第120話 ラビリント監獄はラビリラない
海の上を華麗に駆けるラファ―の首をセシリアが撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
「ラファーさん、突然呼び出してゴメンね」
『俺はセシリアお嬢さんのためならどこへでも駆け付けるさ』
翼の生えた少女を乗せ海上を駆けるユニコーンはおとぎ話の一ページのようで見る者を魅了して止まないであろうが、海上で繰り広げられているのは反省会である。
「毎回なんだけどほんとーに怖いんだから! 怒らせてそれをさらに力で押し切るって無茶苦茶だよ」
『だが上手くいったであろう。所詮は小物よ、こちらが力を示せばすぐにグラつく。逃げ道まで用意したらすぐに飛びつきおってからに。王が魔族と結託していた事実を知っている者からすれば情けなく映ったであろうな』
手綱はないラファの上からセシリアが振り落とされないのは、アトラが影で押さえているからである。ゆえに胸に抱きかかえている聖剣シャルルを両頬を膨らませたセシリアがペチペチと叩くなんてもことも可能である。
『こらくすぐったいぞセシリア。イチャイチャするのは構わんが人前では控えてくれると助かる』
「これからの戦いにこの剣が必要ないなら海に沈めてやるのに、できないのが悔しい……」
ぐぬぬと唇を噛み悔しがるセシリアを聖剣シャルルが勝ち誇ったように笑う。
『そうは言いますが、セシリア様の堂々たる態度に恐怖を感じるどころか、王も圧倒するお姿に私は痺れました』
『そうじゃ、そうじゃ! 一国の王を圧倒するなんてセシリアはカッコイイのじゃ』
悔しがるセシリアをグランツとアトラが褒め称えると、セシリアは視線を海の方へ向け少しだけ頬を赤くする。
「それは必死だしさ……まあなんて言うか一人じゃないから最悪どうにかなるかなって思ったら吹っ切れることができる……というのもあるかな」
恥ずかしそうに頬を指で掻くセシリアの姿と言葉にラファーも含め四人が尊さを感じ目を細める。
「頼ってばかりじゃなくて自分でなんとかしないといけないんだけどね。やっとシャルルを振っても振り回されて、こけたりとかはなくなったけど、やっぱりまだ弱いし頑張らなきゃって思うんだけど」
『いいや、それでいいのだ。もっと人を頼っていい。なんなら巻き込め。セシリアが頼れば頼るほど力は集まり増していく。多少わがままで傲慢であってもいい、セシリアがみなの姫となれば敵はいなくなる。それこそ究極の姫プレイだと言えるかもしれん』
「もう十分過ぎるほど頼ってるんだけどなぁ。これでわがままで傲慢とか人としてダメじゃない?」
『その謙虚さが魅力なのだろうな』
カタリと音を鳴らし聖剣シャルルが頷いたとき、遠目にラビリント監獄と思わしき建物の影が見え始める。
丸い建物は上に行くほど細くなる、いわゆる円錐台の形をしている。段々と大きくなる建物に比例してセシリアの表情は曇っていく。
「今回時間がないから私たちだけで来ちゃったけど大丈夫かな」
『ラファーもいることだし、フェルナンドたちを解放すれば戦力になれるかもしらん。場合によっては囚人にも協力願うのもありかもしれんな』
『セシリアお嬢さん、俺がいれば魔族ごときに遅れは取らないぜ』
「うん、頼りにしてる」
セシリアに首を撫でられ、嬉しくて興奮したラファーが鼻息荒くいななく。そしてそれは突入開始の雄叫びとなる。
ラファーが波しぶきと共に海上から海岸へ飛び乗り上陸すると、ここまで魔力を溜めていた聖剣シャルルを鞘から抜き、アトラを馬具である鐙代わりにし立ち上がり聖剣シャルルを構える。
ラビリント監獄には窓と呼ぶにはあまりにも小さい穴が開いているだけで侵入するには正面の入口しかない。
その門番を任されていた青鬼の二人は海岸に打ち付けられ上がる波の水しぶきと共に海上から飛び出して来たラファーと、聖剣シャルルを構えるセシリアの登場に心臓が飛び出すほど驚いてしまう。
あたふたとする青鬼二人を横切ったセシリアは聖剣シャルルを振り下ろし分厚鉄の扉をぶった切る。
突如斬られ、後方へ吹き飛んでいく扉に唖然とする青鬼二人をすれ違い様にラファーが角ですくい海へと投げ飛ばすと、そのままラビリント牢獄へ侵入しセシリアを乗せたラファーは駆ける。
「今ので魔力を結構使ったからなるべく戦闘は避ける方向でお願い」
セシリアの言葉に回路を巡回していたゴブリンたちを角ですくって、吹き飛ばしながらラファーが答える。
『任せてくれ最低限の攻撃で突破してみせるさ。目的地への誘導は任せたぜ、グランツさんよ』
『一際大きな魔力を捉えてはいるのですが、なにせこの複雑な形状ゆえ、敵の位置は分かっても迷宮の形状までは把握できてません。アトラここまでのマッピングは出来ていますか?』
『それはバッチリなのじゃが、そもそもこの場所、迷宮してなくないかえ?』
アトラの言葉にラファーが急ブレーキをかけ止まってしまう。
「ごめん、どう言うこと?」
『魔族たちもここに住むのに迷宮だと面倒だったと思うのじゃ。ご丁寧に壁を破って道を作ってくれてるのじゃ』
セシリアがアトラの影が差した方を見るとまさに一直線! かつて迷宮と呼ばれたであろう場所は壁がぶち抜かれ、目的地へアクセスしやすいように伸びているようでご丁寧に行き先が壁に手書きで表示されている。
「うん、助かるけどこれ使っても大丈夫かな?」
『いいと思うのじゃ。たとえ罠があってもラファーなら行けるはずなのじゃ』
『お、おう……任せてくれ』
さり気無いアトラからのプレッシャーに、どもるラファーだがセシリアの心配そうな表情を見てすぐに顔を整え、歯茎を見せニカっと笑う。
『セシリアお嬢さん。一気に行くからしっかり掴まっててくれよ。なーに、罠があろうと俺なら破壊しつつ進んでみせるって』
「うん、お願い。でも無理はしないでね」
セシリアの優し言葉と微笑を一身に受け、俄然やる気を出したラファーが魔族の開けた穴を駆け抜けながらすれ違う魔族を次々と払いのけて行く。
***
ラビリント監獄の中階層である五階の中央に位置する場所にあるのは大きな広場。
本来はなかったものだが三天皇の一人ザブンヌが部下たちと共に作り上げた、お手性の闘技場となっている。
ザブンヌは元々あった迷宮の壁を集めて作られた観客席から闘技場に立つ二足歩行の牛の魔族、ミノタウロスと四人の人間の兵士たちを観覧していた。
伸長三メートルはあろうかと思われる筋骨隆々なミノタウロスが荒々しく鼻息を吐き鼻に付いた輪っかを揺らすと、兵士たちは足を小刻みに震わせながらも各々の武器を構える。
闘技場で向かい合う両者の間に、伸長一メートルほどの蝶ネクタイを付けたゴブリンがやってくると旗を振り下ろし「はじめ!」と鋭く声を上げる。
素手のミノタウロスに対して、刃の付いた剣や斧を持つ兵士たちが雄叫びを上げ一斉に飛びかかるが、ミノタウロスはその場から動くこともなく腕を一振りすると兵士たちは呆気なく吹き飛ばされ地面に転がってしまう。
すぐさまゴブリンが旗を広げミノタウロスに動かないように指示しつつ、兵士たちの様子を確認すると旗をミノタウロスへ向ける。
「勝者トロスト!」
静かに頷くトロストと呼ばれたミノタウロスはどこか物足りなさそうに闘技場から担がれ出て行く兵士たちを見つめる。
「ふぅ、こいつらは初めからへっぴり腰で戦意が感じられなかったしこんなもんか。経験の浅い奴らに実践経験を積ませるために訓練所を作ったはいいが、対人戦だと一方的な展開になっちまうな。人間の見せる統率の取れた攻撃ってのを学んで欲しいんだけどな」
ザブンヌが立ち上がると少し離れた場所で控えていた赤鬼が駆け寄る。
「えーと、なんて名前だったか……炎の剣使うのと異常に剣筋が速えやつと、あと氷の剣使うやつ三人まとめて連れて来てくれ」
「かしこまりました。そうおっしゃると思って既に控えさせております」
「仕事が早いな。優秀な部下持つと助かる。すまんが用意してくれるか?」
ザブンヌに胸を軽く叩かれた赤鬼が嬉しそう照れながら一礼すると、足早に闘技場から出ていく。程なくして闘技場に、五大冒険者であるフェルナンドとグンナーそして、やや長い黒い髪を後ろで一つ結びした若い男が入ってくる。
三人とも顔や手足はアザだらけで装備している鎧もへこみ剣も刃が欠けボロボロになっているが、目の前に立つトロストをにらむ目だけは鋭く光っている。
「いいね、ああいう目ができるのは強いヤツだけだ。あそこまでやられてなおも向かって行く根性は見習わないとな」
トロストを前にして闘志をあらわにする三人を見て嬉しそうに頷くザブンヌが手を上げると、闘技場の内にいるゴブリンが一礼し手に持っていた旗を振り下ろし試合が始まる。
「さてさて、どこまでやってくれるかね」
「お言葉ですがザブンヌ様。人間どもは我々に傷すらつけることができません。おそるるに足らない存在だと思いますが。こうも慎重に人間を観察する必要があるのでしょうか」
試合を見るため前のめりになるザブンヌの横に戻ってきた赤鬼が恐る恐る機嫌を探るように尋ねる。
「かつて俺ら魔族は北の果てであるフィーネ島まで追いやられた。追いやったのは誰だ? 人間だろ。つまりは人間をなめるなよってことだ」
「私の考えが浅はかでした。申し訳ありません」
「謝ることじゃないさ。疑問を胸にしたまま動いてたらお前もスッキリしねえだろ、遠慮なく聞きたいことは聞けよ。で、聞いても分からなければそこから学べばいいってだけだろ。実際俺も全て分かってるわけじゃないからな、ピーズィお前も気付きがあれば教えてくれよ。っと見ろよあの人間どもなんかやるみたいだぞ」
興奮気味に指を差すザブンヌに言われ、ピーズィと呼ばれた赤鬼がザブンヌへ向けていた尊敬の目を闘技場へと移すと先ほど自分が準備した三人が同時に動く瞬間だった。