第115話 脱出不可能な部屋も最短で出ます。だって聖女ですもの
天井から落ちてきたガイコツ男にラベリとアメリーが驚きの声を上げる。
「ぐぅっ……あいたた」
うつ伏せでもがくガイコツ男の顔に聖剣シャルルの刀身が触れそうなほどの距離に近づけられる。
「ひぃっ!?」
ガイコツ男が震えるのは刀身自体が怖いというより、聖剣シャルルが放つ膨大な魔力が自分を消し去るのに十分な力を持っているからに他ならない。
「あなたは体が霊体出できた魔族、レイスですね。そしてあなたは空間をずらすスキル『空間屈折』の持ち主。
本来であればあなた自身を空間からずらすスキルなのでしょうけど、霊体であるゆえ霧状にして覆った空間全体を切り離すことが出来ると言ったところでしょうか。その能力ゆえその場から動くことも攻撃もできなくなると言った欠陥があるので、単身で使うスキルとしてはリスクが高いかなと」
霧状のレイスに触れ魔力を直接吸引したことで『鑑定』のスキルで詳細を知った聖剣シャルルが言っていることを、ほぼそのまま口にしたセシリアの言葉を受けながら悔しそうに骨の手を握り締めていたレイスだが、観念したのか手を広げ力なく項垂れる。
「我が名はネブラ。聖女よ一つ聞きたい」
「何でしょうか?」
顔を上げ空洞で目玉のない眼差しをセシリアに向ける。
「なぜ我を討たなかった。スキルの詳細も核の位置まで分かっているのなら斬ればこの空間からもすぐに抜け出せることも分かっていたのではないか?」
「そうですね、でも私個人としてはあなたに恨みもありませんし、無暗に命のやり取りはしたくないなと思ってます」
ネブラがゆっくり体を起こすと骨の足を組んであぐらをかく。全身骨の体に羽織っているローブは藍色を基調とし黒の縁取りと、全体的にラメが入っていて光の当たり方でキラキラと光を放つ。どこか高貴な雰囲気を漂わせるローブのフードを取るとあらわになった頭蓋骨を骨の指で掻く。
ボソッと「魔王様と同じようなことを言うのだな」と呟くとセシリアに空洞な目を向ける。
「この国のユーリス王は聖女を捕らえ人質として他国、主にアイガイオン王国への交渉材料にと目論んでいる」
「その言い方だとユーリス王の意志で私を閉じ込めたと言うことですか?」
「この部屋もユーリス王から我々に提供されたものとだ言っておこう……さてと独り言はここまでだ。命のやり取りはしないとは言ったが我を捕らえるのか?」
抵抗はしないと言う意思表示なのか両手を差し出したセシリアは聖剣シャルルを鞘に納める。
「私は霧になれるあなたを捕らえる術は持っていませんし、ここから私たちを出してくれたら帰ってください」
空洞な目でセシリアをジッと見ていたネブラは僅かに視線を下へ向ける。
「聖女か……なるほどそう呼ばれるのも納得の器の大きさだ。引き続き敵ではあるが、情けを掛けられたことの恩は忘れはしない」
ネブラはそう言うと体を霧状に変えていき消えていく。それと同時に開いていたドアから突然兵たちが雪崩れ込んで来る。
「うわっとと、セ、セシリア様ご無事ですか!?」
宿屋に一緒に来た護衛の兵たちがバランスを崩しながら部屋に雪崩れ込んで来るが、セシリアを見て驚きと安堵の表情を見せる。
「ええ、魔族の攻撃を受けましたがなんとか撃退できました。ご心配を掛けて申し訳ありません」
「いいえ、我々の落ち度です。誠に申し訳ございません! 突然ドアが開かなくなり中の音も聞こえない状態に陥って宿屋の主人が持ってきた鍵もなぜか開かなくて途方に暮れておりましたが、御無事で本当によかった」
部屋に入って来たときは青ざめていた顔も、セシリアの無事に安堵して徐々に血の気を戻してきた兵たちを見てセシリアもまた安堵の微笑みを見せる。
「一旦ファディクトの外へ出てボルニアさんたちと合流しましょうか。ユーリス王からなにやら不穏な空気を感じます。それに私を閉じ込めていたわけですから逃げたとあっては追手も差し向けられることでしょうから急いだ方がいいでしょう」
「ユーリス王がですか? なるほど、分かりました。一旦出て体勢を整えましょう」
兵は頷き急ぎ廊下へ出ると脱出の準備を整えに行く。無事に部屋から解放されてホッと胸を撫でおろすセシリアの両隣にラベリとアメリーが並んでセシリアを挟む。
「セシリア様はやっぱり凄いです! 強くて賢くそして優しいセシリア様に私は一生ついていきます!」
「脱出ゲームの本読んでないのに謎が解けるなんて凄すぎ! 私なんて本に書いてあるパターンと同じのしか解けなかったし。しかも最後の聖剣を使った攻撃なんてもう凄すぎて事実は小説より奇なりってやつね!」
べた褒めする二人に照れながらセシリアは首を横に振る。
「一人だったら解けてないよ。ラベリとアメリー、みんながいたから脱出出来たんだよ」
「もー謙遜しちゃうところが素敵です!」
「いや~ん、セシリア好きっ!」
二人に抱きつかれながら、セシリアは胸に抱く聖剣シャルルと足もとのグランツとアトラにウインクをしてお礼を伝えると、カタカタ・バサバサ・ユラユラと静かに返事をする。
***
聖女セシリアが部屋から脱出して、王都から脱出しようと慌ただしくするのを見た宿屋の主人も慌てて自室へと向かうと火のついた暖炉に緑色のブロックを火にくべる。
数種類の土を乾燥させ練り合わせて作ったブロックは燃えると緑色の煙を生み出す。それは暖炉の煙突を通って外へ吐き出されると、宿屋の屋根から緑色の煙が立ち上ることとなる。
それをファディクト城の見張り台から見た兵が下に待機する兵たちに、ランタンのカバーを開け閉めして光の瞬きで合図を送る。合図を受けた兵たちの一人が急ぎ走り始める。
***
ファディクト城の最上階にある王座の間は天井や壁に金箔が張られ、キラキラと煌びやかに輝いている。金の中にあって更に金に輝く玉座に座る男と、大理石の床に敷かれた真っ赤な絨毯の上にひざまずく男が一人いる。
「聖女セシリアの様子はどうだ?」
「はっ、遊戯人が作ったと言われる例の部屋に幽閉中です」
「くくっ、あの部屋は外からは容易に開くが中から絶対開けられん。例の魔族の力も使えばいくら聖剣があろうとも脱出など不可能だろうよ」
黒い髪に白髪が混ざった初老の男は口を開け黒い口ひげを揺らしながら笑う。初老の男の前にいる小太りで頭の毛が寂しくなった男もゲフゲフと下品な笑いで共鳴する。
「写真でしか見たことはないが、聖女セシリアはなかなかにいい女だ。数日も部屋に閉じ込めておけば弱って泣きを入れてくるだろう。そしたらいかようにも出来る。従順に調教しておけばアイガイオン王との交渉も有利に働くというものだ」
「ゲフゲフ、ユーリス王もお人が悪い。わたくしにも少しはおこぼれくださいよ」
「くくっ、大臣お前も好きだな。いつもお前には世話になっているのだ。労うのは王の役目だから当然だろう」
「ははぁー、ありがたき幸せ!」
下衆な笑いをする二人のもとに伝令兵が駆けて来てひざまずく。息を切らし肩を揺らす伝令兵を機嫌悪そうな表情をしたユーリス王が玉座から見下ろす。
「なんだ、用があるなら早く言え」
吐き捨てるように言うユーリス王に伝令兵が一礼すると、ひざまずいたまま顔を上げユーリス王を真っ直ぐ見つめる。
「お伝えします! 聖女セシリアが例の部屋から脱出! 宿から出ようとしていますので作戦第二段階目へ移行、周囲の兵を集め捕らえる体制へ切り替えておりますことを報告いたします!」
「はあっ!? 脱出って……聖女を閉じ込めたと報告を受けてまだ三十分も経っていないのだが……嘘だろおい」
報告の内容を聞いて驚き過ぎたユーリス王と大臣は、開いた口が塞がらなくなってしまう。