第119話 力ある正義
城門から堂々と入るセシリア一行を一目見ようと王都の民が通りに集まり列を作る。毎度の光景に段々慣れて来たセシリアではあるが、声を掛けられたら応えないといけないといけないと言う思いからあちこちに手を振りつつ笑顔を振りまく。
着実に聖女セシリアファンを増やすセシリアは、ようやくユーリス王のもとへと案内される。
ところどころに金の装飾が施された壁や柱、ユーリス王の玉座へ向かって大理石の床に敷かれた真っ赤な絨毯に沿ってフルアーマーの兵が並んで道を作っている。
壁に沿って一定の間隔で並ぶ明かり取るための小さなバルコニーも、ドラゴンの胸像が設置され大きな口を開け絨毯を歩く者を威嚇してくる。
あらゆるものが威圧してきているようで、どこか落ち着かないなと思いながらセシリアはユーリス王の前でひざまずくと、聖剣シャルルを床に寝かせ深々と頭を下げる。
「セシリア・ミルワードと申します。この度は謁見をお許しいただきユーリス王の寛大な心に感謝いたします」
「ああ、礼には及ばん。それで何用だ?」
素っ気なく言葉を掛けるユーリス王にセシリアは僅かに笑みを浮かべる。
「いいえ、手厚い余興でもてなしまで、していただけたので、常識としてお礼は必要かと思います」
「何が言いたい」
「いいえ、お礼以外のなにものでもありません。それよりもこの国にある遊戯語で書かれた資料や美術品、建造物などあれば調べさせていただきたいのですが、許可をいただけませんでしょうか?」
にらみつけるユーリス王の視線をサラっと流しセシリアは本題に入る。
「ならんな。どれも我が国の貴重な財産、おいそれとよそ者に触らせるわけにはいかん」
「魔王を名乗る者が現れ人の世に混乱をもたらすかもしれない、それを避けるために必要だと言ってもですか?」
セシリアが真っ直ぐユーリス王を見つめるが、ユーリス王は表情を変えず無言でにらみ返す。
「そうですか、では話を変えまして先日アイガイオン王国からこちらへ使者が訪れ、ユーリス王に謁見したはずです。噂に聞きますに捕らえラビリント牢獄へ送ったとか」
「あやつらは私に斬りかかろうとしたのだ、捕らえるのは当然であろう。大事にせずこちらで処理したことを感謝してもらいたいものだが。それともなんだ、アイガイオン王に文句の一つでも言えばよかったか? 困るのはお前たちではないか?」
そこまで言うと、二人は黙ったまま互いにじっと見つめ合うが先にセシリアが目を閉じ静かに笑みを浮べる。
「何がおかしい」
「いえ、ユーリス王はとても交友関係が広い方なのだと、そう思っただけです」
「だから何が言いたい! 意味が分からんとっ!?」
思わせぶりなことを一言発し黙って笑みを浮かべるセシリアに苛立ちをあらわにしたユーリス王が声を荒げるが、セシリアは唇に立てた指を当て静かにするように促す。
王に向かってたとえ聖女と呼ばれていよう者であったとしても、たかが一庶民が静かにするようにジェスチャーで促す行為は断じて許されるわけもなく、ユーリス王は顔を赤くしてワナワナと震え始める。
「お静かにお願いします」
「な、なんだと!? 黙って聞いていれば調子乗りおってぇぇっ!! ん!?」
さらには静かにするよう言葉で明確指示されたことで、怒りが頂点に達したユーリス王は玉座から立ち上がりセシリアに怒鳴りつけるが、床に置いてあった聖剣シャルルが突然カタカタと大きな音を立て震え煌々と眩い紫の光を発し始めたことで、驚き途中で言葉を飲み込んでしまう。
震えていた聖剣シャルルが手も触れていないのに自力でフワリと浮かび上がり、さらに大きな音を立て強い光を放つ様子をユーリス王だけでなく周囲の人たち全員が注視する。
「この聖剣は悪意や魔族に反応します。ここに三名ほど魔族が紛れ込んでいるようですが、払っても構いませんか?」
紫の光に当てられ輝く紫の瞳で見つめられ、その美しくも鋭い眼光にユーリス王は引きつった表情で小さく頷く。
それを見るやいなや、光を取り込み翼を生やしたセシリアは宙に浮いた聖剣シャルルの柄を手に取り空中で抜いてみせるとそのまま両手で握り振り下ろす。
魔力の乗った斬撃が絨毯に沿って並ぶ一人のフルアーマーの兵に当たると、兵は吹き飛び壁に激しく叩きつけられてしまう。突然のことに周りが驚くが、鎧が砕け中から緑色のオークが現れると驚きは一層増してどよめきが起こる。
壁に叩きつけられ気絶してオークに駆け寄ろうとした別のフルアーマー兵に向かって放たれた斬撃は、胸のプレートと兜を砕き中からオークの顔がさらけ出される。
慌てて顔を押さえ隠そうとするオークだが、時すでに遅くその姿を見たセシリア一行が武器を構え臨戦態勢に入る。
するともう一人のフルアーマーの兵が駆けて来て、気絶しているオークを肩に担ぐと外へ向かって走り始める。もう一人のオークもセシリアたちをひとにらみしたあと、逃げるフルアーマー兵に追従しバルコニーまで走ると三人が飛び降りてしまう。
この一連の流れ、王との会話中にグランツ魔族の数と位置を把握し、アトラが光る聖剣シャルルを下から支えカタカタと激しく揺らし神々しさを演出。
斬撃もグランツの誘導のもと聖剣シャルルが調整して放っており、セシリアは華麗に振っただけである。
だがそんな四人の演出など知らぬ周囲は聖剣と聖女のが見せた華麗かつ神々しい奇跡に誰もが目を奪われてしまっていた。
皆の視線を受けつつセシリアは静かに聖剣シャルルを鞘に納めると、ユーリス王へ尋ねる。
「追わなくていいのですか?」
「あ、そ、そうだ。追え! 我が国に侵入した魔族を追うのだ!」
慌てて命令をするユーリス王に他の兵たちはどうして良いか分からず右往左往し始める。
「何をしている! 追え! 追うのだ!」
ユーリス王が激怒し兵たちは慌てて団子状になって走って外へと向かおうとする。
「無理して追わなくてもいいですよ。それよりもユーリス王、第一王子であるルーティア王子は今、どこにいらっしゃるのでしょう?」
「今それが何の関係があるのだ」
セシリアの言葉に団子状になった兵たちが足を止める。兵たちがセシリアの言葉に反応したことが気に食わないユーリス王は眉を小刻みにひくつかせるが、それよりもセシリアの含みのある言葉の方に苛立ち言い返す。
「はい、ここ最近のユーリス王の言動を調べさせていただきましたが、ルーティア王子をはじめ側近や兵そして兵団長。果ては冒険者や此度の五大冒険者まで……」
「だから何が言いたい!」
声を荒げるユーリス王にセシリアは静かに微笑む。
「ユーリス王、あなたは魔族と関わっていますよね?」
ユーリス王はじっと黙り、ただセシリアをにらみつける。だがその瞳は僅かに揺れ、唇を噛んでどこか耐え忍ぶような苦痛の感情が見え隠れする。
「聞けばルーティア王子は剣術の才能がお有りとか。その他の兵や兵団長の方々は誰もが武術に長けていたとのこと。それはまるで誰かに強い人をラビリント監獄へ連れて来いと言われているかのような人選のように感じます」
セシリアが微笑みながら手に持った聖剣シャルルの柄に手を掛けると、ユーリス王は思わず後退りをしてしまう。
「今ここに魔族はいませんから本当のことをお答え下さい。これは私の見解ですが、ユーリス王は魔族に脅されて仕方なく強い人たちをラビリント牢獄へ送っている……で合ってますよね?」
セシリアに鋭くにらまれ、思わず唾を飲み込むユーリス王の額に汗が吹き出し始める。そんなユーリス王を涼し気な顔で見つめていたセシリアがニヤリと薄く笑いを浮かべつつ口を開く。
「魔族と結託しご自分の国の保身を願い、あわよくば他国へ侵略を果たそう……だなんてことはないと信じていますが、黙っているということはもしかして……後者なんてことはありませんよね?」
セシリアが聖剣シャルルの柄に掛けた手に力を入れ、僅かに鞘から上げるとキラリと光る紫の光にあてられたユーリス王は慌てて首を横に振る。
「そ、そうなんだ。実は突然魔族がやってきて我が国を支配下に置くと言ってきたのだ。そ、それで、と、とても困っていてどうしていいか分からなくてな」
「私たちを閉じ込めるため魔族に部屋を提供したのも仕方なくですよね?」
「あ、ああそうだ。あれも脅されて仕方なかったんだ」
「でしたら、ルーティア王子じゃなくフィ王子を継がせたいがために牢獄へ送ったのも脅されたからで、新しい側室の方にいいとこ見せようとして言った! なんて噂も嘘なんですね?」
「あ、あ、そうだ。そうなんだルーティア王子の剣術の才能に目を付けられ泣く泣くラビリント牢獄へ送ったのだ」
早口でまくし立て弁解を始めるユーリス王の言葉を遮るのは、セシリアが聖剣シャルルの鞘の先端で地面を叩く音である。
謁見の間に響き渡る大きな音は空気を震わせ周囲の者たちの鼓膜を揺らす。
「分かりました。では今の現状を打破するためにユーリス王を脅す魔族を払いたいと思います。その者はどこにいますか?」
「ラ、ラビリント牢獄だがそんなこと出来るのか? それに今あそこに行くには魔族側が寄こした船で行くしかなく、こちらからは行けないのだ」
「ええ、ですから彼に遥々ここへ来てもらったのです」
焦り喋るユーリス王に対し涼しげな表情のセシリアがサラっと答えると同時に謁見の間の扉が豪快に吹き飛び、いななきと共にユニコーンのラファーが姿を現す。
美しい姿の中に鋭くかつ荒々しさを併せ持つユニコーンの突然の登場にユーリス王をはじめ驚き口を開け呆けてしまう。
「海を渡り魔族を払い囚われたルーティア王子を救うため行って参ります。それと帰ってからまだ色々とお話したいことがありますので準備をよろしくお願いします」
そう言ってユーリス王に微笑みを向けたセシリアは床に伏せたラファーの背中に飛び乗り跨ると、ラファーはいななくとあっという間にその場から走り去ってしまう。
残されたユーリス王たちは聖女セシリアとの謁見からここまでの出来事に理解が追いつかず、しばらくの間セシリアとユニコーンが出て行った破壊されたドアを見つめるのである。