニヤしながらバカにしたように言うと、男の囚人たちから「脱げ! 脱げ!」と揶揄するコールや茶化す指笛や口笛が鳴り響く。
騒ぐ囚人たちをジッと見つめるセシリアの姿に、囚人たちだけでなく脇の壁沿いに控えていた警備兵たちまでもが、今にセシリアが泣き出し、立ち去るのは時間の問題だと思い成り行きを見守る。
激しくなる野次に眉一つ動かさないセシリアは、肩を僅かに落としながら小さなため息をつくと、聖剣シャルルの柄に手を掛け一気に鞘から抜き真横に振り切る。
抜かれた刀身から紫の閃光が走りその斬撃が起こした風圧が囚人たちの頭上をかすめ、迷宮である壁を次々と切り裂き破壊していく。その破壊力は凄まじくラビリント監獄の建物自体を揺らす。
突然の凄まじい攻撃を目の当たりにして、騒いでいた囚人たちは天井から落ちてくるホコリや小石を気にするよりも目を見開き、セシリアに注目する。
「あなた方の犯した罪は罪。ちょっとだけ良いことすれば償えるとでも思ってるんですか? 被害を受けた人や物が、あなた方が犯した罪を許したときに初めて償えるのです。自己満足での善行で罪が軽くなると思ってるんですか? それこそ世の中なめるなって言いたいですね」
魔族からのシゴキも相当な恐怖と苦痛を与えられたのもあり、可憐な少女が見せた破壊力抜群な攻撃を目の当たりにされた上にハイライトの消えた深く暗い紫の瞳に見下され、少女が放つ魔族以上に凄まじい圧の前に魔族の恐怖を思いだした囚人たちは思わず体を強張らせてしまう。
「いいですか、もう一度言います。この場所から魔族を追い払うためにあなた方の力を貸してもらえませんか? 私の剣技は人間相手なら苦も無く制することが出来ますが、魔族を倒すためには力を溜めなくてはなりません。その間私を守って欲しいのです」
圧を込めつつゆっくり丁寧に話すセシリアにひとりの囚人が恐る恐る手を上げる。
セシリアににらまれ思わず体を後ろに後退らせるが、セシリアが手を広げ発言するように促すと囚人はゆっくりと口を開く。
「それは俺らに盾になれってことなのか? 仮になったとして魔族を倒すことが出来るのか?」
囚人に向けセシリアが人差し指を立てると、何かされると思ったのか囚人は思わず後退る。
「まず一つ目、魔族を倒すことはできます。そして二つ目に確実にそれを成すためにあなた方の力が必要であること。それは魔族を直接討つことでなく私を守ることであり盾となることです。
あなた方が生きて来た軌跡を私は知りませんし、どのような方なのかも知りません。ですが、今ここで魔族に虐げられ体と心に傷を負っているのは分かります」
二つ立てた指を五本とも開くと胸に手を当て囚人たちを見渡す。
「私ではあなた方の罪を軽くしたり、金品を与えることもできません。ですがあなた方の力を求め、人に必要とされること、自分たちが力を合わせれば物事を成せるのだと言うこと!
つまりは手も足も出なかった魔族に打ち勝つことだってできるのだという自信を与えることができます! 損得ではなく、目標に向かって死ぬ気で向かって達成する喜びを知っている方は思い出して、まだ知らない方には知って欲しいのです!! そしてあなた方が持つ可能性を感じて欲しい」
胸に当てた手を上に掲げると光の粒が腕にまとわりつきながらセシリアの胸に吸われていく。そしてセシリアが光に包まれるとやがて背中に大きく真っ白な翼が現れる。
その美しい光景に思わず息を吞む囚人たちの目の前でセシリアが今度は右手を真横に伸ばし、手で空中を撫でると、そこに光の粒が集まり始める。
そして幕を下ろしていた影が上がり何もなかった空間に突然ユニコーンが姿を現したかと思うと、前足を高く上げ蹄で地面を叩きながらいななく。
少女から翼が生えたことにも驚くが何もない闇からユニコーンが現れたことに度肝抜かれ全員がセシリアの動向に注目するなか、ポシェットから小瓶を取り出し綿毛の揺れるポンポン草の綿毛を優しく撫で光の綿毛を空中に漂わせ始める。
そしてセシリアにすり寄り甘えるラファーの頭を優しく撫で角に触れると、角の上でも光が弾け綿毛と共に光の粒が舞い上がる。
囚人たちの頭上に舞い上がった光の粒がゆっくりと落ち始め、パチパチと音を立て弾けると囚人たちの傷が仄かに光を帯びる。
「おい、傷が……治っていくぞ」
「うそ……だろ」
「手足の傷が消えてく……」
舞い降りる光の粒が弾けると囚人たちの手足の傷やアザが癒え消えていく。目の前で起こる奇跡の数々に心を奪われ誰もがセシリアに釘付けになり目が離せなくなってしまう。
左腕で抱いていた聖剣シャルルをそっと離すと、聖剣シャルルは倒れることなく空中で一回転し、セシリアが触れることなく鞘が抜かれ柄を下にし、セシリアの右手の前で空中に浮いたまま静止する。
柄をそっと握り掲げると聖剣シャルルの刀身が煌々と紫の光を放ち囚人たちを照らす。
「これだけの力ではここにいる全ての魔族に勝つことはできません。私にはあなた方の力が必要なのです。あなた方の命、どうか私に預けていただけませんか」
一瞬眩い光に照らされ目を細めたまま、残光の残る視界で床に刺さる聖剣、隣に寄り添うユニコーンに翼を広げ両手を組み力を貸して欲しいと懇願する少女の姿にセシリアが世間で呼ばれている名を名乗らずとも誰かがボソッとその言葉を口にする。
「聖女だ……」
「ああ、間違いない」
「俺が必要か……初めて聞いた言葉だ」
誰かが言った言葉に反応し、思い感じたことを口々に呟く囚人たちの一人が拳を握り力を込め声を上げる。
「俺はやる、やってやる! 魔族にやられっぱなしだなんて嫌だ」
「俺だって負けっぱなしは気に食わねえ」
「聖女が俺たちを必要と言ってくれるんだ。倒すんじゃねえ、勝つために聖女を守るんだ簡単なことじゃねえか!」
「行ける! クズだゴミだの言われた俺が約に立つって言うんだ。見せてやる、あのむかつく魔族どもに一泡吹かせてやるんぜ!」
思い思いに呟き、独り言のように声を出していた囚人たちの言葉は段々と重なっていく。そしてそれは大きな声となり、怒号にも似た魔族討伐を誓いセシリアを称える大喝采となる。
空気を震わせる囚人の喝采の声に隠れ見えないが、聖剣シャルルを掲げたままのセシリアの腕はぷるぷる震えている。
「ちょっと、まだ? ねえまだ?」
『わらわが支えてるからもうちょっと我慢するのじゃ。あ、シャルル先輩光が弱くなっているのじゃ! グランツ先輩ももっと大きく開くのじゃぞ! ラファーはもっと跳ねるのじゃ!』
ぷるぷる
ぴかーん
ばさー
ひひーん
群衆の心を引き付け導くため、聖女たちの知られざる努力と苦労は続くのである。