第116話 包囲網からの脱出
宿屋を出たセシリアたちだが町中を歩く多くの兵を見て身を潜める。
「私たちを探しているようですね」
物陰から覗いたセシリアの呟きに路地の奥に身を潜めているめんどくさそうな顔をしたラベリと、手を握りワクワクなアメリーの姿がある。
「あちらも我々が逃げることを考慮していたようですね」
「ええ、地の利はあちらの方が上ですし見つかるのは時間の問題でしょう。最悪強行突破してでも外へ出るしかありませんね」
セシリアが一人の兵と話していると一人の男がそっとやって来る。町民の恰好をした男にセシリアたちが驚かないのは、彼が逃げ道を探すため鎧を脱ぎ一般人の振りをして探りに行った兵の一人だからである。
「あちらの繁華街の方に行けばもう少し道が複雑で身を隠せそうではありますが、そこへ行くまでも兵が巡回しています」
「ファディクトの兵も気になりますが、なにより私たちは目立ち過ぎますので人目に付くことは避けたいところです。変装でもできればいいのでしょうがこの国に知り合いはいませんから難しいですね」
宿屋を出たまではよかったがすぐにファディクトの兵が集まってきて囲まれてしまう。セシリアたちの護衛に十五人の兵がいたが五人がファディクトの兵たちを押えてくれセシリアたちは路地裏へと逃げることとなる。
そこから何度かファディクト兵に囲まれるが、それぞれ三人がセシリアたちを逃がしてくれ今に至る。今セシリアたちの傍にいるのは三人しかいないが、残りの四人は民主に紛れ逃げ道を探す者と、城壁の外へ連絡を試みようとしている者で別れて行動している。
(実は一番目立つのって私だったりするんだよね。でもシャルルを置いて逃げるわけにもいかないし。ここは路地裏にファディクトの兵を誘い込んでアトラに操ってもらって逃げ道を作っていくのが確実かな)
『セシリア様、聞き慣れない足音が近付いてきます。警戒を』
足もとにいるグランツの声で今後の作戦を思考していたセシリアは路地の角に視線を向け静かに口を開く。
「お話があるのでしたら出て来てもらえませんか?」
セシリアが声を掛けた路地の角から一人の町民が出て来ると、深く被った帽子を脱ぎ深々と頭を下げる。
「気配を完全に押えて来たつもりでしたが、気付かれてしまうとはさすがです。私の名前はチョマ―と申します。聖女セシリア様のお力をお借りしたく伺いました」
「私の力を?」
「ええ、是非とも。もちろん強制ではありませんが」
セシリアは隣にいる兵と目を合わせると小さく頷きチョマ―を見極めるため力を込めた目で注視する。
「私たちの目的は王都から出て外の部隊と合流することです」
「存じております。私たちならそのお手伝いができるかと思います」
「タダで……と言うわけではないのですよね」
「察しが良くて助かります。ユーリス王を王の座から引きずり降ろしたいと言えば大体分かりますかね」
セシリアは黙って考える。
『先ほどの脱出ゲームといいユーリス王は魔族となんらかの関わりがある可能性がある。もう少し情報を得るためにもこの男について行くのはありだと思うぞ。なによりこのままだとファディクトの兵に囲まれるのは時間の問題であろう』
『こやつの隠れ家と言う閉鎖された空間であれば姿を見られ難いし、わらわが操って制圧することも容易くなるのじゃ』
聖剣シャルルとアトラのアドバイスを受け、セシリアはチョマ―へ向け微笑む。
「お話を聞かせてください。お手伝いをするかはそこから決めますので、一先ずは安全な場所へ案内していただけますか? こんな路地裏でいつ来るか分からない兵に囲まれた状況では落ち着いてお話できませんし」
「これは失礼いたしました。どうぞこちらへ」
セシリアたちがついて行くとチョマ―は塀の前で止まりブロックを一定のリズムで叩く。すると内側からコツコツと微かに音が返って来る。
「ファディクトに太陽を」
チョマ―が小さな声で塀に向かって呟くと、塀に切れ目が現れゆっくりと横へズレていく。人が一人通れるぐらいの隙間から別の男が顔を出しセシリアたちを見ると無言であごで入れとジェスチャーする。チョマ―が振り向きセシリアたちを手招きして案内する。
塀が開いてすぐに表れた階段を下りていくセシリアたちの後ろで塀が閉まる音がすると同時に暗闇に包まれるが、チョマ―がいつの間にか持っていたランタンに火を灯し先導して案内する。
「ここは有事の際、城から王族が逃げるための道です。一部の者しか知りませんから兵がここを探しに来る可能性は低いでしょう」
「と言うことはチョマ―さんは王族の関係者なのですか?」
「ええ、まあ。今は元と言った方が正しいのかもしれませんが」
表情を変えずに淡々と答えるチョマ―に案内され階段を下り切ると、水の流れる洞窟が現れる。
「ファディクトの下には地下水流れで出来た洞窟が張り巡られてまして、ここはそれを利用した作られた脱出経路と言うわけです。自然にできたものですから存在を知っている王族といえども全ての道を知っている者はおりません」
「隠れるには都合がいいわけですね」
「ええ、お陰で今日まで生き延びることができました」
セシリアと会話を交わしながらチョマ―は時々止まって、角に置いてある小さな石を持ち上げ何かを確認すると再び歩き始めることを繰り返す。
何度目かの確認行動をするチョマ―にセシリアが声を掛ける。
「この道を通るのは三度目ですよね。あなた方をユーリス王へ売ったりはしませんから、まっすぐ隠れ家に案内してもらえると嬉しいのですが」
出会ったときから感情の起伏を見せなかったチョマ―が目を見開きセシリアをまじまじと見る。
「左、左、右、左に大小の円を描きながら徐々に東に進んでいる……であってます?」
少しいたずらっ子っぽく笑うセシリアに、チョマ―が肩を落としながらおおきくため息をつくと苦笑する。
「聖女とはとんでもない人ですね。まさかこの洞窟の地理を記憶していくとは驚くしかありません」
「万が一を考えれば、入った場所を覚えておかないといけませんから」
微笑んで当然のように言い放つセシリアにチョマ―は苦笑いをしたまま首を横に振る。
「まったく恐ろしい。脱出不可能な部屋からすぐに出たと聞いたときは耳を疑いましたが、なるほど納得です。どうぞこちらへ」
先ほどまでと違い、足早に案内を始めるチョマ―について行くセシリアの動きに合わせない影が腰に手を当て自慢気に胸を張る。




